PowerVS上で
「本番」利用が急速に増加する
IBM Power Virtual Server(以下、PowerVS)は、2019年6月に米国のワシントンDCとダラスでスタートし、現在、世界9カ国、21のデータセンターで提供されている。日本では2020年10月に東京リージョンで提供が始まり、翌2021年3月に大阪リージョンでスタートした。
PowerVSは現在、「全世界で約650社、日本では100社弱」(日本IBM)の利用がある。そのうち日本における用途別の割合は、「本番」55%、「開発」7%、「DR」7%、「テスト・PoC」31%(2023年12月、図表1、図表2)で、グローバルもほぼ同様の比率。OS別は「IBM i」53%、「AIX」45%、「Linux」2%の割合という(2023年12月)。
日本における用途別の推移を、上記の「2023年12月時点」と前回のPowerVS特集(i Magazine 2022 Spring号)で紹介した「2021年10月時点」で対比してみると、この約2年間に、「本番」で7ポイント増、「開発」が1ポイント減、「DR」4ポイント減、「テスト・PoC」2ポイント減という変化がある。つまり利用数が増えるなかで、「本番」のみがポイントを増加させている。
テクノロジー事業本部の三ヶ尻裕貴子氏(IBM Power事業部 Hybrid Cloud推進 担当部長)も、「この1~2年は本番利用が大きく伸び、以前とは異なる様相になっています」と話す。
「とくに証券やクレジット、製造業では製造現場とリアルタイムにつながるシステムなど、これまでになかった業種およびミッションクリティカルな業務で本番利用が増えています。お客様のクラウドへの向かい方に変化が起きていると見ています」
サービス品質が格段に向上
インシデントが右肩下がりに
三ヶ尻氏はまた、「この1~2年に、IBM CloudとPowerVSの目指す方向がよりいっそう鮮明になってきました」と、次のように述べる。
「IBMはこれまでにエンタープライズのお客様を長期にわたりご支援してきました。そのエンタープライズのお客様は、クラウドサービスにオンプレミスと同レベルのサービスと高い安定性を求めておられます。IBMはこの1~2年、お客様のそうした期待にお応えする機能・サービスを拡充し、“エンタープライズ・クラウド”の方向性をよりいっそう鮮明にしています」
そのエンタープライズ・クラウドの方向性の1つとして、テクノロジー事業部の井出友紀恵氏(クラウド・プラットフォーム 第3テクニカルセールス部長 シニア・アーキテクト)は「クラウドサービスの品質向上、品質改善」を挙げる。
「品質向上・改善は、PowerVSに限らずIBM Cloud全体で以前から取り組んできたことですが、ここ数年はインシデント数が右肩下がりで減少し、目に見える形で成果が上がっています。また、お客様にとっての使いやすさを機能面で追求したサービスが数多く登場し始めています」と、井出氏は話す。
ネットワーク構築を容易にする
新しいルータとゲートウェイ
テクノロジー事業部の玉川雄一氏(クラウド・プラットフォーム 第2テクニカルセールス シニアITスペシャリスト)は、クラウド利用におけるエンタープライズユーザーの“ウィーク・ポイント”として、「ネットワーク」を挙げる。
「IBM i技術者にとってサーバー部分は馴染みの深い分野ですが、オンプレミスとPowerVSをつなぐネットワーク部分は未経験の世界で、ハードルを感じる方が多いようです。IBMでは最近、そのネットワーク部分の構築・設定を容易にするサービスをいろいろとご提供し始めています」(玉川氏)
その好例として玉川氏が挙げるのは、「Power Edge Router」と「IBM Cloud Transit Gateway(以下、Transit Gateway)」である。
Power Edge Routerは、高度なルーティング機能をもつハイパフォーマンス・ルーターで、2023年6月にダラスで提供が開始された(東京リージョン・大阪リージョンは2024年3月から)。
Transit Gatewayは、多様なネットワーク間で標準的なIPルーティングを可能にする高機能ゲートウェイで、2020年4月にサービス提供開始し、2022年7月にPowerVSとの接続をサポートした(東京・大阪リージョンとも利用可能)。
「これまでオンプレミスからPowerVSにアクセスするときは、IBM Cloud上に別売の仮想ルータ―(VRA:IBM Cloud Virtual Router Appliance)を配置してルーティング設定を行う必要がありました。この設定にはある程度のネットワーク知識と慣れが必要なので、そこがエンタープライズ技術者にとってハードルになっていました。Power Edge RouterとTransit Gatewayを使うことで、オンプレミスから接続した閉域ネットワーク(Direct Link 2.0)経由でのPowerVSへのアクセス設定が、IBM Cloud管理ポータルからのGUI操作だけで可能となり、ネットワーク設定が非常に簡単になりました」と、玉川氏は説明する。
またPower Edge RouterとTransit Gatewayによって、PowerVSからIBM Cloudへの接続や、その基盤上のPaaS・SaaSサービスの利用も簡単になり、さらに別リージョンにあるPowerVS同士の相互接続も容易になった(図表3)。
ストレージの選択肢が広がる
高速のTier0と固定IOPSが登場
ストレージ分野でも使いやすさの向上が図られている。PowerVSでストレージを構成する際、これまではTier1とTier3からの選択だったが、2023年12月から「Tier0」と「固定IOPS」の2タイプが加わり、選択肢が広がった(東京リージョン・大阪リージョンは2024年2月に対応)。Tier0は、25 IOPS/GBで、Tier1の2.5倍、Tier3の8.3倍の性能をもつ(IOPSはストレージが1秒間に処理できるI/O数。10 IOPS/GBは1GBあたり1秒間に10回のI/O処理)。
固定IOPSは、1GB〜200GBの範囲で、ボリュームサイズに関係なく5000 IOPSの処理性能を発揮する。小さいサイズのボリュームでも高いI/O性能を必要とする用途に応えた機能である。また、これら4種類のストレージタイプはボリューム作成後にも変更できるようになった。
玉川氏は「ストレージのバリエーションが広がり、より柔軟にシステムを構成できるようになりました」と述べる(図表4)。
2022年9月に提供が開始された「シェアド・プロセッサ・プール(共有プロセッサ・プール)」は、CPUリソースを複数のLPAR間で共有できる機能である。1つのLPARで大量のCPUを使用する場合でも、定義したCPUリソースの範囲内であればCPUパワーを増量可能で、複数のLPARで構成されるシステムを柔軟に利用できる。またCPUコア数で課金するソフトウェアのライセンス費用を抑えることも可能になる。
続々と新サービスが登場
Private Cloud Flavorも
PowerVSでは今後の計画として、ストレージレベルでのレプリケーション機能や、オンプレミスでPowerVSを利用できる連携機能の提供(Private Cloud Flavor)、VTL(仮想テープライブラリ)のマルチテナント化、仮想シリアル番号などが予定されている。インドでのデータセンターも3月に開設された。
三ヶ尻氏は、「最近IBM CloudにおいてGPUの提供もあり、PowerVSにPower 10の導入も順次開始され、AIを本格的に利用する環境が整いはじめています。またクラウド環境でセキュリティがきちんと保持されているかを確認し一元管理できる『IBM Cloud Security and Compliance Center』もあり、PowerVSをオンプレミス感覚で利用していただく環境が整っています」と、IBM Cloud・PowerVSのエンタープライズ・クラウドとしての優位性を強調する。
井出氏は、「今年はより広い層のお客様にPowerVSとIBM Cloudを知っていただく取り組みをスタートさせます。パートナー戦略も強化する計画です」と抱負を語る。
[i Magazine 2024 Spring掲載]