「JGS研究2017」プロジェクト論文 優秀論文賞受賞
これからの時代も生き残れる
IT人材を育成するためには
─先端IT技術における学習教材の改善─
学習者のモチベーションを変える
新しい教材のあり方
IT人材の不足が指摘されている。AI、IoT、ビッグデータなどの分野ではとくに深刻で、先端IT技術者をどう育成するかは、業界全体が抱える喫緊の課題である。「これからの時代も生き残れるIT人材とは」という研究テーマに取り組んだメンバーたちは、学習教材の考え方を変えることで答えを見つけようとした。その経緯が、論文に詳しくまとめられている。
参加した9名はいずれもITベンダーに所属するが、年齢・性別、キャリアや職責などの異なる多彩なメンバーが集まった。そこで研究活動はまず、それぞれが抱く「理想のIT人材像」を語り合う作業からスタートした。半年ほど議論を重ねた結果、ITが日々急速に変化するなかで生き残れる人材の条件は、「新しい技術を自ら習得し、IT技術の進化に適応できること」との一致点を見出した。
技術者が自主的に学ぶ方法には、(1)教材・カリキュラムの活用、(2)演習・訓練プログラム、(3)研修・講習会やスクールの活用などが考えられるが、チームが着目したのは(2)である。
「実際に手を動かす体験が重要な学びになると考え、学習効果を高める方法、学習教材の具体的な改善方法に論文テーマを絞りました。そしてまず、『先端IT技術は実際に操作しながら体験して学ぶほうが、学習効果が高い』という第1の仮説を立て、その検証を試みました」と、ニッセイ情報テクノロジーの吉永潤氏は振り返る。
仮説検証に向けて約1カ月半、全員がハンズオン教材を使って、自ら先端ITを学ぶことに集中した。課題は「Rasp berry Piを使ってLEDを点滅させ、IoT端末の操作を学習する」と「Raspberry Piとクラウド、スマートフォンを接続して位置情報を取得する」の2つ。QiitaやBluemix(現在のIBM Cloud)などで公開されている無償のハンズオン教材で各自が学習したところ、全員の意見として、第1の仮説に疑問符が付いた。手順どおりに手を動かすだけでは、知識はそれほど身につかないと実感したからだ。
「ハンズオン資料の手順を実行するだけでは、デプロイやビルドなどの処理が具体的にどのような役割を果たしているかを理解できません。それに教材が古いと、バージョンや実施方法が現状と異なる場合があって混乱し、体系的な知識がないと全ステップを完遂できないなどの課題が見つかりました」と、三井住友トラスト・システム&サービスの福田智隆氏は語る。
そこで効率よく学習効果を向上させる代表的な2つの教育設計モデル、「ガニェ9教授事象」(図表1)と「ケラーのARCSモデル」(図表2)の考え方を取り入れて、仮説を見直すことにした。前者では外部からの働きかけが効果的な学習を支援する、後者では魅力的なテキストが学習者のモチベーションを高めるとされている。
「これをもとに、『効果が実証されているガニェ9教授事象とARCSモデルという学習理論に基づき、ハンズオン資料に補足資料を付加することで、初学者の学習意欲を高め、理解をより向上させられるのではないか』という仮説を立てました。手順どおりに操作するだけの既存のハンズオン資料を改善し、学習者の満足感や達成感を意識しながら補足教材を追加することで、学習意欲を高めようと考えたのです」と言うのは、インテックの高山綾子氏である。
PaaS型のクラウド上で汎用的なbotを稼働させ、クラウド型のチャットサービスをインターフェースに利用するハンズオン教材を選定。内容は変更せず、以下の改善指針を反映して補足資料を作成した。
(1)何を実施するのか、何を学べるのか、(2)必要な前提知識、(3)各ステップの目的、(4)ゴールと標準的な所要時間、(5)エラー時の対応方法や間違えやすいポイント、応用ステップ。これらを記載した約20ページの補足資料をプレゼンテーション資料にまとめた。
さらにメンバーの所属する企業から17名(業務で先端IT技術に触れていない技術者)を被験者として、補足資料を使うチームと使わないチームの2つに分けて、同じハンズオンを実施した。事前アンケートの実施、ハンズオンの実行、事後アンケートの実施という3ステップで、補足資料の有無が、学習効果にどう影響するかを検証した。
アンケートでは、モチベーション(楽しかったかどうか)、進捗(どのステップまで進めたか)、理解度(内容を理解できたか)、学習時間(どのくらいの時間、取り組めたか)の4点について質問した。その結果、進捗には差がないものの、ほかの3項目では、補足資料のあるほうが大きく数字が改善されると判明した。以上から、新しい仮説の正しさが証明されたのである。
「今回の研究では、Bluemixの試用や数千円程度で購入できるRaspberry Piによる安く、早く、かつ親しみやすいUIで学習環境を構築できました。『学び直し』はIT技術者のモチベーション次第だと実感しました」と、ニッセイ情報テクノロジーの入戸野太氏は指摘する。
その一方、アイ・ティー・ワンの西原勇児氏もこう語る。「実際に触れる、やってみることが非常に重要だと感じました。研究に参加する前は遠い存在に思えた先端ITが、BluemixやRaspberry Piでの体験を経たあとでは、とても身近に感じられ、いつでもチャレンジできると自信をもてました。社内研修でも学習意欲と理解の向上を意識した内容に構成するよう、提言していきたいです」
変化に適応し、新しい技術を吸収する意欲こそが今後を生き抜く力となりそうだ。
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チーム名
これからの時代も生き残れるIT人材とは
株式会社アイ・ティー・ワン 西原 勇児(リーダー)
株式会社インテック 高山 綾子(サブリーダー)
株式会社インフォテクノ朝日 本田 奈々美
エヌアイシー・ネットシステム株式会社 永友 伴憲
NTTデータソフィア株式会社 泉 伶
NTTデータソフィア株式会社 千代間 健司(サブリーダー)
ニッセイ情報テクノロジー株式会社 入戸野 太
ニッセイ情報テクノロジー株式会社 吉永 潤
三井住友トラスト・システム&サービス株式会社 福田 智隆
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社 角 篤司(チームアドバイザー)
(敬称略。社名は研究活動当時のものです)