井植 敏之、清水 伴訓、青木 京子(日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング)
アプリケーション環境の包括的な監視強化の必要性
現在の企業システム環境は、ハイブリッド・マルチクラウド化によって複雑度を増している。しかし、従来の監視基盤では個々のOSやミドルウェアレベルでの監視にとどまっていたため、システム内における各コンポーネントやサービスの依存関係を押さえながら問題の特定や改善策を実装するのは容易ではなかった。
一方、次世代の可観測性基盤である「IBM Instana Observability」(以下、Instana)を利用すれば、高精細なデータをもとにシステムを可視化し、クラウド環境や複雑なアプリケーションにて問題の特定と解決を効率的に実行し、アプリケーションの信頼性とパフォーマンスを向上させることが可能になる。
これは従来と比較して、以下のような革新的なアプローチにより実現できる。
① 全要求トレースと1秒メトリクス
すべてのトランザクション要求に対して詳細なトレースを取得し、1秒ごとのメトリクスを提供して、アプリケーションの内部動作を可視化
② 基盤からアプリまでエンドツーエンドの可視化
基盤からアプリケーションまでのすべてのコンポーネントをエンドツーエンドで可視化し、相互依存関係を明確化
③ AIを活用した自動問題検出
AIと機械学習を活用して問題を迅速に特定・対処
④ 関連するコンポーネントの情報整理
関連するコンポーネントやサービスの情報を整理し、問題の根本原因を迅速に特定できるようにサポート
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Instana on z/OSとは
では、このInstanaの適用範囲をz/OS上のコンポーネントにまで拡げることによって、どのようなメリットがあるのかを考えてみよう。
まずは、トラブルへの早期対応が挙げられる。
分散システムとz/OSシステムを別々に運用していると、トランザクションのスローダウンや問題発生時に、各担当者が情報を把握しにくい状況が生じる。アプリケーション担当者や分散系担当者は問題を特定するのが難しく、一方でz/OS担当者はエラーメッセージ以外に何も見えないことがある。さらに問題が拡大するまで気づかず、障害発生時に大規模な影響を受けることがある。
Instanaを導入すれば、すべての情報を一元的に可視化し、分散環境とz/OSシステムを横断したトラブルに素早く対応できる。
また、z/OSシステムの可視化が可能になる。z/OSシステムは業務の基幹を担っている一方で、分散システムを含む全体の運用の中では孤立している傾向にある。
APMツールは分散システムには多く存在するが、z/OSシステムに対しては適用範囲外となっていることがある。z/OSシステムでは従来、問題の特定や解析は各ミドルウェアやOSの専門家に依存しており、情報共有に時間が費やされた結果、障害の影響が拡大することがあった。
Instanaを活用することで、z/OSシステムをブラックボックスにせず、他の分散システムと同様に、どの場所でどのような問題が発生しているかを誰でも簡単に把握できるようになる。
つまり、「IBM Instana Observability on z/OS」(以下、Instana on z/OS)の導入により、システム全体でコンポーネントの関連付けをしながら効率的で迅速なトラブルシューティングが可能となり、全体の運用状況を一元的に管理できるとともに、ミドルウェア等の専門家の知識に頼らなくても初期のトラブルの切り分けが可能になる。
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Instana on z/OSのコンポーネント構成
Instana on z/OSのコンポーネント構成は、データの収集、表示、解析などを行うInstanaバックエンドサーバーを中心に構築されている。監視対象の各分散システムにはInstanaエージェントを導入し、このエージェントが各コンポーネント(WebSphere LibertyのようなミドルウェアやLinuxなどのOS)のデータを収集、Instanaバックエンドサーバーに送信する。
Instana on z/OSの場合、Instanaバックエンドサーバーとの間に「分散コンポーネント」が介在している。z/OS上のコンポーネントは、まずこの分散コンポーネントにデータを送信し、そして分散コンポーネントがInstanaバックエンドサーバーにデータを送信する。
この仕組みにより、z/OS環境からの情報も効率的にInstanaバックエンドサーバーに集約され、可視化および分析が行えるようになる。
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Instana on z/OSで収集できるデータおよびUI画面
Instanaでは、さまざまなビューでデータを参照するための画面を利用できる。ここではいくつかの画面サンプルを提示する。
サービス間の関連性の把握
Instanaを使用すると、アプリケーション・コンポーネントの提供するサービス相関(トポロジー)をリアルタイムに表示できる。
図表4では、キャプチャしているアプリケーションが、Linux/x86上のWebSphere Libertyからz/OS上のz/OS Connect経由でIMSを呼び出し、IMSはバックエンドのIMS DBおよびDb2 for z/OSにアクセスしていることがわかる。
なお、これらのサービスのリスト表示も可能で、アクセス回数や平均処理時間などを確認できる。
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特定のサービスの詳細データ表示
図表5は、特定のサービスの詳細情報を表示させる画面である。左上のCallsは呼び出し回数の積み上げグラフになっている。この図では正常な呼び出しは青、エラーは赤で表示されている。リアルタイム表示している場合は、グラフが左から右に流れてゆく。
その他、エラー率/レイテンシー/処理時間のグラフ、呼び出し回数/エラー率/レイテンシーがトップのエンドポイント名のリスト、インフラのオンライン/オフライン等のイベントが表示される。
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すべてのサービス呼び出しの経過時間や
タイムスタンプのリスト表示
図表6のAnalytics画面を使用すると、すべてのサービス呼び出しについて経過時間やタイムスタンプなどを表示できる。この画面ではフィルターを設定することによって、特定の条件を満たすサービスのみの統計情報を取得可能である。
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個別のトランザクションの表示
Analytics画面で個別のトランザクションを選択すると、そのトランザクションのエンドツーエンドのタイムラインと、サービスの呼び出しスタックを確認できる。
IMSからのIMS DBやDb2 for z/OSの呼び出しとその経過時間、CICS間のRPCコールやVSAM、Db2 for z/OS等の呼び出しとその経過時間もタイムラインと呼び出しスタックに表示され、クリックすることで詳細を表示できる。
◎Db2 for z/OSに関連する問題の切り分け
一部サポートするトランザクションでは、経過時間の遅いものをピックアップし、Db2 for z/OSに関連する部分での問題を特定した場合、それがDb2 for z/OS内の時間経過なのか、それともロック待ちによるのかなどをDb2 for z/OSのトレース情報より切り分けることが可能である。図表7のように呼び出しの詳細をブレイクダウンし、ロック待ちであることを確認できる。
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◎CICSのアベンド・コード
CICSトランザクションについても、個別のトランザクションの表示からさらに詳細を表示できる。図表8では、CICS呼び出しをブレイクダウンしてアベンド・コードを確認している。
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これらの情報をリアルタイムに、あるいは過去の時間帯を指定した部分について、Webブラウザで誰でも簡単に表示できる。また、今の画面を後ほど確認したい場合や、他者と共有したい場合のために、ボタン1つで、今表示している画面を再表示する短縮URLを生成可能である。
Instanaで監視可能となるz/OS機能・処理
InstanaとInstana on z/OSにより監視可能となるz/OSの機能・処理は、図表9のとおりである。
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これまで紹介したアプリケーション性能管理だけでなく、インフラストラクチャ監視として従来からあるOMEGAMONの情報や、ZHMCで取得できるIBM Zの情報を表示する機能もある。
使用する機能ごとの必要製品とコンポーネント
アプリケーション性能管理の監視対象ごとの必要製品とコンポーネントは図表10のとおりである。
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インフラストラクチャ監視の監視対象ごとの必要製品とコンポーネントは図表11のとおりである。
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このようにInstana on z/OSは次世代の可観測性基盤として、環境の複雑性に対処し、効率的な監視、トラブルシューティング、および問題の特定を支援できる。
伝統的な運用手法の課題を解決し、エンタープライズ環境における可観測性を向上させることに焦点を当てたInstana on z/OSの導入は、複雑化するシステム環境に対して多くの利点を提供する。
次世代の可観測性基盤として、分散環境とz/OSシステムを一元的に可視化し、問題の特定やトラブルシューティングを迅速かつ効率的に行うと同時に、z/OSシステムの監視について専門家以外でも迅速に問題を判断でき、ブラックボックス化を防ぐ。
このためInstana on z/OSの導入は、ビジネス運用の効率化とリスク軽減に貢献し、競争力およびビジネスの持続可能性の向上に寄与することが期待されている。
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著者
井植 敏之氏
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
クラウド・インテグレーション
シニアITスペシャリスト
日本アイ・ビー・エムに入社後、Java開発エンジニアとして金融機関向けソリューションの開発に従事。その後、メインフレーム上でのJavaミドルウェア製品の技術支援を担当。近年はメインフレーム監視のモダナイゼーションを目指してInstana on z/OSに携わっている。
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著者
清水 伴訓氏
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
クラウド・インテグレーション2
シニアITスペシャリスト
1998年に入社以来、主にメインフレーム上でのJava、WebSphere関連の技術支援を担当。2012~2019年はテクニカル・セールスとして活動。近年はクラウドやAIOps製品の勉強をしつつ案件に参画している。
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著者
青木 京子氏
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
クラウド・インテグレーション2
コンサルティングITスペシャリスト
1986年入社以来、主にメインフレーム上でのJava、WebSphere関連の技術支援を担当。近年はAPM製品の勉強をしつつ案件に参画している。
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