Text=近藤 仁 日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング
近年、Web3という言葉が各種書籍やネット上の記事などで広まっている。しかしよく耳にするわりに、これがどういった概念を表す言葉なのか、背景に何があるのかわからず、漠然と聞き流している人が多いのではないだろうか。
図表1は、2022年度のWeb3/ブロックチェーンを含む先進テクノロジー関連のガートナーのハイプ・サイクルである。
「過度な期待」のピーク時にあるWeb3のほかにも、暗号通貨やブロックチェーンをはじめとしてさまざまな技術が黎明期から安定期に渡って広く分布していることがわかる。つまりこのエリアの諸技術は近年急に登場したのではなく、10年以上の時間をかけて定着しているブロックチェーンを礎として広まっている。
本稿では、曖昧に捉えられがちなWeb3という言葉がどういった概念で、どのような技術が裏にあるのかを順を追って解説していく。また理解をより深めるための助けとして、Web3関連の諸技術のなかで勢いのあるトピックを、その背景とともにいくつか紹介したい。
Web3とブロックチェーン
Web3という言葉には明確な定義はない。しかしWeb3は、かつてWebの世界で台頭したWeb2.0と同じように、次世代のWebの在り方を指す言葉である。そして今、Webが変わると指摘されている背景にはブロックチェーンの存在がある。
Web3の背景を理解するために、まずこのブロックチェーンについて重要なポイントを解説してみよう。
従来のWebシステムとブロックチェーンの違いをまとめたのが、図表2である。
これまでの典型的なWebシステムのモデルでは、事業者等が管理する中央サーバーでロジックやデータが提供され、ユーザーがこれを利用する。これに対し、ブロックチェーンシステムには中央サーバーは存在しない。ブロックチェーンに参加する複数のユーザーがP2P技術を用いて網の目のようにつながり、平等にロジックとデータ(取引記録)を共有・同期する。
ビジネスロジックによる重要な取引記録は参加者間で共有され、かつブロックチェーンの由来である「ブロック」と呼ばれる単位をチェーン状に論理連結し、特定記録の改ざんを限りなく困難にする構造により安全を担保する。
ブロックチェーンシステムにおけるこのような改ざん耐性や、複数参加者間でロジックやデータを共有することによる高可用性、透明性、P2Pによる直接取引の原則は、従来のように中央サーバーを提供する事業者の信頼に依存しない、システムとしての信頼性を成立する根拠となる。
たとえば送金や売買など、従来であればそれぞれの事業者間が各々の中央サーバーシステムで対象の価値を保証し合って実現していた取引が、今やワールドワイドに展開するEthereum(イーサリアム)等のブロックチェーンシステムによって、各事業者の信頼に依存せずに直接的に地球規模で実現されている。
このことからブロックチェーンは、Webを従来のような中央管理者に依存しない、非中央集権的(Decentralized)な価値共有世界に変貌させていると言われる(図表3)。
さて、ブロックチェーンには大きく2つのタイプがある。「パブリック・ブロックチェーン」と「プライベート・ブロックチェーン」である(図表4)。
Bitcoin CoreやEthereumのように、地球規模で誰もが参加可能なのがパブリック・ブロックチェーンである。
これに対してプライベート・ブロックチェーンはWebのように誰でも参加するタイプではなく、許可された参加者間だけで限定的に構成されるブロックチェーンである。こちらは中央集権的ではないものの、限られた参加者間で共同運営されることからコンソーシアム型とも呼ばれ、Hyperledger FabricやCordaなどがその代表としてよく知られている。
ここまでの説明から推察できるかもしれないが、Web3の背景にあるブロックチェーンとは通常、パブリック・ブロックチェーンが想定される。
Web3の背景と主要な特徴
ブロックチェーンの非中央集権的な性質により
フェアで民主的なWebへ
Web3が広く注目されるようになった背景には、このパブリック・ブロックチェーンの非中央集権的(Decentralized)な性質がある。
昨今、スマホやタブレット、PCで気軽に利用できるWebやWebサービスはすでにコモディティ化しており、ビッグテックに代表されるような巨大IT企業の台頭も長く続いている。
こういった多くの人に利用されるサービスを長く提供し、グローバルに活動する企業がその独占的な立場や一方的なサービス提供に起因する問題で訴えられ、注目を集めるような事件が各国で発生している。
ここでは個々の事件・裁判については取り上げないが、たとえば提供するWebサービスでのレーティング・ロジックを一方的に変更し、一部ユーザーもしくはユーザー企業に不利益を生じさせたケースや、収集した個人情報を故意に、もしくは事件・事故により流出させ、訴えられるケースが世界中で発生し、何度も繰り返されている。
こういった中で一部のビッグテックが寡占的に提供するWebシステム/Webサービスの在り方への疑問が広がっており、よりフェアで民主的なWebを求める潮流がWeb3の背景にある。
図表5は、従来の典型的なWebシステムを表現している。
提供するサービスのロジックやデータはサービス提供者や提携する運営団体に委ねられ、その運用や変更はユーザーからは伺い知ることのできないブラックボックスとなっている。それが前述のような問題を生む原因であると、批判を集めることが多かった。
これに対し、Web3での民主的な新しいWebシステムとはどういったものだろうか。図表6にポイントをまとめたので、順を追って説明したい。
まずそのベースとなるのは、最初に解説したブロックチェーンである。単一事業者ではなく、参加者がノードを提供し、ブロックチェーンインフラを構成することで、ロジックやデータを占有するのではなく、透明性を持って共有するのが従来のWebとの最も大きな違いであり、根幹であると言える。
批判の集まる中央集権的ではなく、その逆の非中央集権的なWebシステムの根拠となるのがブロックチェーンである。誰もが参加可能な民主的なWebという理想像からすると、プライベート・ブロックチェーンによる限定された参加者間での提供形態よりも、パブリック・ ブロックチェーンによる開かれたシステムのほうが、より課題の根本にマッチしたソリューションであると言える。
スマートコントラクトとウォレット
Webを利用するユーザーサイドが変わる
さてブロックチェーンでは、ロジックはスマートコントラクト(Smart Contract)と呼ばれるアプリケーションで実装される。最も著名なパブリック・ブロックチェーンの1つであるEthereumでは、スマートコントラクトはSolidityと呼ばれる言語を使って、要件に沿って実装されている。
Web3/ブロックチェーンの世界では、このスマートコントラクトで実装されたアプリケーションのことをDapps(Decentralized Application:非中央集権的アプリケーション)と呼ぶ。
これらのDappsは、従来のWebと同じく各種端末のブラウザで実行されるUIやXRなどのフロントエンドからコールできる。
逆に従来のWebと異なるのは、UIを介してDappsを利用するユーザーサイドである。ユーザーはDappsにアクセスする場合、自身の認証のログインを実施する必要がないケースが多い。
これは自身のIDをMetamask(メタマスク)などのウォレットで管理しているためである。
ウォレットでは唯一性を持ったアドレスが管理されており、通常そのアドレスを介してDappsにアクセスする。Web3の背景にあるユーザー個人の情報の管理を提供者にそのまま委ねることを回避するための基礎技術が、このウォレットである。
暗号通貨のような価値取引を行う場合に、自身がどれだけ通貨を所持しているのか、いつ誰と取引を行ったのかは、このアドレスをIDとしてブロックチェーンに安全に記録・共有されることになる。
ウォレットによるUXはまだ複雑さなどの問題があることから、サーバーサイド管理などの中央集権的な選択がされることもあるが、Self-Sovereign Identity(自己主権型アイデンティティ)など、ユーザー主導での新しい個人情報管理の潮流にもつながるWeb3の根幹の1つである。
トークン・エコノミクス
独自の暗号通貨を発行
さて、筆者はWeb3におけるもう1つの大きな特徴は、トークン・エコノミクスであると考える。
EthereumやSolanaなどのパブリック・ ブロックチェーンでは、インフラとしてETHやSOLのような暗号通貨が提供・管理される。
この暗号通貨は取引所を通じて他の通貨と売買取引が行われ、経済価値を有する。パブリック・ブロックチェーンではWWWのような巨大なブロックチェーンインフラの運営や防護に、この暗号通貨(トークン)の経済的な仕組みを活用しており、これはトークン・エコノミクスと呼ばれる。
Dapps(スマートコントラクト)をコールし、トランザクションを実行する場合、ユーザーは自身のウォレットを通じて手数料としてETHを支払う必要がある。
手数料としてのETHは少額ではあるが、時間によって金額が変わる高速利用料金のように調整されており、発行時のトランザクション量や利用するストレージ量によって変動する。
徴収された手数料は、ブロックチェーンの運用に貢献するマイナーやバリデーターといったブロックチェーンタイプごとの協力者報酬などで支払われるため、インセンティブとして運用メンバーの確保に繋がっている。
またトランザクション手数料の仕組みは、DDoSなどの従来のWebリソースへの脅威への排除にもつながる。
こういったトークン・エコノミクスの原理はブロックチェーン基盤運用だけでなく、ユーザーアプリケーションであるDapps運用にも活用される。Dappsではブロックチェーンインフラにならって、アプリケーションのベースとなる独自の暗号通貨(トークン)を発行・管理できる。
これは公正に価値の保証・共有がしやすいブロックチェーンならではの特徴とも言えるが、ユースケース上アプリケーションに利用料を設けたり、インセンティブを使ってアプリケーションへのデータ提供などの協力が必要な場合にアプリケーション自体の運用貢献者への報酬を設定したり、望ましくない行動をしたユーザーへの罰金を設定するなど、経済的な仕組みを導入することが多々ある。
暗号通貨自体は取引所やDeFiなどの金融サービスを通じて外部の経済圏とも連動しており、ボラリティや法整備などの問題があるものの、投資市場の1つとして広く定着しつつある。
W3運用の基盤となる
DAO(非中央集権的自立組織)
最後にもう1つ特徴として挙げたいのが、運用面である。
前述したように、従来のWebシステムは中央管理者が提供し、アプリケーションの運用管理面も中央集権的に進められることが多い。
これに対してWeb3の運用面でよく言及されるのが、DAO(Decentralized Autonomous Organization:である。
このDAOも明確な定義はないものの、ブロックチェーンのような共同インフラの運用コミュニティが起源と言われている。従来のように一部の事業者が主体となり、方針の決定や重要な更新・メンテナンスなどをブラックボックス的に実施するのではなく、ユーザーや開発者、各ステークホルダーを含めたコミュニティを形成し、民主的に事業を推進・運用していこうという考え方を指す。
DAOでは技術的な面で、たとえばスマートコントラクトを活用し、運用のための投票や投票後の自動執行、先ほどのトークン報酬などのトークン・エコノミクスの導入などを活用し、スマートかつ透明性のある運用を目指す例も多い。Dappsの運用のみならず、さまざまな民間事業・公共事業の運用でも注目を集めている。
次世代Webの主要なポイント
最後にもう一度、Web3で言われる次世代Webの主要なポイントを振り返ってみたい。
1つ目に指摘したのが、ベースとなるブロックチェーンである。従来のWebと異なり、単一事業者ではなく、複数の参加者がブロックチェーンノードを提供し、ロジックであるスマートコントラクトやそこでの取引記録は改ざんできない形で透明性を保ちながら共有されるというフェアな前提がある。
アプリケーションについては今回大きく取り上げなかったが、ブロックチェーンの特性を使った暗号通貨やNFT、取引のトレーサビリティを公正に追跡管理するユースケースなどが特に盛り上がっている。
2つ目は、Webを利用するユーザー側である。非中央集権的なWeb3で最も重要なパートとも言えるが、認証やID管理目的で個人情報を事業提供者に委ねずに自身のウォレットを使って主体的に選択し、アクセスする。
3つ目がトークン・エコノミクスの利用である。経済価値を活用し、ユースケースの関係人口の維持増加やサステナブルな運用継続を見込める。
そして4つ目が、運用主体である。DAOとして運用面でもブラックボックスを作らずに、関係者コミュニティを形成して民主的にメンテナンスや方針決定を実施していこうという考え方が広まっている。
以上、今回は冒頭に紹介したWeb3/ブロックチェーンエリアのハイプ・カーブの主要な用語を絡めながら、Web3という言葉で表される次世代Webの背景とその特徴を紹介した。
新旧多くの情報が散乱し、曖昧に捉えられがちなWeb3を理解するための一助となれば幸いである。
著者
近藤 仁氏
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
Sustainability Solution
シニアIT スペシャリスト
2001年に日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリングへ入社。フロントUIエリアでは15年以上の開発経験・案件サポート実績がある。近年はブロックチェーン案件を中心にさまざまな業界でアイデア創出からMVP/本番開発までを一貫サポート。黎明期より国内外のブロックチェーン案件に参画し、テクニカルリードを実施している。
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