株式会社イセトー
本社:京都府京都市
東京本社:東京都中央区
創業:1855(安政2)年
設立:1941年
資本金:2億6000万円
売上高:163億円(2022年3月)
概要:情報処理サービス、コンピュータ用紙の製造・販売、システム機器の開発・販売
https://www.iseto.co.jp/
創業は幕末間近の安政2年(1855年)で、今年168年目を迎える。事業は、時代のニーズをいち早く捉えて、着物を包む文庫紙の販売(江戸〜明治)、巻き取り紙の製造(大正〜昭和)、ビジネスフォーム製造(1953年〜)、情報処理サービス(1979年〜)、DX推進(2015年〜)へと拡大・発展してきた。現在は情報処理サービス事業が売上の70%、ビジネスフォーム事業が20%を占める。京都・東京に本社を構え、全国に13の支店・営業所、2工場をもつ。
ビジネスフォーム事業から
紙とデジタルの融合サービスへ
1855(安政2)年に和洋紙の卸・小売商としてスタートしたイセトーは、1950年代にビジネスフォームの製造・販売へ、1990年代からは現在の主力事業であるプリント・メーリングサービスへと進出し、さらに近年は紙とデジタルサービスを融合させた事業を拡大させつつある。
プリント・メーリングサービスとは、顧客から預かったデータを通知状の形態にあわせてデザインおよびシステム設計し、印刷・封入封かん(または圧着加工)を行う事業である。取引先は、都銀・地銀・生損保・クレジットカードなどの金融系、官公庁・地方自治体などの公共系と電力・ガス・CATV会社などの約3000社に及ぶ。
また、紙とデジタルサービスを融合させた近年の事業としては、各種手続きを最新の技術やUI/UXを駆使してスマホやタブレット上で実現するデジタル手続きサービス「Link Next」、契約内容や書類の記載方法などを動画で解説したり、ユーザーの特性に応じて一人一人に異なる動画を配信できるパーソナライズド動画「individeo」、紙で発行していた各種通知状を電子化してシングルサインオンによりシームレスに閲覧可能にする帳票電子交付サービス「インフォメーラー」などがある。
IBM iを30年にわたり利用
システムの改修・改築を続ける
同社は、神奈川と大阪の2カ所にデータセンターを設置し、プリント・メーリングサービスはIBM zSystems上で、プリントイメージなどの作成はAIXで、生産管理などの基幹系システムはIBM iでそれぞれ運用してきた。zSystems、AIX、IBM iとも東西のデータセンターにマシンを配置する2台体制で、HA構成を組む。
IBM iの利用は1993年からである。ビジネスフォーム事業が最盛期を迎え、プリント・メーリングサービス事業に乗り出す“前夜”の時期にあたる。それまでのNEC機からAS/400(現IBM i)へ基幹プログラムをコンバージョンして、運用を開始した。以来、AS/400・iSeries・IBM i上でRPGを使ってシステムを自社開発し運用してきた。
IBM i関連のトピックスとしては、2009年に「Orion」(現MIMIX)を採用してHA化に踏み切るとともに(Power6をもう1台導入)、生産管理システムの大改修に着手してモダナイゼーションを開始(ツールはDelphi/400)、2014年には基幹システムを「SEEBEX」と命名して生産管理システムの改修に再度取り組み、並行して生産現場へのタブレット端末や大画面ディスプレイを導入してペーパーレス化を実施した。
さらに2020年以降はユーザーインターフェースの大幅な改善やaXesによる5250画面のWeb化を進め、さらにエンドユーザー用データ収集・分析ツール(PHPQUERY)
の導入や、LongRangeによるスマートフォンからの基幹データ照会機能の開発などを行ってきた。
運用負荷の軽減が喫緊の課題
Power7のEOSが選択を迫る
そして2020年以降の一連の取り組みの一方で進めたのが、今回レポートするバックアップ・システムのIBM Power Virtual Server(以下、PowerVS)への移行である。
同社執行役員でIT戦略室担当の所修一氏は、クラウドへの移行の理由を次のように話す。
「2009年以来、2台のIBM iを相互にバックアップにする運用を続けてきましたが、パッチやOSなどバージョンアップがあるたびに計5区画のすべてで適用作業を行う必要があり、運用負荷の軽減が大きな課題となっていました。そこへ延長・延長で延命させてきたPower7マシンの保守サポート切れが目前となり、さまざまなケースを検討した結果、バックアップ側のPowerVSへの移行を実施しました」
所 修一 氏
執行役員
IT戦略室 担当
IBM iの運用保守を担当してきたソリューション統括本部トータルソリューション本部の村居啓司氏(IT基盤管理部 基幹システム管理グループ 主幹)は、「当社のシステムは24時間・365日の運用なので障害が起きるとすぐに対応する必要があり、夜間に作業が及ぶことも少なくありませんでした。とにかく息をつく暇もない状態で、運用保守の抜本的な改善が避けられない状況でした」と説明する。
村居 啓司 氏
ソリューション統括本部
トータルソリューション本部
IT基盤管理部
基幹システム管理グループ
主幹
3通りの移行形態を比較し
Power Virtual Serverを選択
同社が当初念頭においたキーワードは「クラウド」である。プロジェクト開始直前の2020年10月には、折しもIBMの東京リージョンでPowerVSの提供がスタートしていた。
同社がPower7システムの更改にあたって作成した資料が図表1である。移行先の形態を比較検討するための資料で、パターン①はバックアップ機をオンプレミスで継続する「オンプレミスーオンプレミス」、パターン②はバックアップ機をクラウドに配置する「オンプレミスークラウド」、パターン③はすべてをクラウドで運用する「クラウドークラウド」である。
「3つを比較検討した結果はパターン③が△で、それ以外は〇となりました。じつは3つを比較検討する前はパターン③が高評価となることを期待していたので、少々残念な結果でした。というのは、当社のシステムは常時稼働なので1時間単位で課金するPowerVSは、想像以上に費用が膨らむ試算となったのです。結局それがネックの1つとなり、断念せざるを得ませんでした(『費用』は×の判定)。もう1つのネックは、クラウドを利用した場合のデータの保全性でした。それに対するIBMのコミットメントは、私どもの期待とはややギャップがありました。ただし、5年後のPower9の更改時にはもう一度、クラウドークラウドの構成を検討するつもりです。それまでにPowerVSが我々の思いに適うものへと成長していることを期待しています」と、所氏は述べる。
またそのほかにも、PowerVSの“ルール”に戸惑いを覚えることがあったという。村居氏は次のように説明する。
「PowerVSはIaaSなのでOSやデータベースなどの管理はクラウド側の責任領域と理解していましたが、PowerVSではユーザー側の責任です。すると、PTFが出たりOSなどのバージョンアップがあるたびにユーザー側で手当てをする必要があり、運用負荷の軽減につながりません。この点も将来の改善を強く望んでいます」
バックアップ機への移行手段は
メディアとHAツールの併用で
PowerVSへの移行作業は2021年6月にスタートした。最初にオンプレミス側でPower9の導入・設定とアプリケーションの稼働検証などを行い、続けてPower9とPowerVS間のネットワーク設定、さらにPowerVS側の環境設定とアプリケーションの稼働検証、旧マシンからのデータ移行、テストへと進み、2021年11月に本番システムへと切り替えた(図表2)。
PowerVSへの約8000GBに上るデータの移行は、約2週間かけて実施した。データ移行に用いたのは利用中のHAツール「QUICK-EDD」で、変更ログを少しずつ取り、本番機とバックアップ側を同期させる方法を採用した。
「当初はすべてのシステム要素をメディアに格納してデータセンターに搬入し、PowerVS上で一挙に展開することを検討しました。しかしその形でデータを展開しても、メディアへの格納から展開までのタイムラグ分のデータの反映が必要になるので、メディア搬入のサービスはプログラムとソフトウェアのみで利用することとし、データはHAツールで移行しました」と、村居氏は説明する。
クラウドへの移行作業中は「ネットワーク関連でトラブルが多かった」が、本番移行後はトラブルや障害がまったくなく「順調に運用中」(村居氏)という。
村居氏は、「本番機からPowerVS上のバックアップ機への切り替えや、バックアップ機から本番機への切り戻しを2回行いましたが非常に簡単で、まったく負荷になりませんでした。またピーク時のリソースの増強なども自動でやってくれるので、運用がほんとうに楽になりました」と感想を述べる。
クラウドの採用は
人材育成にも効果
PowerVSの導入効果について所氏は、「コスト削減と運用負荷の軽減は想定どおりです」と言い、「オンプレミスでの運用時と比較して30%以上のコスト削減が実現できています」と効果を話す。PowerVS上のシステム構成は、本番データの取得は常時行っているもののリソースの利用は最小限とし、本番システムの停止時にだけリソースを最大化する内容という(図表3、図表4)。
また所氏は人材育成への波及効果についても、次のように語る。
「クラウドを採用すると、基盤技術に関する教育・研修の比率を下げることができ、そのぶんアプリケーション開発の教育・研修に当てることが可能になります。クラウドの採用をシステム基盤の選択とだけ捉えるのではなく、システム運営全体にかかわるものとして戦略的に考えていく必要を痛感しています」
同社は現在、IBM CloudのAIX上で運用中の「Link Next」や「individeo」「インフォメーラー」などのAWS対応を進めている。「お客様の中にはAWSでの利用を望まれる企業もあるので、それへの対応です。今後はサービスのマルチクラウド化を進めていく考えです」(所氏)
IBM iについては、「セキュリティの先進性とデータベースの堅牢性を高く評価しています。それ以外のインプット系や他システムとの連携系は、IBM iの外に出してもよいのではないかと考えています。IBM iをデータベース・サーバーとして活用する形態を模索しています」と、所氏は述べる。
[i Magazine 2023 Spring(2023年5月)掲載]