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高校生のための量子キャンプ「Kawasaki Quantum Summer Camp」を開催 ~量子コンピュータを実践的に学ぶ4日間のプログラム

Text=小林 有里、沼田祈史 日本IBM

日本初の高校生を対象とした
量子コンピュータについて学ぶキャンプ

2022年8月1日(月)~4日(木)の日程で、川崎市内在住・在学の高校生のための量子キャンプ「Kawasaki Quantum Summer Camp」が開催された。

Kawasaki Quantum Summer Campとは、新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センターにて、量子コンピュータを使ったプログラミングや量子ハードウェアについて実践的に学び、量子分野の産業化をけん引する量子人材の育成を目的としたプログラムである。

川崎市、東京大学、日本IBMが締結した「量子コンピューティング技術の普及と発展に関する基本協定」に基づき、三者共催で実施した。

川崎市内の高校生24名が参加

幅広い知識とスキルを磨くカリキュラム

Kawasaki Quantum Summer Campでは、IBM Quantumの研究・開発者による講義、かわさき新産業創造センター内に設置されたIBM Quantum System Oneの実機見学に加え、日本の量子研究の第一人者の講演、現在大学で量子情報について学ぶ現役の大学院生によるキャリア紹介なども行われた。

また最終日は、「量子テレポーテーション」「機械学習」「最適化」「化学」「ハードウェア」の5つのテーマに分かれて、それまでの講義などで学習した内容を発表するチームプレゼンテーションが実施された。

沼田祈史氏が講師を担当した量子テレポーテーションの講義の様子
カリキュラムの概要

最終発表

量子テレポーテーション班は量子ビットの特性を活かした情報伝達の仕組みについて、機械学習班は画像分類など、ある条件のもとにデータを分類する方法を量子コンピュータで実装する方法について、最適化班は量子がもつエネルギー関数を目的関数にトレースして最適化解を見つける手法について、化学班は分子の反応エネルギーを計算して薬の効果を調べる事例について、そしてハードウェア班は量子コンピュータの仕組みと課題について、それぞれ学習した内容を深掘りした。その上で、今後どのような分野でこれらの技術や手法を応用したいか、量子コンピュータを使って実現したい夢や将来への展望なども発表された。

東京大学の今井浩先生の特別レクチャーの様子

日本初の高校生向け量子キャンプには、川崎市内の高校生24名が参加した。参加者の46%を女性が占め、実習の時間には皆熱心に手を動かし、講師、チューターの大学院生、仲間たちとも活発に議論を交わしていた。

また授業外の時間を使って独自に情報収集やリサーチを行い、最終発表にその成果を盛り込むなど、非常に積極的に学ぶ姿が印象的であった。

IBMインターンのカン・ダヨン氏は量子コンピュータで生成した乱数によるチャットボットを紹介
IBM Quantum System One Kawasakiの見学の様子
ガラス越しに実機を見学する受講生。スマホのカメラで熱心に写真撮影
本物の量子チップを手にとって観察する受講生の様子

世界で初めて量子チップのデザインに挑む高校生たち

さらに高校生たちには、世界で初めてQiskit Spice、Qiskit Metalといった量子コンピュータに特化した電子設計ツールを使って、回路パラメータの調整やレイアウト設計を行うことで、独自の仕様の量子チップデザインに挑戦してもらった。

ベースとなっている理論は、回路量子電磁力学(Circuit QED)と呼ばれる、大学・大学院相当の内容ではあったが、高校生にも理解できる範囲の数学・物理に限定した解説により、量子ハードウェアの開発の一部を経験してもらうことができた。実際の量子コンピュータの見学だけではなく、開発の裏側も知ることができたのは、大変貴重な経験であったと思われる。

日本で最先端の高校生たちへ

量子コンピュータは黎明期の技術であり、本格的に理解し、使いこなすにはそれなりの専門知識を必要とする。量子コンピュータ研究に携わる人々の多くは幅広い専門知識を駆使しながら取り組んでいるが、そのような専門性の高い分野を学習する機会を得た高校生たちの反応はどういうものだったのか。

当然ながら、「内容が難しかった」「興味のもてる内容だが、理解するとなるともう少し時間が必要」という声があり、初めて聞く用語や慣れないプログラミングに苦労する参加者もいた。

初日を終えて、今後のカリキュラムについてこられるのかどうか、若干心配な表情を浮かべる受講生もいるなか、「世の中の大人たちでさえ、まだほとんどの人が知らない、難解で新しいテクノロジーについて学び、チャレンジしている皆さんは、日本で最先端の高校生です」とのメッセージがスタッフから受講生達に送られた。

最終発表に向けて準備を進める最適化班

参加者の声

最終的に24名の受講生が全員一人も欠けることなく、全カリキュラムを修了した。

参加者からは以下のような声が聞かれ、4日間を振り返っていた。

「最先端の技術という難しい内容を高校生でもわかるように、なるべく理解しやすい内容でまとめていて、とてもよかった」

「とても楽しかった。講師や補助として入ってくださっていた大学院生の人数も多く、 質問しやすい環境」

「今回の量子キャンプは、私の進路がさらに広がるとてもいい機会になった」

「同じような分野に興味を持つ、学校の違う高校生とも交流できて刺激になった」

「今回は高校生向けだったが、大学生になってからも似たようなイベントがあればすごく参加したい」

事後アンケートの結果では、量子コンピュータや今回新しく学習した量子コンピュータ用の開発フレームワークQiskitの習熟度が、通常平均よりも高い結果となっている。

古典物理学の世界では記述できない量子力学の原理に基づくコンピューティング技術。新しいコンピューティング技術こそ、常識や固定観念に捉われていない若い世代に向けて、積極的に教育を展開していくことに大きな意義があるともいえる。

4日間という短期間にもかかわらず、新しい知識やスキルを身につけながら、さらに発想を広げて提案するポテンシャルの高さを、高校生たちが見せつけてくれた量子キャンプとなった。

 

 

著者
小林 有里氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所 量子コンピューティング
TEC-J Steering Committeeメンバー

IBMの量子コンピュータ上で実行可能なプログラムを書くためのPythonベースのオープンソース・ソフトウェア開発ツール「Qiskit」の開発者向けコミュニティを担当。量子コンピュータに関する研修やセミナー、大学での授業展開をはじめ、量子コンピュータを使ったプログラミングコンテスト、ハッカソンの主催などを通じて、量子人材の育成に注力。

著者
沼田 祈史氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所 量子コンピューティング
TEC-J 量子コンピュータ勉強会コアメンバー

IBM入社後、ハードウェア製品の開発に従事。その後、大学連携などを担当し、現在はQiskit Advocateとして、コミュニティ活動を中心に量子コンピュータを広めるべく活動中。

小林 有里氏、沼田祈史氏は日本IBMのテクニカル・コミュニティ「TEC-J(Technical Experts Council of Japan)」のメンバーです。

*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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