IBM Power Virtual Server(以下、PowerVS)が東京リージョンでスタートしてから1年半余が過ぎた。この間、日本のIBM iユーザーのクラウドに対する意識・取り組みは大きく変化した。Power Virtual Serverはどのようにサービスを拡張してきたのか、何が可能になっているのか、リリースから現在までの歩みを整理した。
日本はスタートから1年半で
「PowerVS市場」へと成長
PowerVSは、2019年6月に米国のワシントンDCとダラスの2つのデータセンターでスタートした。IBMがSoftLayerを買収し、傘下のクラウドサービスとして提供開始(2013年7月)してから6年目のこと。クラウドコンピューティングが市場全体で広がる中ではけっして早いとは言えないスタートだったが、IBM Powerのクラウドサービスで先行する米Skytap社の提供開始が2017年10月(AIX。IBM iは2018年11月。現在、海外データセンターから提供)だったことを考えれば、PowerVSはPowerユーザーの間でクラウド利用の機運が高まってきた頃のスタートだったと言うこともできる。
日本での提供開始は2020年10月の東京リージョンから。世界で10番目のスタートだった。それから1年半。PowerVSの名前は市場で広く浸透し、ベンダーが動き始め、アーリーアダプターと呼べるユーザーが利用を開始し、「PowerVS市場」が本格的に立ち上がってきた。
本記事では、PowerVSの歩みと現状をIBM iを軸にまとめ、多面的な顔をもつようになったPowerVSを紹介する。ポイントの解説は、日本IBMの玉川雄一氏(テクノロジー事業本部 クラウド・プラットフォーム事業部 Advisory Technical Specialist)と三ヶ尻裕貴子氏(テクノロジー事業本部 IBM Power事業部 Brand Specialist)の2人のエキスパートにお願いした。
ネットワークの継続的拡充
VPN as a Serviceも登場
図表1を見ていただきたい。2019年6月のスタートから現在までの歩みを整理したものである(日本IBM提供)。
この中で日本のユーザーにとって最大のイベントは、東京リージョンでのスタートである。そしてもう1つの大きなイベントは、2021年3月の大阪リージョンでの提供開始になると思われる。東京-大阪のPowerVS間でDRシステムを組めるようになったからである。両リージョン間のレイテンシーはおおむね8〜9msecで、リージョン間の通信料は無料。高速なDRシステムを低コストで構築できる環境が整えられた。
図表1を見ると、PowerVSではネットワーク機能が継続的に強化されているのがわかる。玉川氏は、「PowerVSのお客様がオンプレミスとの違いを最も強く実感するのはネットワーク」と指摘する。
まずPowerVSとIBM Cloud(x86)を接続する方式として2020年10月にDirect Link 2.0というネットワークサービスが利用可能になっている。Direct Linkはセキュアで安定した通信を提供する閉域網で、Direct Link 2.0はPowerVSとx86系のIBM Cloud(Classic)の接続のほか、IBM Cloud上でx86やIBM Z系の次世代クラウド環境を提供するVPC(Virtual Private Cloud)やIBM Cloud Transit Gatewayへの接続を可能にするネットワークサービスである。IBM Cloud Transit Gatewayは、同一または別リージョンにあるリソース間の相互接続を管理するサービスで、別アカウントにあるIBM Cloud(Classic)やVPC環境にも接続することができる。
これによりPowerVSからIBM Cloud Transit Gateway経由で別アカウントにあるリソースに接続し、そのリソースとPowerVSとの間で分散コンピューティングなどを行うことが容易になった。Direct Link 2.0は、PowerVSの適用範囲を大きく広げるネットワーク機能と見ることができる。
ネットワークではこのほか、2021年5月に大阪でMegaport社のサービスが利用可能になり、オンプレミスとPowerVSとのダイレクト接続を実現している。
そしてIBM iユーザーにとってさらに大きな意味をもつと思われるのが、2021年12月のVPN as a Serviceである。
玉川氏は、「VPN as a Serviceは、オンプレミスとPowerVSを直接つなぐことのできるVPN接続サービスで、IBM Cloud(x86)を経由しない特徴があります。サービスとして提供されるので、ネットワーク接続のためのスキル負担を軽減しコストを劇的に下げる大きなメリットがあります」と説明する。
そのほかのサービスとしては、PowerVSとIBM Cloud(x86)との接続設定をユーザー自らが行えるようにするセルフサービス化(2021年9月)や、HA対策用の「配置グループ」(Placement Groups)、ストレージ運用を効率化する「ストレージ・プール」機能(いずれも2021年12月)などの提供がある。
IBM i対応の拡充も
IBM i 7.1、日本語対応、VTL
一方、IBM iユーザー向けのサービスとしては、2021年2月のIBM i 7.1のサポートがある。IBM i 7.1は通常のサポート期間は終了しているバージョン。それを復活できたのは、「OSの開発元ならではサービス」と、玉川氏は話す。IBM iやAIXは常に最新のOSを提供する方針という。
また2021年9月の「Web5250コンソールの日本語対応」と同10月の「仮想テープライブラリの提供開始」については、三ヶ尻氏が次のように説明する。
「PowerVSは日本では2020年10月から提供開始になりましたが、ほどなくして5250のコンソール画面を日本語対応にしてほしいというご要望や、バックアップで仮想テープ装置機能が使えないのは不便という声がお客様から寄せられるようになりました。そのことは日本IBMでも懸念事項としていたので、すぐに改善要望を米国の開発チームに送り、改良にかかってもらいました。その結果が2021年秋の対応で、それ以降は順調にIBM iのお客様からのPowerVS案件が増えています」
PowerVSの拡張は今後も予定されている。玉川氏によると、直近ではVPC環境にあるマネージドのロードバランサー・サービスであるアプリケーション・ロードバランサー(ALB)との接続が可能になり、その後はPower10モデルの提供などが計画されているという。
ALBとの接続は、ALBで振り分けられるデータの転送先の1つとしてPowerVSを指定でき、PowerVSでの処理結果をALB経由でクライアントへ戻せるというもの。
「PowerVS自体にロードバランサーのサービスはないため、同様のことを実現するには、これまではユーザー自身でロードバランサーを構成する必要がありました。この機能によってPowerVS上のシステムのWeb公開などが容易になります。ALBがマネージドで提供されていてユーザーがパッチ管理を行う必要がない点や、標準でL4 Firewall機能であるセキュリティ・グループに対応している点もメリットです」と、玉川氏は話す。
世界・日本の利用状況
日本の本番利用は48%
PowerVSは現在、世界7カ国の15データセンターで提供されている。アジア太平洋では東京、大阪、シドニー(×2)の4カ所、ヨーロッパではフランクフルト(×2)とロンドン(×2)の4カ所、南米はサンパウロの1カ所、北米ではダラス(×2)、トロント、モントリオール、ワシントンDC(×2)の6カ所である。「×2」となっている拠点では、同一リージョン内の異なる2つのデータセンターにPowerVSを分散配置できる。料金はコンピュート・リソースの使用時間・使用量と利用するサービスごとの課金で、リージョン間およびデータセンター(ゾーン)間の通信には課金されない。そのため拠点をまたぐシステムを柔軟に組むことができる。
世界のユーザー数は今年(2022年)3月に300アカウントを超えた。三ヶ尻氏は、「2021年末は150アカウントだったのが2月に200となり、3月に300を超えました。この半年間で急激にお客様数が増加しています」と話す。このうち日本のユーザー数は「2割弱」という。
この急増の要因について三ヶ尻氏は、「PowerVSに対するお客様/パートナーの理解の広がり、PoCから実運用への多数の移行、PowerVS自体の機能拡充、そしてDX・ニューノーマル対応でのDXの加速としてのクラウドニーズの高まり」を挙げる。
PowerVSの全世界のOS別割合は図表2のとおり。IBM i 41%、AIX 52%、Linux 7%という比率である。日本もほぼ同様で、IBM i 39%、AIX 60%、Linux 1%という比率になっている(図表3、2021年10月時点)。
世界のワークロード別の割合は、SAP 39%、Oracle 25%、Infor 14%、自社開発アプリケーション35%(図表4)。日本は未公表だが、海外とはかなり様相が異なるようである。
一方、日本の用途別の割合は、本番48%、検証用8%、DR 11%、PoC 33%という比率である。本番利用が意外に多いと感じられる読者も多いのではないだろうか(図表5)。
その理由として三ヶ尻氏は、「PoCで検証を行ったお客様が、そのままシステムをPowerVSへ持ち込まれるケースが数多くあります。PoCからの移行が多いのは、本番利用を想定した綿密な検証を行うためと見ています。PoCで十分な手応えを得られたお客様がPowerVSへ移行しておられます」と説明する。
業種別は、図表6のようにさまざまな業種となっている。PowerVSの採用に業種別の偏りはないということを示している。また、特定の業務システムに偏ることもないようだ。
三ヶ尻氏は、「PowerVSは費用面も含めて、オンプレミスよりもメリットが大きいと判断されたお客様が採用されています」と語る。課題解決手段としての評価の違いが、PowerVSの採用・不採用を分けているようだ。
また、これまではネットワーク関連費用が嵩むことを理由にPowerVSの採用を見送っていたユーザーもいたが、「VPN as a Serviceの登場によって風向きが変わりつつあることを実感しています」と、三ヶ尻氏は言う。
日本IBMが注力する
PowerVSの4つの適用分野
i Magazineでは2021年7月号で、オンプレミスのIBM iシステムをすべてPowerVSへ移行したブラブジャパンの事例を紹介した。また企業名は伏せたが、PowerVSへのリフトアップ事例をi Magazineサイトに掲載している。基幹システムをPowerVSに移行した公開事例はまだ多くなく、取材先がなかなか見つからないのが実情である。しかしながらPowerVSへの期待や将来的な移行プラン、あるいはPowerVSを含めたハイブリッドコンピューティングを構想として語るユーザー企業は少なくない。
日本IBMでは現在、PowerVSの適用先として次の4つの分野に注力している。
・ビジネス継続性プランニング
・データセンター戦略の最適化
・モダナイゼーション
・卓越した運用とコスト最適化
以下、4つについての日本IBMの考え方を紹介していこう(図表7)。
注力分野①
ビジネス継続性プランニング
PowerVSをバックアップやHA、DRの手段として利用する分野である。Power
VSの利用によって設備投資が不要になり、運用に関わる工数・人員を削減できるメリットがある。
IBMでは、この分野のクラウドならではの使い方を紹介している。オンプレミスでバックアップ・HA・DRを導入する場合は、キャパシティプランニングを行ったうえでリソースに余裕をもたせてシステムを購入するが、クラウドならば必要なリソース/サービスだけの調達で済み、リソースの変更も柔軟に行える。PowerVSを使うHAでは平常時に最小限のリソースを利用し、発災時にバックアップ機を本番環境へとグレードアップする使い方も可能である。「キャパシティプランニングの複雑さを回避し、キャパシティの余剰を削減できます」と、三ヶ尻氏は説明する。
i Magazineがヒアリングした例では、PowerVSを採用した際に本番機をPowerVS側に置き、バックアップ機をオンプレミス側に配置したユーザーがいる。「信頼性の高いPowerVS側に本番機を置くことで安全性が高まる」というのがその理由だった。
注力分野②
データセンター戦略の最適化
データセンターをもつ企業はこれまで、自社で運営するところが多かった。しかし変化するビジネスへの対応やデータセンター運用で多くの課題を抱える企業では、データセンターそのものをPowerVSベースに切り替えるところが増えているという。
スウェーデンに本社を置くサプライチェーン・ソリューションベンダーのiptor Supply Chain Systemsは、世界各地のIBM iシステムを自社で運用してきたが、「コロナ禍のなかで要員の確保やオペレーションを現場で実施することが困難になりつつあったのを機に」(三ヶ尻氏)、グローバル全体でPowerVSベースに切り替えた。具体的には、コペンハーゲンにあるキンドリルのデータセンター内のPowerとフランクフルトのPowerVSとでHAを組み、さらに本番システムをダラスとシドニーのPowerVSへと横展開した。その結果、システム基盤にかかる費用を最大で80%削減し、新規顧客へのサービス提供のリードタイムを従来の2日から1時間に短縮できたという。
IBMではPowerVS採用のメリットとして「コンプライアンスへの対応」も挙げている。企業は今、図表8にあるような個人情報保護や内部統制、セキュリティ関連の規則や規格への対応を求められている。しかし煩雑な手続きを要するこれらにスムーズに対応するのは容易ではない。ましてiptorのような多拠点でシステムを運用する企業にとっては、さらに負荷が大きい。そうしたときに「PowerVSの採用は、基盤としてこれらに準拠していることが解決の後押しになります」と、三ヶ尻氏は説明する。
また玉川氏によると、「クラウドサービスを選択する基準の1つとして、コンプライアンスへの対応を重視するお客様が増えています」という。IBMでは「IBM CloudとPowerVSがさまざまなコンプライアンスに準拠していることが基盤選択時の付加価値になる」とアピールしている。
注力分野③
モダナイゼーション
IBM iユーザーにとってモダナイゼーションは、ビジネスニーズに合わなくなったレガシーシステムの作り変えや従来にはなかったデータ活用基盤の導入、次世代アーキテクチャへの切り替えやAI・ビッグデータなど先進ソリューションへの対応などと非常に幅広い。これに関して玉川氏は、「PowerVSはそのほぼすべてに対応できるのが大きな強みです」と語る。
PowerVSでは、プロビジョニングにより求めるシステムを短時間で構築できるのはもちろんのこと、190種以上のクラウドサービスを1つの管理ポータルから簡単に利用でき、APIを使ってさまざまな外部ツール/システムとPowerVS上のシステムとを容易に統合できる。
オンプレミスでそうした発展性に富む環境をもつことはむずかしい。IBM iシステムのモダナイゼーションを検討するときこそ、PowerVSを俎上にのせる価値がありそうである。
注力分野④
卓越した運用とコスト最適化
日本IBMではPowerVSを「運用コストの改善」と「コスト最適化」の手段としてアピールしている。
運用コストの改善では、サポートされているソフトウェアをそのまま使用できる技術的な容易性とその習得・運用にかかるコストのゼロ化、コスト最適化では従量課金によるシステム運用の“費用”化(オンプレミスでは投資になる)や財務会計上のメリットなどを挙げている。
また「ビジネスの俊敏性と柔軟性の向上」もこのカテゴリーに含めている
図表9は、IBM iユーザーのPowerVS活用例として日本IBMが紹介しているものである。
このうち下から2番目の「次期インフラ・アーキテクチャにクラウドのエッセンスを取り込みたい」に関して、日本IBMはRed Hat OpenShift(以下、OpenShift)の利用を推奨している。
OpenShiftは、Kubernetesベースの企業向けコンテナ基盤。OpenShiftの利用により、アプリケーションの改修・拡張をアプリケーションのコンテナ単位で行えるため、改修・拡張をすばやく実行できるメリットがある。
PowerVSでは、IBM i環境の隣にLinuxベースのOpenShift環境を設定することにより、IBM iと連携するSoEシステムをスピーディに構築できる。またそのシステムと、IBM Cloud側のOpenShift対応の先進的なサービス(たとえばAIサービス)を連携させることにより、IBM iによる先進アプリケーションの利用が容易になる。これも「ビジネスの俊敏性と柔軟性の向上」の一例という。
PowerVSの今後の拡張として、これまでBYOLのみ可能だったRHEL(Red Hat Enterprise Linux)のサブスクリプション提供が2022年4月に予定されている。RHEL上ではOpenShiftが作動する。これによりIBM iの適用範囲を広げていく環境が、また一段と充実することになる。
[i Magazine 2022 Spring(2022年4月)掲載]