今年の発表は業務課題の解決に導く
AIの実践事例が多数登場
「S-1グランプリ」は、IBMビジネスパートナーのコミュニティである愛徳会が毎年主催している恒例イベントである。
各ビジネスパートナーが最先端のソリューション事例を紹介する発表会であると同時に、若手を中心にした会員相互の人材育成の場でもある。さらに販売活動の一助となるヒントを提供し、事例共有によるビジネスの拡大や、会員同士の協業による新たなビジネスを創出する場としても有効に機能している。
2017年11月、「平成29年度 愛徳会 S-1グランプリ 全国大会」が福岡で開催された。全国大会の地方開催は2年ぶり。北海道・東北、関東・北信越、東海、関西、中国・四国、九州と全国6地区の予選会を勝ち抜いた精鋭10名が、プレゼンテクニックを競い、各々のソリューション導入事例を発表した。
今年は予選・本選ともに、AIを実践的に活用した事例の多かったことが特徴である。着実に業務課題を解決するような、地に足の着いた堅実な導入もあれば、最新テクノロジーやビジネス商流を反映する最先端の構築も。ここでの発表内容自体が、その時々のトレンドを物語るわけだが、今年はそれがAI、すなわち Watsonに体現された感がある。
以下に紹介する、最優秀賞を受賞した上位3名の発表はすべてWatsonの活用事例である。またそれ以外のソリューションであっても、Watsonの導入やそれによる機能拡張を、近い射程に捉えた発表が目立つ。大手中心のソリューションではなく、中堅・中小の意欲的な取り組みである点も目を引く。いずれも実証段階を抜け、業務の課題解決に迫るような、今までより1歩も2歩も踏み込んだWatson提案である。
AIが本格的な業務改革、新たなビジネスモデル創出の領域へと、確実に広がりつつあることを営業の最先端を担う発表者たちが教えてくれているようだ。
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◎最優秀賞 【関東・北信越地区代表】
ファシリティマネジメントシステムにおける
建築物劣化度の診断支援機能
Watsonの画像処理技術を使った自動判定技術
髙橋 健吾 氏
株式会社オーイーシー
Watsonの画像処理技術を利用して建築物の劣化度を判定し、大幅なコスト削減を実現した地方自治体の事例である。
昨今、道路や橋、トンネルなど公共インフラや建築物の老朽化対策が社会問題になっている。約300万人の人口を擁し、約6200の公共施設を保有するA県も例外ではなく、建築物の老朽化管理は大きな課題であった。通常、建物調査や劣化度調査には一級建築士などの専門スキルを必要とするため、設計事務所やゼネコンに委託せざるをえず、相応の調査費用が発生する。
そこでオーイーシーでは、専門スキルを必要としない日常点検や劣化度判定に焦点を絞り、Watsonの画像処理用APIである「Visual Recognition」を搭載したファシリティマネジメントシステム「fmSMART」を提案した。職員が撮影した画像を「fmSMART」に取り込むと、Watsonが「錆」「ひび割れ」「漏水跡」「白華現象」などの劣化度を4段階で判定する。職員が自ら調査・分析することで、外注コストの削減につなげる狙いである。
「fmSMART」では一級建築士の意見も参考にしつつ、多様な劣化パターンを学習し、訂正結果を都度、Watsonにフィードバックするなどして、分析結果の精度向上を図っている。
たとえばひび割れについては、約2万枚の画像を学習させ、現在も微調整作業を継続中である。グレースケール化やコントラスト強化などで、ひびや錆などの特徴を際立たせて学習効率を高めている。また撮影時の距離や角度、光の当たり具合が判定に大きく影響するので、日常点検マニュアルを改訂し、撮影距離やフラッシュなど照明利用時の条件も統一した。
こうした努力の結果、A県では「fmSMART」により、1施設当たりの調査単価を約1万円削減することに成功したほか、作業期間の短縮、診断結果の見える化による職員のスキルアップを達成した。 オーイーシーでは今後、ドローンへの搭載、写真からの修繕・解体工事費用の算出、同種の劣化が予想される建物の予防保全など、機能を強化していく方針である。
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◎最優秀賞【東海地区代表】
IBM Watsonを活用した
新規サービスモデル構築事例
AIがレシピを提案!
長谷川 仁志 氏
株式会社セイノー情報サービス
中部地方で活躍する食品卸売業のユーザーが、Watsonによる対話型レシピ提案システムを構築した事例である。
このユーザーではAIとRPAを核に、新たなビジネスモデルの創出に取り組んでいる。2017年4月にセイノー情報サービスの支援を受けてデザインシンキングを実施。外部環境や顧客の課題、今後の目標などをディスカッションした結果、PoCを兼ねたプロトタイプ開発としてAIによるレシピ提案を決定。2017年7月に開催される展示会での出展を目標に、開発をスタートさせた。
同システムでは展示会に訪れる来場者がLINEを利用して、使いたい食材や和洋中のスタイル、作りたい料理などを対話形式で伝えると、Watsonが520種類のレシピから最適な料理を提示し、必要な食材や所要時間を教えてくれる。使用しているWatson APIは、「Conversation」と「Retrieve and Rank」の2つである。
セイノー情報サービスでは、週1回のアドバイザリーサービス(問題解決に向けた支援・助言サービス)やIBM Cloud(Bluemix)環境での準備をはじめ、Webチャット画面やWatsonを呼び出すプログラムの作成などのプロトタイプ開発を進める一方、料理画像を含めたレシピ情報の準備、会話を想定した文章の登録、Watsonへの教育などはユーザー側で担当。実質的に約2カ月で同システムを完成させた。
展示会では約2500名が来場してこのレシピ提案を楽しみ、先進的な取り組みとしてアピールすることに成功したようだ。
同ユーザーでは今回の開発を高く評価し、早くもWatsonの本格活用に向けた次のステップへ踏み出している。Watsonと親和性の高い業務を検討した結果、社内にある商品情報を活用し、想定質問に対応する候補を導き出す「商品情報問い合わせ応答システム」の開発を決定。2018年1月および7月の2フェーズに分けて本稼働させるべく動き出している。
AIによる新たなビジネスモデルの創出に向けて、確実に歩を進めているようだ。
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◎最優秀賞【関西地区代表】
「お客様の声」を経営に
IBM Watson Explorer導入事例
宮島 純一 氏
日本情報通信株式会社
家庭用浄水器や家庭用園芸品の製造・販売メーカーが、コールセンターの問い合わせログを分析し、顧客満足度の向上を実現した事例である。
同ユーザーでは100席のコールセンターで、毎月1万5000件の問い合わせに対応する。1件当たりの問い合わせログは約1200字。膨大なデータに対する手作業でのVoC(顧客の声)分析は、限界に達していた。顧客の要望や不満にきめ細かく対応し、主力事業である家庭用浄水機の販売拡大、解約率低減につなげるべく、コールセンターソリューションの導入を検討していたのである。
そこで日本情報通信では、自然言語処理を得意とするテキストマイニングツール「IBM Watson Explorer(以下、WEX)」による課題解決を提案した。WEXにより、「テキスト内容から好評・不評表現を自動抽出」「少ない件数でも特徴だった表現を相関分析」「多様な分類・項目で、属性とVoCの関係をクロス分析」することで、品質改善・向上に向けた施策立案、従来の分析では見えなかった不満・要望への対応、解約傾向の把握による生涯顧客化に向けた施策立案を可能にする。
当初、対投資効果を不安視していたユーザーに対し、日本情報通信では3カ月をかけ、実データによる検証プロジェクトを実施した。実際の検証結果を得ることで、目的や利用イメージを事前に共有化できた。それに加え、検証期間中に工場見学で来社した有力得意先に対し、同ユーザーの担当者がWatsonの活用と分析結果を紹介したところ、「非常に先進的な取り組み」と高く評価され、プレゼンス向上に大きく役立った。これが決め手となり、2016年9月、WEXの導入が決定した。
同年末にサービスインしたWEXは順調に稼働し、解約率減少がはっきりと数字に表れている。現在は全社レベルでの活用を検討中で、営業活動をはじめ、コールセンターのオペレーター支援、チャットボットによる自動応答システムにもWatsonを活用していきたいと考えている。
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