Text=佐々木 敦守、浅川 真弘氏(日本IBM)
デジタル化の進展により、ハイブリッドクラウドやマルチクラウド、生成AIサービスへの投資が加速している。同時に、インフレによるITコストの上昇やグリーンITの重要性の高まりなど、新たなテクノロジー投資の潮流も形成されている。技術革新や経済変化の中で、企業が競争力を維持・強化するには、テクノロジー投資の効果を最大化し、ビジネス価値を高める戦略的なITファイナンス管理が不可欠である。
本稿では、ITファイナンス管理の高度化を目指す方法論として、FinOps(Financial Operations)とTBM(Technology Business Management)を解説する。FinOpsとTBMの導入により、企業はテクノロジー投資を最適化し、コスト削減と新たなビジネス価値の創造を実現できる。
テクノロジー投資の新潮流
2010年代初頭、企業向けのクラウド技術が成熟するにつれ、多くの企業システムはオンプレミスとパブリッククラウドを組み合わせたハイブリッドクラウド、または複数のパブリッククラウドを活用するマルチクラウドへと進化した。
従来のオンプレミスシステムやプライベートクラウドは、セキュリティ、規制遵守、高いカスタマイズ性が求められる特定の要件では依然として重要な役割を果たすが、イノベーションの促進、スケーラビリティ、柔軟性、ビジネス継続性などの理由から、ハイブリッドクラウドやマルチクラウドの採用が増加している。
総務省の調査である「令和5年 通信利用動向調査報告書(企業編)」によると、2023年時点で8割以上の国内企業がクラウドを利用しており、IDCの国内クラウド市場予測では、2028年までに年間平均成長率16.3%で、市場規模16兆6285億円に達すると見込まれている。
特にChatGPTなどのクラウドベースの生成AIサービスは、コンテンツ生成、顧客サービスの自動化、データ分析および意思決定支援において重要な要素となっている。IBM Institute for Business Value(IBV)の調査「CEOのための生成AI活用ガイド-総集編」によれば、企業の生成AIへの投資は今後2~3年で4倍に増加するとされる。
一方で、インフレや円安の影響で、ITベンダーのライセンスやクラウド料金が相次いで値上げされ、企業のITコストは増加傾向にある。同時に、ITインフラのエネルギー効率向上とカーボンフットプリント削減への関心が高まっている。クラウド利用の環境影響を評価し、ITリソースの効率とコストを最適化することで、環境に配慮したIT運用を実現することは企業の責任であり、グリーンITの推進につながる。
このようなテクノロジー投資の新潮流において、企業が持続可能に発展するためには、時代に適応したITファイナンス戦略の策定と最適なテクノロジー投資を実現する方法論が必要である(図表1)。
従来のITファイナンス管理の限界
ITファイナンス管理とは、企業のIT資源に関連するコストを計画、監視、管理するプロセスを指す。これにはハードウェア、ソフトウェア、クラウドサービス、人件費などが含まれる。図表2にオンプレミスとクラウドにおけるITファイナンス管理要件の違いを示す。
従来からのITファイナンス管理はオンプレミス環境を前提とし、固定資産の重視、資本支出(CapEx)中心、予測可能なコスト、集中管理といった特徴がある。
企業はハードウェアやソフトウェアを購入し、固定資産として管理していたため、初期投資は大きいものの、減価償却により予算計画が立てやすく、メンテナンス費用も予測可能だった。オンプレミス環境では、IT資産を社内で管理できるため、リソース使用状況やコストの詳細把握が容易で、無駄な支出を抑える対策も容易だった。
これに対して、クラウドサービスの普及により、従量課金モデルが主流となり、運用支出(OpEx)が増加し、予算計画が難しくなり、コストの予測が困難になっている。クラウドサービスは初期投資を抑えられるが、利用が増えるにつれ運用費用が増加し、EBITDA(利払前・税引前・償却前利益)に直接影響を与える。
さらに需要に応じたリソースの迅速なスケーリングが求められ、クラウド環境では柔軟なスケーリングが可能だが、それには対応するためのコスト管理が必要となる。従量課金モデルではリアルタイムでのコスト管理が求められるため、従来の月次や四半期ごとのコスト報告では迅速な対応が難しく、予算超過や無駄な支出を防ぐためにリアルタイムなコスト管理が不可欠である。
マルチクラウド環境では、複数のクラウドプロバイダーの料金体系やサービス仕様が異なるので、コスト管理はさらに複雑化する。IT資源におけるクラウドサービスの割合が高まるにつれて、従来のITファイナンス戦略だけでは限界がある。企業が持続的に発展するためには、ハイブリッド/マルチクラウド時代に適応したITファイナンス戦略の導入が必要である。
ITファイナンス戦略の再定義
ITファイナンス戦略は企業の競争力を維持・強化するためにますます重要になっている一方、ITコストの変動性は高まり、コスト構造は複雑化している。この複雑さを透明性高く可視化するには、ITファイナンス管理を再定義し、ハイブリッド/マルチクラウド時代に即した方法論やツールを取り入れることが有効である。
図表3では、前述のITファイナンス管理の主要課題と、これに対する戦略アプローチについて整理する。
これらの戦略アプローチを実行することで、企業は効率的なコスト管理と持続可能な成長を実現できる。具体的な効果として、予算超過の防止、管理効率とコスト削減の実現、投資効果の最大化と資本効率の向上などが期待される。
以下では、ITファイナンス戦略を実践するための方法論として、クラウドコストの管理と最適化に特化したFinOps(Financial Operations)と、IT投資をビジネスの視点から評価するTBM(Technology Business Management)について解説する。
これらのアプローチにより、従来のITファイナンス管理の限界を補完し、ITファイナンス管理を高度化できる。
FinOpsによるクラウドコストの最適化
クラウドコンピューティングの普及に伴い、企業はその経済性を最適化するための新たな手法を模索している。その中で注目されるのがFinOps(Financial Operations)である。
FinOpsはクラウドリソースのコスト管理と最適化を目的とした運用手法であり、技術、財務、事業部門の連携を通じてクラウド投資の価値を最大化することを目指している。
コストの透明性を高め、リアルタイムでのコスト管理を可能にすることで、企業はクラウドリソースの使用状況を詳細に把握し、無駄なリソースを削減することでコスト効率を向上させる。
まずクラウドリソースの使用状況とコストを可視化し、無駄なリソースの削減や予約インスタンスの活用など具体的な施策を実行する。また、クラウドコストをリアルタイムで監視し、異常な支出が発生した場合には迅速に対応することも求められる。
FinOpsの導入により、企業はクラウドコストを大幅に削減できるだけでなく、リアルタイムのコスト可視化、ダイナミックな予算調整、リソース利用の最適化によって、ビジネスの俊敏性が向上する。
Gartnerの予測によると、2026年までにFinOpsを導入している企業は、非導入企業と比べてクラウドインフラおよびプラットフォームコストを30%多く節約することが可能となる。
適切なツールとプロセスを活用し、チーム間のコラボレーションを強化することで、企業はクラウド利用のコストを削減し、投資価値を最大化できる。
TBMによるテクノロジー投資の最大化
現代のビジネス環境では、テクノロジー投資の最適化が企業の競争力を左右する重要な要素となっている。その中で注目されるのが、TBM(Technology Business Management)である。
TBMは企業がテクノロジー投資の価値を最大化し、効果的に管理するためのフレームワークであり、透明性の向上とコスト効率の最適化を目的としている。
TBMの基本概念は、テクノロジー投資に関するデータを詳細に分析し、それを基に戦略的な意思決定を行うことにある。これにより、企業はテクノロジー資産の使用状況を正確に把握し、リソースの最適な配分を実現できる。
TBMはCIOやIT部門の役割を強化し、テクノロジー投資をビジネス成果に直結させる手段である。TBMを実践するためには、まずテクノロジー資産のコストと使用状況を可視化することが重要である。これには、詳細なコストモデルを作成し、どの部門がどのリソースを使用しているかを明確にすることが含まれる。
次に、これらのデータを基にパフォーマンスを評価し、リソースの無駄を削減する具体的な施策を実行する。また、テクノロジー投資のROIを定期的に評価し、戦略的な再投資を行うことも求められる。
TBM と FinOps でビジネス価値を最大化
TBMとFinOpsの関係性をまとめてみよう。どちらもIT投資をコストではなくビジネス成果で評価する共通の目標を持っているが、管理する対象やタイムスパンが異なる。
これを飛行機のメタファーで説明する。TBMは企業全体のテクノロジー投資を、主に月次単位で計画・管理する。これは飛行機の長期的な運用管理に似ている。フライト計画の策定、定期メンテナンスのスケジューリング、クルーのアサイン、月次での燃料消費とメンテナンスコストの監視、機材の更新計画、収益性の確認を行う。
一方、FinOpsはクラウドリソースとコストをリアルタイムで最適化する。これは飛行中のリアルタイム調整に似ている。天候や風向きに応じたフライト調整、燃料消費のモニタリング、システムのリアルタイム監視と調整、予期せぬコストの最小化を行う。
どちらもフライト搭乗者の利便性や安全性、そして航空会社としてのビジネス価値の最大化を目指して実施するアクションであるが、焦点が異なる。いずれも不可欠であり、うまく連動することで、最大の効果を生むことができる。
Apptioを活用したFinOps、TBMの実践
クラウドコストの最適化とテクノロジー投資の最大化を実現するには、適切なツールの導入が不可欠である。ここで注目されるのがApptioである。
Apptioは、前述したFinOpsおよびTBMに加えて、IT投資の1つの形態とも言えるエンタープライズアジャイルを包括的に支援するプラットフォームをSaaSソリューションとして提供している。具体的には、IBM Apptio、IBM Apptio Cloudabilityなどがある。
IBM Apptio
IBM Apptioは、TBMの実践を支援する製品である。企業はIBM Apptioを活用することでテクノロジー投資のプランニング、コストの可視化と最適化を実行できる。これにより、IT部門とビジネス部門の連携が強化され、投資の成果を最大化するための戦略的な意思決定が可能となる。
IBM Apptio Cloudability
IBM Apptio Cloudabilityは、FinOpsの実践を支援するクラウドファイナンスソリューションである。リアルタイムのコスト監視、リソースの最適化、予算管理を通じて、企業はクラウドリソースの効率的な運用を実現できる。これにより、クラウドコストの透明性が向上し、無駄な支出を削減することが可能となる。
さらに、ApptioはIBMとの統合によって、その価値をさらに高めている。IBMの先進的なAIとデータ分析技術を組み合わせることで、Apptioのプラットフォームはより高度なインサイトと予測分析を提供できるようになる。これにより、企業はテクノロジー投資のパフォーマンスをさらに向上させ、競争力を強化できる(図表4)。
テクノロジーとコンサルの両輪によるITファイナンス管理の高度化
本稿では、テクノロジー投資の新潮流における企業の課題について触れてから、ハイブリッド/マルチクラウド時代に対応するITファイナンス戦略と、その方法論であるFinOpsおよびTBMについて解説した。
IBMは、ITファイナンス管理の高度化に向けてユーザーの現状分析から戦略策定、実行支援まで一貫して行うことで、企業が競争力を維持し、持続可能な競争優位性を確立するための基盤を構築する。IBMが提供できる価値としては、以下が挙げられる。
包括的なリソースカバレッジ
AWS、Azure、Googleなどのハイパースケーラーとのパートナーシップを通じて、包括的なリソースカバレッジを提供する。さらに、業界特有の課題に効果的に対応するためのコンポーネント・ビジネス・モデル(CBM)を活用する。これにより、FinOpsおよびTBMを適用するための基盤を迅速に整備することができる。
FinOps/TBMアクセラレーター
最も価値を提供できる部分を迅速に特定するための包括的なフレームワークを提供する。watsonxを使用した生成AI機能により、価値管理とクラウド最適化の時間を短縮する。プロセス、役割、およびガバナンスを含むFinOpsおよびTBM運用モデルのブルー・プリントを提供し、効率的かつ効果的な運用を実現する。
市場をリードするツールとパートナーシップ
FinOps Foundationのボードメンバーとして市場をリードし、IBM Instana、IBM Nordcloud Klarity、IBM Turbonomics、Neudesic、Apptioなどの先進的なツールとパートナーシップを活用して、最適なITファイナンス管理を支援する。これにより、企業は最新の技術と市場知識を活用して、クラウドコストを効率的に管理できる。
深い専門知識
ハイブリッド/マルチクラウド環境におけるコスト効率とリソース効率性を高めるための深い専門知識。ユーザーの業務方法に合わせたFinOpsおよびTBMの導入を指導する業界特化のSME(Subject Matter Experts)がサポートする。また、150人以上のFinOps認定プラクティショナーとの連携を通じて、FinOps Foundationとの協力を強化する。これにより、企業は高度な専門知識を活用して、持続可能なITファイナンス管理を実現できる。
これらの取り組みを通じて、IBMは企業のITファイナンス管理の高度化を支援し、持続可能な成長を実現するためのテクノロジー投資の最適化を実現する(図表5)。
著者
佐々木 敦守氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
コンサルティング事業本部
ハイブリッド・クラウド・トランスフォーメーション
シニア・アーキテクト
TEC-J Steering Committeeメンバー
ハイブリッド/マルチクラウドにおけるアーキテクチャ策定を専門領域とする。クラウド戦略立案からソリューショニングまで業界横断的に大規模プロジェクトの提案活動に携わりながら、Go-to-Market戦略に従事。FinOps Certified Practitioner(FOCP)、Certified TBM Executive (CTBME)認定取得。
著者
浅川 真弘氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部
カスタマーサクセス本部長
2008年、日本IBMに入社し、官公庁デリバリー部門で大型システム開発に従事。2015年からインタラクティブエクスペリエンス事業部で企業のデジタル変革推進に従事。2020年、日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社の取締役 デジタル事業部長に就任し、全社のデジタル変革を推進。2024年より現職。Certified TBM Executive (CTBME)認定取得。
*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。
当サイトでは、TEC-Jメンバーによる技術解説・コラムなどを掲載しています。
TEC-J技術記事:https://www.imagazine.co.jp/tec-j/
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