Power Virtual Serverの最新動向
2019年にIBM Cloudの日本のデータセンターで、IBM PowerがPower Virtual Serverとして配置されてから、はや3年以上が経過した。この間、多くのユーザーが興味を持ち、利用を検討し、検証を実施し、利用を開始している。
世界的にデータセンターは増強され続け、2023年4月時点で16のデータセンターでPower Virtual Serverが稼働している。利用ユーザー数は3年前に比べて約5倍に拡大した。
日本のユーザーの利用も増加傾向にあり、クラウドファーストの戦略を持つユーザーでは、既存環境のオンプレミスから移行し、本番環境として利用しているケースが実績の約6割を占める。本番環境に次いで多いのは開発環境として、そして事業継続に向けたDRサイトとしての採用も進んでいる。
Power Virtual Serverに関する相談が寄せられる際には、仕様を確認するPoC(Proof of Concept)で、オンプレミスのIBM Powerと違いがないことを体感するように推奨している。アプリケーションをほとんど変更することなくクラウドを利用できるので、クラウド戦略を立案するユーザーにはPower Virtual Serverの価値が大いに感じられるだろう。
検討のきっかけとして多いのは、新しいOSのバージョン/リリースを検証するマシンを準備するのが難しいケースである。新たなハードウェアに投資することなく、使用したい期間だけIBM Powerのリソースを調達でき、いつでも利用を停止できる。そしてアプリケーションの稼働検証の結果から、インフラ刷新に向けたプロジェクト費用と工数を適正に算出することも可能になる。
最新のOSのイメージは、リリース直後から提供している。最新版でなくとも利用でき、OSの更新に伴うアプリケーションの変更をユーザーの都合に合わせて利用できるのも、大きなメリットであろう。
IBM i 7.1はすでにサービスを終了しているが、Power Virtual Serverでは限定された特別延長保守での利用が許可されており、今なおOSのイメージの提供を継続している。
オンプレミスからクラウドへ
最大の変更点はバックアップ
Power Virtual Serverは、IBM CloudのデータセンターにコロケーションされているLPAR as a Serviceである。つまり、IBM PowerのオンプレミスのLPARと同じ環境がパブリッククラウドで提供されている。IBM iの実行環境としてのシステム環境も、利用するリソースも同じであり、オンプレミスの環境バックアップを使用して、そのまま持ち込むことが可能である。
オンプレミスからクラウドへの移行に伴う大きな変更点の1つが、バックアップである。日々の運用では、万一の場合に備えてデータのバックアップが必須である。バックアップには保管先が必要であり、クラウド環境でのバックアップはデータ容量による使用料金に直結する。
IBM Cloudで提供しているIBM Cloud Object Storage(以下、ICOS)は、クラウドでの長期保管も考慮したデータのバックアップ域としてサービスが提供され、データアクセス頻度や容量に応じて価格が設定されている。
IBM Powerを使い始めて以降の過去データをすべてテープ媒体に保管している場合、そのデータをクラウドに持ち込むか、テープ媒体で維持するのかを検討する必要がある。過去データの取り扱いに関しては、データ量が膨大な場合、そのままオンプレミスにテープ装置とともに保持するケースもある。
またテープ媒体へのバックアップ運用について、取得先をクラウドへ変更するケースもあり、過去データの使用頻度と保管状態、保管データ量に伴う作業量を考慮すると、ユーザーの判断は多岐に渡っている。
Power Virtual Serverへのシステム環境のバックアップを含めたデータの移行方法も、サイドバイサイドでの移行とは異なる。本番環境の切り替え時にやむなく発生するシステム停止時間は、クラウドへの移行時には少し長くなる傾向がある。環境の切り替え時のデータ同期の方法は、オンプレミスでの災害対策用サイトでの実装と同様に、ソリューションソフトウェアを活用することで効率化されるケースが多い。
Power Virtual Serverで利用可能な
バックアップとリストア方法
Power Virtual Serverで提供しているバックアップとリストアの方法には、大きく以下の3つがある。
IBM Cloudの標準機能を利用
IBM Cloudの標準機能として、Power Virtual Serverは以下の2つのバックアップ・リストア機能を提供している(図表1)。
◎キャプチャー(Export)
ディスクイメージをイメージカタログとして保管することも、IBM CloudのICOSに保管することも可能。1TB程度までのVMでの利用が推奨されている(上限は10TB)。
◎デプロイ
イメージカタログに保管したディスクイメージから、Power Virtual ServerのVMを作成する。
IBM Cloud Storage Solution for iを利用
Power Virtual Serverで追加ライセンスが必要なIBM Cloud Storage Solution for i (CS4i)を利用し、バックアップコマンドを変更することにより、バックアップ先をクラウドとしてのPower Virtual Serverにも、ICOSにも設定可能となる(図表2)。
この場合、IBM i標準の仮想テープ機能を組み合わせて、コピー先を選定できる。また仮想テープイメージをICOSに圧縮転送できるので、コスト効率も向上する。
さらに既存のバックアップソリューションに、IBM Cloud Storage Solution for iを組み合わせることも可能である。これは、IBM iのライセンスプログラムであるBRMSのバックアップ先として設定できる。
ただしIBM Cloud Storage Solution for iの場合、テープイメージで取得したデータをいったんIFS上に書き出すため、そのディスク容量を確保しておく必要がある。オンプレミスからの移行の際には、オンプレミス側のディスク容量に余裕があることを確認する。
StorSafe Virtual Tape Libraryを利用
FalconStor 社のStorSafe Virtual Tape Libraryが2022年8月よりIBM Cloudのカタログから選択可能となり、Power Virtual Serverの仮想テープライブラリー(以下、VTL)のインスタンスとして利用できるようになった。
オンプレミスでの物理的なテープ装置・テープライブラリーの代替手法として、パプリッククラウドのPower Virtual Serverには、ソフトウェアベースでのVTLが利用できる。既存のバックアップ運用でのバックアップ先をVTL装置に変更することで、既存の運用が継続可能になる。
BRMSなどを利用したバックアップソリューションの場合も同様である。FalconStorのソフトウェアによりデータの重複が排除され、バックアップデータを縮小できるので、コピー時の時間短縮やバックアップ先のディスク容量の最適化も図れる。オンプレミスでのバックアップも、クラウドで取得したデータも一元管理が可能となり、操作性も向上する(図表3)。
VTLの利用例としては、以下が挙げられる。
①Power Virtual Serverをデータのバックアップ先として、既存のテープ媒体保管からクラウドバックアップに変更する。
②オンプレミスからPower Virtual Serverへの移行時に、テンポラリーのVTL環境をオンプレミス側に作成し、Power Virtual Serverにデータを移行する手段として活用する。
③本番環境がPower Virtual Serverの場合、データのバックアップ先としてIBM i、AIX、Linux の各ワークロードをPower Virtual Server上のVTL にバックアップ取得する。
④災害対策として作成した別のロケーションのデータセンター間で、データを複製する。
IBM Cloud Storage Solution for i とICOSの組み合わせによるデータバックアップと、Power Virtual ServerのVTLを比較すると、Power Virtual Serverへリカバリー先を配置する場合に違いが見られる(図表4)。
バックアップ/リストアをクラウドの
VTLに移行する7つの理由
VTLがPower Virtual Serverに実装されたことで、バックアップとリストアに新たな選択肢が増えた。事業継続に向けた災害対策環境を保持する必要性も高まっており、オンプレミスからのデータの保存先としても、クラウドを利用できるようになる(図表5)。
バックアップ/リストアをクラウドのVTLに移行する理由として、以下の7つが挙げられる。
❶ データの保護
ランサムウェア攻撃への対策として、データのコピーをクラウドに確保することで、データを保護する。またクラウドで扱うデータ用に別途準備し、データを活用する新たなアプリケーションで利用できるようになる。
❷セキュリティ対策
クラウド内のバックアップストレージは常に暗号化されているので、セキュリティ対策が向上する。災害対策環境を構築する場合にも効果的である。
❸コストの削減
VTLには重複排除テクノロジーが組み込まれているため、ストレージサイズを縮小し、コスト削減が可能となる。IBM iユーザーのケースで、最大95%のコスト削減となった実績がある。
❹日常業務の解消
バックアップを自動化できることで、「設定し、忘れる」ことができる。これにより、バックアップに関連する日常的なタスクを実行する技術者を確保する必要がなくなる。IBM iのスキル依存を軽減する手段にもなる。
❺バックアップ時間の短縮
クラウドを使用すると、バックアップ/リストア時間が最大50%短縮される。バックアップ時間を数時間から数分、または数日から数時間に短縮するのでパフォーマンスの向上につながる。
❻リポジトリの拡張ニーズに対応
クラウドを使用すると、数回クリックするだけでリポジトリの拡張ニーズに対応可能となる。低価格なテラバイトのストレージを追加でき、事業の成長に合わせて、柔軟に拡張できる。
❼オンプレミスにもクラウドにも対応
VTLは、IBM クラウド・カタログから使用を開始できる容易性がある。オンプレミスとPower Virtual Serverの両方に利用可能なオプションを選択でき、一時的な利用にも永続的な利用にも対応できる。
データバックアップに関する
モダナイゼーション
Power Virtual ServerのVTLを使用すれば、既存のバックアップを利用できるので、追加の専門的なスキルが必要なくバックアップ運用をモダナイズでき、コスト効果も図れる。
クラウドにバックアップする費用面での効果には、以下が考えられる。
・設備投資なく、新しいテープドライブが使用可能であり、将来の容量をすべて購入しておく必要がない。
・VTLのソフトウェアと仮想マシンになるPower Virtual Serverは、10TB のバックアップ領域を月額約 22万円から利用可能である。これは、オンプレミスの200 TBの未フォーマットストレージと同等価格となる。
・テープ媒体をオフサイトに保管する月額運用コストとほぼ同価格で、オンデマンドにライブバックアップ/リストアが実施可能になる。
バックアップのデータ容量が多いほど、より高い節約効果を発揮できる試算である。
日常的に実施するバックアップ取得の方法を見直す機会はそれほど多くはない。本番環境の更改時、テープ装置の保守対応の際に、現行を踏襲するのではなく、データのバックアップに関するモダナイゼーションを検討する機会にしてほしい。「重要であるが、急がない」という優先順位になりがちなバックアップ戦略は、業務継続という観点で今、見直す時期が来ている。
著者
三ヶ尻 裕貴子 氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部 IBM Power事業部
SME (Subject Matter Expert)
Power SystemsのAdvanced Technical Support、デリバリーのマネージャー、テクニカル・セールスマネージャーに従事し、現在、IBM Power事業部にてPower Virtual Server をメインにPower as a serviceを利用したIBM Powerのモダナイゼーションの推進を担当している。事業継続性において IBM Powerインフラストラクチャの柔軟性と拡張性、信頼性をユーザーに活用してもらえるよう、日々奮闘しながら活動している。
[i Magazine 2023 Spring(2023年5月)掲載]