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「DXを推進するには、マインドを変えなければならない」、ユーザーも支援機関も ~経済産業省「DX支援ガイダンス」の委員・推進者が語る、DX成功のための認識と実践

左から、河﨑幸徳氏(経済産業省)、宮村和谷氏(PwC Japan)、武藤 元美氏(福岡情報ビジネスセンター)
左から、河﨑幸徳氏(経済産業省)、宮村和谷氏(PwC Japan)、武藤 元美氏(福岡情報ビジネスセンター)

「DX支援ガイダンス ― デジタル化から始める中堅・中小企業等の伴走支援アプローチ ―」が昨年(2024年)3月、経済産業省から公表された。中堅・中小企業を対象に、その支援機関に向けたDX実現への考え方や方法論をまとめたもの。

同ガイダンスの作成を主導した経済産業省の河﨑幸徳氏、委員として作成に参加したPwC Japan有限責任監査法人の宮村和谷氏、福岡情報ビジネスセンターの武藤元美氏に、作成の背景と狙いと支援機関に向けたメッセージを聞いた。

DX支援機関の主要プレーヤーは
地域の金融機関、ITベンダー、コンサルタント

i Magazine(以下、i Mag) 今回、「DX支援ガイダンス」の作成に至った背景と狙いについて教えてください。

河﨑 2018年に経済産業省が「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」を公表して以来、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)という言葉は広く知られるようになり、多くの企業が今、DXに取り組んでいます。デジタル技術を活用した経営変革の取り組みであるDXは、企業規模や業種を問わずあらゆる企業の課題です。ただし大企業であれば豊富な経営資源を活用してDXを推進できますが、中堅・中小企業は人材・情報・資金が不足しており、独力で推進するのはなかなか難しい面があります。

そもそもDXをどう推進すればよいかわからず、最初の一歩であるデジタル化にも踏み出せないケースも多いでしょう。

そこで、一部の地域で実績を上げていた地域金融機関など支援機関によるDX支援について、その在り方や進め方を言語化したのが「DX支援ガイダンス」です。

河﨑 幸徳

経済産業省 
商務情報政策局 情報技術利用促進課(ITイノベーション課)
地域情報化人材育成推進室長
兼 デジタル高度化推進室長

 

宮村 経済産業省の河﨑さんが中心となって、「支援機関を通じた中堅・中小企業等のDX支援の在り方に関する検討会」が2023年11月に立ち上がりました。NTTデータ経営研究所の首席研究員である三谷慶一郎氏を座長に、私や武藤さんを含めた6人の委員が参加しました。

そこから4カ月、全10回の検討会を経て、2024年3月に「DX支援ガイダンス」を発表しました。このガイダンスには、DX実現を阻む現状の課題、企業DXの考え方や方法論、DX支援人材の在り方と育成法、DX支援に関連する中長期的な検討課題などを、事例を交えながら紹介しています。わずか4カ月でここまでまとめるのはなかなかの大仕事で、毎回、白熱した議論が展開されましたね。

i Mag このガイダンスは正確には、DXの実現を考える企業に向けてではなく、そうした企業と伴走するDX支援機関に向けていますね。キーワードは「地域」と「中堅・中小企業」、そして「DX支援機関」であり、DXを支援する主要なプレーヤーは「地域金融機関」「地域ITベンダー」「地域コンサルタント」の3者とあります。

宮村 地域の支援機関は普段から中堅・中小企業の経営者に接する機会が多く、信頼を得ています。物理的に距離も近いので、中堅・中小企業が何かと頼りやすい身近な存在です。とくに支援対象企業や地域経済と運命共同体の関係にある地域金融機関、デジタル化を支える地域ITベンダー、そして本業支援の有力な手段としてDX支援に取り組む地域のコンサルタントが、中堅・中小企業の「主治医」として能動的かつ主体的にDX支援に取り組む必要があると考えました。

宮村 和谷 

PwC Japan有限責任監査法人
執行役 パートナー
Chief Digital Officer/
Chief Information Officer
(トラストサービス開発担当 )

 

地元企業を大切なアセット(資産)と考え
長期的な視点で共存共栄を図る  

武藤 中堅・中小企業のDX推進には、支援機関がもつ外部の力を有効に活用することが重要です。そしてそうした企業の最も身近な伴走役として期待されるのが、地域金融機関、地域ITベンダー、地域コンサルタントです。支援機関としてはそれ以外にも、商工会議所、大手IT ベンダー、業界団体、大学・教育機関、そして税理士や公認会計士、社会保険労務士など士業に携わる人々などが考えられます。 

河﨑 なかでも重要な役割を果たすのは、地域金融機関だと思っています。取引先の経営者と接する機会が多く、高い信頼を得ている金融機関は、取引先や地域経済と運命共同体でもあります。DX支援により支援される側、支援する側に生じる利益が地域全体に継続的に還元されていく好循環に繋がっていきます。

私はもともと金融機関の出身で、実際に取引先のDX支援に携わっていました。印象的だったのが、このサービスを始めた際に取引先経営者から言われた「今日は何のお願いですか?」でした。銀行の営業店では昨今さまざまな金融商品を販売することが主要な業務でもあり、よく「お願い営業」と言われています。

しかしDXを推進するには、このマインドを変えねばなりません。金融庁は地域金融機関が目指すべき方向として、「顧客企業に対する本業支援」を挙げています。2021年には銀行法を一部改正し、銀行本体の付随業務としてコンサルティング業務を追加しています。取引先の本業の課題を解決する手段としてDX支援は有効なソリューションですので、ぜひDX支援に取り組んでもらいたいと思います。ただ、地域金融機関のマインドは一朝一夕には変わらず、なかなか従来営業から脱却できないのも事実です。

宮村 経済が厳しい状況ですから、目先の利益に追われる、効率的に金融商品を販売して実績を上げたいと考えるのもわかります。でも地域金融機関も、そして地域ITベンダーや地域コンサルタントも、地元の企業を「アセット」(資産)と考えて、中長期的な視点で事業をサポートしていく意識が必要ですね。地元企業の繁栄が、結果的に果実として自分たちに返ってくると考える。その手段がDXです。

武藤 私は地域ITベンダーの立場でお話しすると、やはり中長期的な視点でお客様の事業を育てていこうと考えるベンダーは少ないように思います。どうしても目先の利益を優先し、ソリューションやシステムの販売を追求するケースは多いです。お客様と一体になって、ベンダー自身がDXを実践して、そのスキルを十分に備え、自分ごととしてお客様のDXを考えることが重要です。地域ITベンダーや地域コンサルタントが足並みを揃えてDXガイダンスやリテラシーを身につけ、地域の活性化に貢献していく必要があります。そうでないと結局は、首都圏の大手ITベンダーの下請けとなって、お客様に直接、DXを提案することができなくなります。

武藤 元美

株式会社福岡情報ビジネスセンター
代表取締役社長

 

河﨑 ガイダンスでは、支援機関同士の連携の重要性も説明しています。現在の企業が抱える課題は多様化・複雑化しており、各社の課題に応じた解決策を検討することが重要です。支援機関単体での対応が難しいケースも多く、それぞれの強みを生かした支援機関同士の連携や情報共有が求められます。連携を通じて強み・弱みを相互補完して課題を解決していくわけです。地域ごとに適した役割分担を見つけることも大事です。

武藤 私はこのガイダンスで、DX支援機関の重要なプレーヤーとして地域金融機関の存在が大きくクローズアップされたことを、とても心強く感じました。やはりなんと言っても、地域の中堅・中小企業の経営者に最も食い込んでいるのは金融機関であり、継続的なDX支援にはマネタイズが不可欠である点からも、大きな役割を果たしていくでしょう。マネタイズにしても、ITの適用にしても、単体でやると体力が消耗してうまくいかないので、やはり支援機関の連携は不可欠です。

宮村 2018年に発表されたDXレポートは、SIerの産業構造の改革を示唆しており、ITの業界構造も従来のヒエラルキー型からネットワーク型への転換が必要だと私は考えています。

既存システムの保守に依存しているITベンダーに対して、私は「ずっとそのビジネスは続きますか? それで自社の収益を今後も維持していけますか?」と、本気で尋ねたいですね。ITベンダーこそがDXを実践して自らビジネスモデルを改革し、従来のような元請け・下請けといった産業構造から脱却すること。そしてイコールパートナーとして、お客様とも地域の支援機関とも、相互に連携していくことが重要です。

DXの必要性は感じるが
その方法論がわからない

i Mag DXレポートは衝撃が大きく、いろいろな人たちがDXの必要性を感じ、揺さぶられたと思います。でも実践に移す方法がわからず、模索している人たちも多いように思います。

宮村 そのとおりです。私もいろいろなお客様と会話していて、DXの必要性を感じている経営者は決して少なくないと感じます。ガイダンスにも、約7割の経営者が必要性を感じていると記載しています。「何かを変えていかねばならない」と、感じている経営者は少なくありませんが、でも方法論がわからないとか、ベテラン社員が変化を嫌うとかいった理由で、その意思が阻まれているわけです。DX支援企業が相互に連携して、そうした経営者の意思を形にしていきたいです。

河﨑 そうですね。ただし、これはガイダンスにも記載していますが、すべての中堅・中小企業に対してDX支援に向けたアプローチを行うのは現実的ではありません。そのため「顕在層」、つまりDX支援を求めていることが見えている企業、および「潜在層」、つまりDXに取り組む意思があると考えられる企業を優先すべきです。「無関心層」、つまりDXに取り組む意思がない企業に対していくら積極的に働きかけても、時間の無駄になる可能性が大きいです。

武藤 私はこれまでの経験から、事業継承とDXはとても相性がよいと考えています。いま、将来に向けてどのように事業を継承していくかに悩んでおられる中堅・中小企業の経営者が多くおられます。中堅・中小企業は人材不足で離職率も高く、地方からの人口流出は深刻です。利益は出ているのに、人を雇えずに今後の事業継承に黄信号が灯っている中堅・中小企業は少なくありません。そこでDXを実現して、これまでのビジネスを継承しつつ、ITにより手法と企業風土を変革する。実際に当社のお客様で、明治時代に創業した建材卸しの企業が、DXにより全国から若い人が入社を希望する企業へと生まれ変わった例があります。

DXはデジタル化ではなく
「企業の変革」に本質がある

i Mag このガイダンスを読んで、とくに地域のDX支援機関の方々には、どのような気づきを得てほしいですか。

河﨑 私は地域金融機関の法人営業担当者に対して、これからはお客様の本業を支援する事業コンサルタントであるとの意識をもち、その手段としてDXは有効であることを理解し、必要性を感じたらITコーディネータの資格を取得するなどして、中長期的な視点で顧客と向き合ってほしいと思っています。

金融機関は海外に駐在事務所を展開していますが、事務所を出すことで即、収益を上げられるとは考えていないでしょう。取引先の海外進出を支援し、取引先が事業を拡大することで、自行の業績にもフィードバックされると中長期的な視点に立って海外事業所を展開しているはずです。DX支援も、それとまったく同じです。

宮村 DX、すなわちデジタルトランスフォーメーションは、デジタル化の部分が注目されがちですが、実際には企業の変革、つまりトランスフォーメーションの部分に本質があるわけです。そこは間違えないようにしてほしいと思います。

そしてこれは何度もお話ししていますが、地域の中堅・中小企業は重要なアセット(資産)であり、地域の金融機関にとっても、ITベンダーにとっても、コンサルタントにとっても、大切に育てて共存共栄していくことが重要です。そこをあらためて認識してほしいと思います。

武藤 私はITベンダーに対して、お客様と伴走するパートナーであるとの誇りをもち、DX実現の「主治医」であるとのプライドをもってほしいと願っています。そしてそれに見合うように、自らが学び、DXに必要な力量を身につけてほしいです。

このガイダンスは本篇が70ページなのですが、事例集はそれとは別に86ページあります。本篇より事例集のほうが長いわけです。事例がそのまま自社のケースに当てはまるわけではないですが、何らかのヒント、まさにガイドとして活用いただければと思っています。

  経済産業省「DX支援ガイダンス」はこちら

河﨑 幸徳
1979年ヤクルト本社に入社、1990年福岡銀行システム部に転職。総合企画部で広島銀行とのシステム共同化プロジェクトに従事後、IT統括部・営業企画部等を経て、2017年デジタル戦略部で企画したデジタル化支援コンサルティングを長崎で開始し、2021年には福岡・熊本に拡大した。2023年9月末にふくおかフィナンシャルグループを退職、10月に経済産業省に入省。現在は企業DXに関する政策立案などに携わっている。
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宮村 和谷
2000年より20年以上にわたり、PwC Japanグループにおいて、さまざまな業種の企業の事業変革(トランスフォーメーション)や事業強化(ビジネスレジリエンス構築)を支援している。近年は、執行役(業務DX/トラストイノベーション担当)として、企業のデジタルトランスフォーメーション支援サービス、当法人の業務DXや新規トラストサービスの開発などをリードしている。
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武藤 元美
1961年 福岡県大牟田市生まれ。Fbeiホールディングス株式会社代表取締役、株式会社福岡情報ビジネスセンター代表取締役、株式会社サンリッチ代表取締役、株式会社ケイエム取締役会長を兼務。公益社団法人スペシャル・オリンピックス日本・福岡理事長、フィロソフィ経営実践塾代表世話人、ユーオス・グループ理事監事、福岡大学経済学部非常勤講師、福岡大学産学連携協議会副代表を務める。

[i Magazine 2024 AUTUMN 掲載]

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