原 寛世氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
理事
テクノロジー事業本部 IBM Power事業部 事業部長
IBM Power事業部長に着任してから1年9カ月。原寛世氏はこの間精力的にIBM iユーザーやパートナーらと会い、セミナーやイベントにも数多く登場し、施策の実現へ向けて活動を展開してきた。この1年9カ月の感想と、今後へ向けての決意と抱負をうかがった。
IBM iのよさをあらためて理解
その半面、忸怩たる思いも
i Magazine(以下、i Mag) IBM Power事業部の事業部長に着任(2022年9月)されてから1年9カ月が経ちましたが、IBM iの見方に変化はありましたか。
原 あっという間の1年9カ月でしたが、振り返るとIBM iのよさを改めて理解した1年9カ月であったと思います。1988年6月21日に発表されたAS/400は、36年経った現在も当初の設計思想を何も変えずに継承し、その一方で、最新テクノロジーを取り入れて進化し続けています。まさに不易流行のサーバーで、唯一無二の製品であることを確信した1年9カ月でもありました。
しかし、その確信が深まれば深まるほど忸怩たる思いが募ってきたのも、正直な気持ちです。
i Mag というと。
原 つまり、これほどすばらしいマシンが、どうしてもっとお客様の新しい取り組みで使われないのか。お客様の成長をご支援できる機能がこれほど詰まっているのに、なぜ思うような使われ方をしないのか。現実と認識の大きなギャップに私自身が戸惑い、困惑してきたのです。
i Mag そのギャップは、原さんたちが今年初めから展開している施策の動機のように思えますが、どのように考えを進めてきたのですか。
原 事業部長に着任した当初、私は日本中のお客様とパートナーを精力的に回りました。お客様とパートナーのご要望やお困りごとを自分の目と耳で把握するためでしたが、どの地域を回っても「IBMはIBM iをこの先どうするのですか?」というご質問を受けたのです。
IBMはかなり前からOSの新バージョンを出すたびに10年以上先までのロードマップを公開し、またIBM iの今後の継続についても公式に表明してきました。つまり、IBM iの新機能の開発、新バージョンのリリース、サポートを今後も継続して行うことを常日頃より明言しています。
しかし、にもかかわらずお客様とパートナーはIBM iの将来について不安をおもちなのです。ということは、ロードマップや継続の表明だけではお客様とパートナーの不安は払拭できないということです。さらに言えば、お客様とパートナーが直面する根本的な問題にIBM自身がもっと肉薄し解決策をご提示できなければ、お客様やパートナーはIBM iの活用を将来にわたって考えることなどできないだろうということなのです。
私たちはこのことについて、昨年1年間を通していろいろな仮説を立てて議論を重ねました。その結果、お客様のみならずパートナーにとっても最大の課題は「IBM i技術者の不足」という結論に至りました。
i Mag 「要員不足」は、弊社の「IBM iユーザー動向調査2023」でもシステム部門の課題のトップを続けています。
原 その調査結果を興味深く拝見し、私のブログ(*)でも引用させてもらいました。しかし私どもの調査では、IBM iの技術者は全国を見渡すとけっこういるのです。むしろマッチングがうまくできていないことが「要員不足」の問題を際立たせている側面もあります。
また、全国を回ってお話をお聞きすると、「IBM i技術者の不足」とは別に、地域を超えて共通する問題があることも見えてきました。
i Mag それはどういう問題ですか。
活動の土台は、IBM iに対する
誤解を徹底的に払拭すること
原 IBM iは多くの企業で20年、30年と安定的に、他に類を見ない堅牢性と継承性の下で利用されてきました。そしてお客様のIBM iには企業の競争力といっていいノウハウやハウツーを詰め込んだシステムや膨大なデータ資産が蓄積されています。
ところが、そうした企業でIBM iをご存じでない方が経営者になると、黒画面を見ただけで時代遅れの古臭い仕組みだと誤解してしまい、やみくもにオープン系システムへ切り換えようという動きがあるのです。
私たちはこの誤った認識を徹底して払拭していく必要があると考えました。つまり、IBM iはシステムがRPG Ⅲで書かれていてもこの先ずっと使い続けられますし、トレンドの先端をいく最新テクノロジーも利用できます。その卓越したアーキテクチャと技術によって、DXやモダナイゼーションを最も低リスクで、最も低コストで、かつ最も短期間に実現することができるのです。お客様にとってこんなにメリットの多いプラットフォームは他にありません。私たちは、お客様の誤った認識を払拭することこそ重要と考え、今後の活動の土台としました。
i Mag その土台の上で何を築いていくのですか。
原 IBM iのよさをIBMだけでアピールしていても、メーカーの宣伝文句としてしか受け取られません。もちろんIBMもIBM iのよさをアピールしていきますが、それだけではなく、IBM iのよさを本当に実感したお客様が、その知見や体験をほかのお客様と共有していただくことが必要です。そうでなければ、IBM iをご存じないお客様にとってはIBM iのよさは絵空事でしかないでしょう。
そこで、ユーザーコミュニティの活性化が必要だと考えました。お客様同士が自由に交流して情報を交換し、ともに研鑽を積んでいけるような場です。IBM iユーザーコミュニティの新たな活性化に向けて、IBMとして本腰を入れて取り組むことを決めました。
i Mag それが2つ目のステップなのですね。3つ目は何ですか。
原 お客様がIBM iの価値を実感されたら、DXやモダナイゼーションへ踏み出していかれるでしょう。IBM iのようなメリットの多いプラットフォームはほかにないのですから。
するとお客様の中から、ベンダーにここを支援してほしいというご要望も出てくるはずです。そしてそれによって効果が得られれば、お客様はさらに投資を続け、ベンダーのビジネスも今以上に活気を帯びたものになってきます。私はこのスパイラルこそ、IBM i市場を活性化させる真の基軸と考えています。
3つ目のステップとしては、お客様のIBM iへの投資とベンダーの支援がうまくかみ合うように、IBMがお客様とパートナーをご支援していく新たな仕組みを構築するということです。
「IBM i技術者の不足」を解決する
4つの取り組み
i Mag ブログで書かれた「IBM i技術者の不足」を解決するための4つの取り組みは、この3つのステップを念頭に置いた施策なのですね。
原 そうです。1つ目の取り組みは「IBM i技術者の橋渡し」で、IBM i技術者の不足にお困りのお客様向けに、パートナーと協力して技術者の紹介と橋渡しを行います。IBM i技術者はけっして少なくない、と先ほど申し上げましたが、要はマッチングの問題なのです。そこを日本IBMがご支援します。
2つ目はIBM iに関するスキルリソースのプール化です。“IBM iの技術”と一口で言っても、インフラからミドルウェア、アプリケーション、オープンソース、ネットワークまで幅広くあります。そこでソリューションベンダーや開発会社が保有するスキルリソースをIBMがプール化し、お客様やパートナーが必要なときにご要望に合う技術者を効率的に見つけられる仕組みを構築していきます。また、「IBM i技術者プールに」にご協力いただけるベンダー/開発会社を対象に、必要なスキルの習得もご支援する考えです。
i Mag 3つ目は「IBM iアプリケーションのモダナイズ・スキルを持つ技術者の育成」ですね。
原 こちらは、お客様社内のIBM i技術者の育成支援です。DXやモダナイゼーションを推進すると、従来とは異なる知見やスキルが必要になります。私どもはそれらの・育成支援をソリューションベンダーや開発会社と協力して進めます。
「IBM i若手技術者」と「IBM i信者」の
2つのコミュニティを推進
i Mag 4つ目は「IBM i若手技術者同士による技術の研鑽」です。こちらはもうスタートしていますね。
原 IBM iコミュニティの活性化の1つとして、「IBM i若手技術者コミュニティ」(IBM i RiSING)を立ち上げました。第1回の集まりを6月に開催し、8月・10月と今年は計3回開催します。経験の浅い若手技術者は、若い人なりに中堅やベテランとは異なる技術的な課題や悩みに直面しますから、同じような立場の技術者が交流し仲間となれるような場を目指しています。このプロジェクトをリードしている日本IBMの担当者も20代で、IBM iの経験は約3年という技術者です。
また、“IBM i信者”と呼べる人たちの熱いコミュニティも各地域に創設していくつもりです。福岡のAS/400倶楽部のような地域コミュニティの成功例がありますが、それにならって、地域ごとのテーマや課題に根差したユーザーコミュニティを推進します。その1つの試みを11月に実施する予定です。
i Mag COMMON Japanのスタートもありますね。
原 そちらはパートナー主催ですが、日本IBMとしてもしっかりとサポートし、盛り上げていきたいと考えています。
i Mag 最近、米国COMMON主催の「POWERUp 2024」(5月20日~23日)とイタリアのミラノで開催された「Common Europe Congress 2024」(6月3日~6日)に行ってこられたそうですね。
原 新登場のIBM Power S1012や最新のテクノロジー・リフレッシュの紹介などがあり、話題満載のにぎやかなイベントでした。IBMからは、生成AIを適用したコード生成支援機能をIBM iで開発するという意向表明もありました。
私は毎日4~5セッションを聴講し、海外の技術者たちのIBM iに対する熱気を浴びてきました。講演者と聴講者のQ&Aはまさに“真剣勝負”といえるやり取りで、鮮明な印象を受けました。
海外を見てきて、Power事業部がこれから進めようとしていることの確かな手応えとパワーをもらったような気持ちでいます。
原 寛世氏
1997年、日本IBMに入社。ソリューション・セールスとしてサービス業、金融業のユーザーを担当。2011年、グローバル・テクノロジー・サービス事業本部に異動。2016年より、ワークプレース・サービス事業部長に就任。その後、DXコンサル事業などを立ち上げるTC&IS事業部長を歴任。2021年にテクノロジー事業本部 製品保守サービス セールス部門を担当。2022年9月より現職。
撮影:広路和夫
[i Magazine 2024 Summer 掲載]