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生成AIを活用した売り場改善ソリューション ~欠品検知、チラシ解析、棚割り計画支援の3つの機能で売上向上に貢献

 

Text=岩嵜 奈緒 日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング

流通業界のAI活用の広がり

近年、流通業界ではAIの活用が急速に進み、需要予測、自動発注、価格最適化、チャットボットなど、さまざまな領域で成果を上げている。

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリングも、これまで多くの流通業界の案件に携わってきた。

最近では飲料の配合を予測するAIシステムを開発し、このシステムを活用して生み出された新商品が市場に登場している。AIが過去のデータやレシピをもとに、人では思いつかない「隠し味」を提案する仕組みが実装されている。

こうした技術の進歩は、深刻な人手不足の解消にも貢献している。AIによる業務の自動化により、作業効率を向上させながら、業界全体の競争力を強化できる。このような背景を踏まえ、「売り場改善ソリューション」では生成AIを活用し、現場の課題解決にフォーカスした取り組みを行った。

売り場改善ソリューションとは

本ソリューションは、欠品検知、チラシ解析、棚割り計画支援の3つの機能で構成されている(図表1)。

図表1 売り場改善ソリューションの概要

小売業の店舗従業員へのインタビューをもとに、現場での課題を解決するユースケースを設計した。

<ソリューションの概要>

欠品検知
撮影した写真から商品の売り場の欠品を判断する。

チラシ解析
チラシに掲載されている商品名とその価格を読み取り、Excelファイルに出力する。

棚割り改善支援
棚割りデータと売上データの分析を行い、棚割り案の比較や、棚割り運用結果の評
価を行う。シナリオには以下の2つがある。

・過去の棚割りと売上データをもとに、新商品の棚割り案(A/B)のどちらがよいかを選ぶ。
・過去の棚割り2つを比較検討して、売上のよかったほうが、なぜよかったのか考察する。

欠品検知 

売り場の棚の画像データをもとに、生成AIが画像を解析し、欠品が発生しているかを判定するソリューションである。

現在、多くの店舗では店員が商品棚を何度も確認し、欠品が見つかれば、その都度補充する必要がある。この作業には時間と手間がかかり、業務負担が増大する要因になっている。

◎技術的アプローチ

従来の画像解析を用いた欠品検知では、大量の棚画像データを収集し、それらに対して「どの部分が欠品しているか」をラベリングしたデータセットを作成し、AIモデルを訓練する必要があった。

しかし、このプロセスには膨大な時間とコストがかかる。一方、生成AIを活用した欠品検知では、既存の学習済みモデルを活用できるため、新商品が登場した際にも再学習が不要であり、迅速かつ低コストで導入できるのが特徴である。

生成AIを利用した場合と従来の物体検出技術を利用した場合の比較は、図表2のとおりである。

図表2 生成AIと従来の物体検出技術の違い

欠品検知に適した生成AIを選定するため、50枚の棚画像(欠品あり25枚、欠品なし25枚)を用いて正答率を検証した。選定基準は以下の2点とした。

・画像解析できること
・Web UIを備え、手軽に検証できること

これらの条件を満たす生成AIとして、ChatGPT GPT-4(DALL-E)、Google Gemini(gemini-pro-vision)、LLaVa(llava-v1.6-34b)の3つを選定し、比較した。図表3がその検証結果である。

図表3 生成AIの比較

◎検証結果と採用モデル 

Google Gemini
ほぼすべての画像を「欠品なし」と判断し、欠品検知には適さないと判断した。

LLaVa
欠品がない棚の画像に対する正答率は高かったが、欠品がある画像の判定精度が低かった。

GPT-4(ChatGPT)
欠品あり・なしの判定精度が最も高く、総合的に最適と判断し、本ソリューションに採用した。

チラシ解析

本ソリューションは、Web上で入手したチラシの画像をアプリケーションにアップロードすることで、掲載されている商品名と価格を抽出し、Excelファイルに一覧化する機能を提供する。

小売業者が競合の価格情報を収集する際、通常は直接店舗を訪問して調査するケースが一般的だが、この方法では時間と労力がかかる。本ソリューションを活用することで、価格調査の効率化が可能となり、自社の価格戦略や市場分析に活用できる。

◎技術的アプローチ 

当初、生成AIのみを用いてチラシ画像から商品名と価格を抽出する方法を試みたが、以下の2つの課題が発生した。

商品の塊としての認識ができない
商品と価格が正確にペアとして対応していないケースが多発した

文字の読み取り精度が低い
誤った商品名や価格が抽出されるなど、情報の正確性に問題があった

これらの課題を解決するため、生成AIに加え、OCR(光学文字認識)と画像解析の技術を組み合わせたアプローチを採用した。

◎技術の組み合わせによる解決策 

① 画像解析による商品領域の分割
今回の検証で使用したチラシには背景に区切り線があるため、この線を活用して商品ごとに領域を分割した。さらに、分割した各領域の輪郭について座標情報を取得した。

② OCR(Google Vision API)による文字情報の抽出
チラシ内のテキストをOCRで解析し、対応する座標情報とともに取得した。ただし、OCRで取得したテキストは単語が分断されることが多いため、近接する文字を結合する前処理を追加した。

③ 生成AIを活用した情報の整理
画像解析で分割した領域とOCRで取得したテキスト情報を組み合わせることで、生成AIが商品と価格のペアを自動抽出できるようにした。これにより、不要な文字を排除し、意味のある情報のみを整理できるようになった。

◎解析結果例 

たとえば、OCRで以下のようなテキストが取得された場合、生成AIを適用することで、不要な情報を排除し、商品名と価格を適切に整理できる。

279, 301.32, ノルウェー産, 子持ちししゃも, 大, 1パック, 8, いすみません, アメリカ, ロシア産, 辛子, 明太子, 切子, 解凍…

<抽出結果の例>
・ノルウェー産 子持ちししゃも (大) 279円
・辛子明太子 (切子・解凍) 159円

この手法により、チラシから正確に商品情報を抽出できることを確認し、競合価格調査の自動化を実現できる可能性があることがわかった。

棚割り改善支援

本ソリューションは、売上データと棚割りデータをAIで分析し、最適な棚割りの意思決定を支援する。

棚割りは、本社が一括で決定する場合と、店舗ごとに独自に調整する場合の2つのパターンがある。特にメーカー商品の場合は、メーカーから棚割り提案が行われ、小売側が採用するのが一般的だ。

今回のソリューションでは、棚割りの意思決定を効率化し、成功事例を分析することを目的に、以下の2つのシナリオを設定した(図表4)。

図表4 棚割り改善支援シナリオ

① 過去の棚割りと売上げデータをもとに、新商品の棚割り案(A/B)のどちらがよいかを選ぶ
② 過去の棚割り2つを比較検討し、売上のよかったほうが、なぜよかったのか考察する

① 新商品の棚割り案(A/B)比較
このシナリオでは、生成AIが「考察」と「結論」の2つの観点で分析を行う。

<結論の例>
「売上につながる可能性が高いのは、新商品を目立つ位置に配置した案Aである。フルーツ飲料カテゴリ内で他の人気商品と並ぶことで消費者の注意を引きやすく、関連商品の購入を促進する効果が期待できる」

② 過去の棚割りの比較と売上要因分析
このシナリオでは、「棚割り案の特徴と分析」「売上要因の分析」「結論」の3軸で評価を行う。

<結論の例>
「棚割りBが高い売上を記録した理由は、高いブランド認知と好感度を持つ製品の選定と配置にある。特に◯◯商品は消費者に広く認知されており、購買意欲を刺激したことが要因と考えられる」

このように生成AIを活用することで、新商品の棚割り案選定や過去の棚割りの効果分析を効率的かつ精度高く行うことが可能となり、意思決定プロセスの改善に寄与する可能性を秘めている。

◎技術的アプローチ

生成AIの活用による棚割り分析のメリットを最大限に引き出すには、膨大な売上データを適切に処理し、要約する仕組みが不可欠だ。しかし生成AIにはトークン数の制限があるため、すべてのデータをそのまま入力するのは非現実的である。

そこで、本ソリューションではLangChainのAgent機能を活用し、データの自動要約を行うアプローチを採用した。以下の観点でデータを整理し、AIが処理しやすい形に変換することで、分析の精度を向上させた。

❶ 各商品の総売上と平均売上
❷ 売上高のトップ商品
❸ 日付別の売上パフォーマンス
❹ 商品ごとの利益率(売価と原価の比較)
❺ 日付や曜日ごとの売上パターン

LangChainは、自然言語処理の強化を目的としたライブラリーであり、生成AIと組み合わせることで、大量のデータを効率的に分析し、意思決定の迅速化が可能となる。従来の手法では難しかった大規模データの処理や複雑な分析をシンプルに実行できる点も大きな強みだ。

このように、生成AIとLangChainを組み合わせたアプローチにより、棚割りの最適化と売上向上を実現する仕組みを構築することができた。

他業界へのソリューションの応用 

本ソリューションで使用している技術は、流通業界に限らず、さまざまな業界に応用できる可能性がある(図表5)。

図表5 他業界でのソリューションの応用例

欠品検知の応用 

欠品検知では、本来あるべき場所に物がない、または本来ない場所に物があることを検知する物体検出技術を活用している。この技術は、以下のような分野への応用が考えられる。

物流業界:倉庫の残荷チェック(当日配送予定の荷物が残っていないかの確認)
製造業:危険区域への人の侵入検知やアラート通知システム

チラシ解析の応用

チラシ解析では、異なるフォーマットの紙媒体を解析する技術を使用している。これにより、紙媒体の情報をデジタル化し、業務プロセスの効率化が可能となる。

金融業界:契約書や領収書の電子化・データ管理

棚割り改善支援の応用

棚割り改善支援は、商品やサービスの陳列・配置を最適化し、売上や業務効率の向上を目指す技術である。この技術は、以下のような分野で応用できる。

展示会・イベント業界:ブースや展示物の最適配置の提案
物流業界:荷物の積み方や配置の最適化による輸送効率の向上

IBM Garageメソッドを活用したソリューション開発

従来、社内で展示会を開催する際には業界調査の結果をもとにユースケースを策定していた。しかしユーザーニーズを正確に把握する難しさや、魅力的なユースケースを構築する上での課題が浮き彫りになっていた。

こうした課題を解決するため、IBM Garageメソッドを活用し、ユーザー視点に立ったアプローチを採用した。

IBM Garageメソッドとは 

IBM Garageは、企業が迅速にDXを実現するための方法論やツールを提供するイノベーションプラットフォームである。

このメソッドには、デザイン思考、アジャイル開発、DevOpsなど、さまざまなベストプラクティスが組み込まれている。

IBM Garageは、図表6にある3つのフェーズを軸に構成されている。すべて 「共に(Co-)」 というキーワードが含まれており、ユーザーとの共創を重視している。

図表6 IBM Garageメソッド

IBM Garage の活用 

今回のプロジェクトでは、IBM Garage のフェーズに沿って開発を進めた。

①共に創る(Co-create)
スーパーの従業員3名にインタビューを実施し、現場での具体的な課題を抽出した。さらにデザイン思考を活用して得られた課題を整理し、それを基にユースケースを策定した。

②共に実行する(Co-execute)
スクラム開発を採用し、イテレーション(短期間での改善サイクル)を繰り返しながら機能の追加と改善を行った。また、MVP(Minimum Viable Product:最小限の機能を備えた試作版)をインタビュー対象のユーザーに試用してもらい、フィードバックを収集した。

◎ユーザーのフィードバック例

・欠品検知
「欠品には、在庫不足による欠品と、在庫はあるが棚に並んでいない欠品の2種類がある。両方を把握できると便利」
→ 在庫情報との連携が重要であることが判明し、今後の改善につながる示唆を得た。

・棚割り改善支援
「本社が決めた棚割りをそのまま使っているが、地域ごとにアレンジする余裕がない」「アレンジした棚割りが売上にどう影響するか事前に知りたい」
→ 地域ごとの棚割り有効性を評価するツールとして活用できる可能性を確認し、引き続き検証を進める。

この取り組みを通じて、ユーザー視点を取り入れることで、現場の課題に即したソリューションの方向性を明確化できた。現在も検証を進めており、さらなる改善や実用化に向けた調整を行っている段階である。

今後の展望

本ソリューションを流通のユーザー向けに紹介する機会を通じて、多くの反響があり、生成AIを活用したソリューションへの関心度や期待度の高さを実感している。

しかし実用化を目指すには、さらなるブラッシュアップが必要である。より多くの実売データや分析データを活用し、生成AIによる棚割り支援の精度を高めるための検証を進める必要がある。

またユーザーからのフィードバックを積極的に反映し、プロトタイプの改良と実証実験を繰り返すことで、実運用に耐えうるシステムへ進化させたいと考えている。

こうした改善と検証を重ねることで、より実践的で効果的なソリューションを目指し、業界全体の課題解決に貢献していく。

 

著者
岩嵜 奈緒氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
DXソリューションズ・インダストリーテクノロジー
ITスペシャリスト

2016年、日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリングに入社。以来、Pythonでのツール開発や、Webアプリケーション開発を主軸に、自動車業界のプロジェクトを多数経験。近年では、IBMアセットを活用した流通業のお客様向けの案件にて、設計・開発まをで一貫して担当した。

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