YKK株式会社
本社:東京都千代田区
創業:1934年
資本金:119億9240万円(2023年3月末)
売上高:8932億円(ファスニング 3805億円/AP 5086億円。2023年3月期、グループ連結)
従業員数:4万4527名(国内 1万7891名、海外 2万6636名。2023年3月末、グループ連結)
概要:ファスニング商品およびファスニング加工機械の製造・販売
https://www.ykk.co.jp/
YKKグループは、ファスニング事業とAP事業を中核に、世界70以上の国/地域で事業を展開している。そのなかでファスニング事業を担うのが、グループの中核事業会社であるYKKである。アパレルから汎用資材分野まで、スライドファスナー、面ファスナー、繊維テープ・樹脂製品、スナップ&ボタンなどのファスニング商品を製造・販売している。2020年に「YKKサステナビリティビジョン2050」を策定し、本業を通じた持続可能な社会への貢献を常に追求し続けている。
自社開発型ERP「WINGS」により
グローバル統合と標準化を達成
YKKグループはファスニング事業(ファスニング商品)とAP事業(窓や玄関ドアなどの建材商品)を中核としたグローバルな事業経営体制を展開している。
ITの活用は1980年代から始まり、1990年代にはファスニング事業を展開する各国の事業会社が地域最適を目指してそれぞれにシステムを開発していた。
これに対して2000年代から、香港が開発の中心になり、IBM i上で初代ERPである「Wave’s」を構築。中国・アジアから導入をスタートし、欧州・北米へと運用を拡大していった。
さらに2010年代からは、全体最適の時代に入る。ファスニング商品の受注・生産・仕入・在庫・出荷・売上という一連の業務を管理する自社開発型ERPである「WINGS」を、Wave’sの後継システムとして、日本の情報システム部が主体になって構築した。
2015年に上海の事業会社で稼働したのを皮切りに、中国、アジア(アジア太平洋地域)、アメリカ(北・中・南米)、EMEA(欧州、中東、アフリカ地域)および日本(東アジア)の5極へ導入を進めた。システムは共通であるが、サーバーであるIBM Powerは各極の主要な事業会社へ導入している。
最終ステージとなる日本への導入は2018年。最初の導入から約3年を費やし、ファスニング事業を展開する70以上の地域で、システムのグローバル統合と標準化を果たしたのである(図表1)。
WINGSを導入した事業所間ではEDI機能を活用して、姉妹会社への発注データの送受信や回答納期、出荷、請求などの各データをやり取りしている。共通システムの利用により、納期の短縮はもとより、材料の調達から生産・物流・販売の流れを一体化することで、サプライチェーン全体を通してモノや業務の流れを合理化・効率化することに成功した。
また主要な事業会社のデータを「WINGS DWH」に集約し、グローバル経営の効率化をサポートしている。
さらに標準のWINGSの全ソースコードをライブラリー上に用意し、各国によるベストプラクティスの即時横展開を可能にすることで、各事業会社が個別にアプリケーションを開発・導入する工数を大幅に削減した。
ちなみに同社ではグローバルでソース管理やリリース手順を統一化するDevOpsを推進し、全拠点での開発生産性と品質の向上を実現している。本社の情報システム部のメンバー25名が5極の主要な事業会社に配置され、各社のニーズを吸い上げてWINGSに反映するとともに標準化を進めている。またWINGSのテスト環境を集約することで、開発コストの最適化と開発の高速化を推進している。
このようにWINGSは、さまざまな導入効果を生んでいるようだ。
さらに2022年には、オンプレミスで運用していた一部のIBM Power(IBM i)をクラウドサービスである「IBM Power Virtual Server」へ移行した(図表2)。
移行対象となったのは、グローバル基盤として運用する「WINGSグローバルEDI」と「WINGSグローバルDWH」、それに「ソースコードライブラリー」と「WINGS DepOps」の4つ。オンプレミスで運用していたIBM Powerは2台・4区画構成であったが、老朽化が著しく、クラウドへ移行したほうが運用コストやマシンリプレース時の作業を大幅に軽減できると判断したという。
基幹システムのさらなる強化と
モダナイゼーションを目指して
WINGSによる基幹システムの再構築とグローバル統合は現時点でほぼ完了しており、情報システム部では次のステージへ歩みを進めている。
「WINGSの導入により、生産性の向上や経営状況の見える化は大きく前進し、各事業所間のやり取りをEDIで実施することで、グループ会社間の連携は大幅に強化されました。次のステップとして基幹システムのさらなる強化とモダナイゼーションを考えた時、システム間の連携を今以上に推進し、グループ内の情報共有をさらに高めることが重要であるとの結論に至りました」と語るのは、情報システム部 基幹業務システム室 グローバルシステムグループの森寛明リーダーである。
その重要な手法として検討されたのが、API連携であった。
「WINGSによりグループ会社の連携は強化されましたが、今後はさらに会社間をまたぐ多様なシステム連携への要望が加速すると予想されます。現状ではODBC、Db2コネクト、ETLツールなどいろいろな手法でシステムを連携していますが、要望が情報システム部に寄せられ、そこから連携の最適手法を検討し、実装を開始するという今までの流れでは、加速するビジネススピードに追随できません。そこでスピーディなシステム対応を行うために、またWINGSの機能を補完してモダナイゼーションを実現するためにも、APIを連携の共通基盤にできないかと考えました」(森氏)
連携の核となるのは、IBM i上のWINGSに蓄積されている基幹データである。そこで情報システム部では、IBM iに対応しAPIを作成するツールとして、「API-Bridge」(オムニサイエンス)に注目した。
「IBM iのOS機能を利用してAPIを作成するより、ツールを利用してノーコードで開発するほうが効率的であると判断し、API-Bridgeの導入を決めました」と、舟貝啓佑氏(情報システム部 基幹業務システム室 グローバルシステムグループ)は採用の理由を語る。
APIによる連携の狙いと期待効果は、以下のように考えられている。
たとえばEDIなどで実施している情報連携の頻度と粒度、領域を拡大することで、WINGSで実行している事業会社間のデータ連携を今以上に容易に構築すること。これにより問い合わせや納期の確認など、事業会社間で発生する多種多様な問い合わせを解消でき、会社間をまたがるワークフローの運用も可能になる。
また、同社がAWS上で構築している新たなDatamartに「YKKクラウドファウンデーション」(通称「ワイクラ」)がある。
同社ではすでにデータウェアハウス(DWH)を運用しているが、決められたフォームに入力された情報だけを利用するので、ドリルダウンに制限が発生したり、データ収集の対象が56社のうち25社だけであったりと、いくつかの課題が指摘されていた。
そこで「ワイクラ」を構築し、全56社の事業会社が運用するWINGSからバッチ型で経営データを集約しているのだが、即時性が求められる連携をAPIに置き換えることで、よりリアルタイムなデータ取得と緻密なドリルダウンが可能になると期待されている。
「発想力が試される」
API-Bridgeのさまざまな活用法
情報システム部では導入を検討し始めた2022年から、API-Bridgeをシステム開発のどの局面でどのように使えるか、部内のチームで「アイデア出し」のためのディスカッションを重ねてきた。
まさに「発想力が試される」(森氏)試み。このディスカッションでは、API-Bridgeによる40以上の連携アイデアが提案された。
たとえば第1号案件として、すでに開発を完了したのが画像イメージ連携である。
これはAPI-BridgeがIBM iのIFS領域へのダウンロード/アップロード機能を備えていることに着目し、グローバルで管理しているファスナー商品の画像イメージをWebアプリケーション上に表示したり、JPCのWINGSに配信したりする際にAPI-Bridgeを使用している。
また新しいクレーム管理DBもAPI連携を利用し、2023年11月に運用を開始する予定で開発が進行している(図表3)。
クレーム管理システムは、顧客から受けたクレーム内容を営業担当者が入力し、工場の品質保証部門に送信するシステムである。今回Webアプリケーションとして作り直し、顧客データや販売データをAPI-Bridgeにより、WINGSのDBから抽出して連携させている。
さらに顧客へ提示するテストレポートは、主要顧客から要請されている品質を保証するドキュメントを管理・提供するWebアプリケーションである。
「WINGSからは顧客とトレースをとるキー情報をGET、WebアプリケーションからはWINGSのオーダー情報をGETし、API-Bridgeを利用して双方向で連携する予定です」と語るのは、開発を担当している相京瑛子氏(情報システム部 基幹業務システム室 グローバルシステムグループ)である。
これはAPI連携を予定している直近の計画の中では最も開発規模の大きいアプリケーションの1つで、2023年度中に開発作業がスタートする予定である。
上記のプロジェクト以外にも、トレーサビリティシステムやグローバルWINGSの照会Web画面、納期問い合わせ対応システムなど、API-BridgeによるWINGSとWebアプリケーションの連携開発はいろいろと予定されている。
同社ではこのようにAPI-Bridgeの利用を段階的に拡大しながら、共通の連携基盤を形成し、基幹システムであるWINGSのさらなる強化とモダナイゼーションに取り組んでいく方針のようだ。
[i Magazine 2023 Autumn(2023年12月)掲載]