text=北本和弘 日本IBM
ハイパーオートメーションという言葉は、2019年10月にガートナーが提唱してから2年を経て、インテリジェント・オートーメーションやインテリジェント・ワークフローといった類似の言葉とともに徐々に目にすることが多くなりました。
一方で、「その概念の示すところが具体的にどういうことなのか、わかりにくい」と感じる人も多いのではないでしょうか。
そこで本稿では、ハイパーオートメーションの概念を理解するにあたって、主な構成要素を俯瞰し、自動化に関わる手順の重要なポイントについて、従来の自動化の取り組みと比較しながら概要を説明します。
ハイパーオートメーションとは
ハイパーオートメーションは、ガートナーが2019年10月の「2020年版戦略的テクノロジーのトップ・トレンド」の中で発表した概念で、「複数の機械学習 (ML)、パッケージ・ソフトウェア、自動化ツールなどを組み合わせて一連の仕事を実行する概念と実装」とされています。
この発表以降、「2021年の戦略的テクノロジーのトップ・トレンド 」、および「2022年の戦略的テクノロジーのトップ・トレンド
」でも継続して取り上げられ、2022年には「AIエンジニアリング」「意思決定インテリジェンス」「コンポーザブル・アプリケーション」とともに、変化の形成のテーマに分類されています。
ガートナーによるハイパーオートメーションの定義
◎2020年の定義
複数の機械学習 (ML)、パッケージ・ソフトウェア、自動化ツールなどを組み合わせて一連の仕事を実行する概念と実装
◎2021年の定義
ビジネス主導のハイパーオートメーションとは、企業が規律をもって、できる限り多くの承認されたビジネス・プロセスとITプロセスを迅速に特定・精査し、自動化するアプローチ
◎2022年の定義
可能な限り多くのプロセスを迅速に特定し、検証し、自動化することにより、成長の加速とビジネスのレジリエンス向上を実現
過去3年にわたってガートナーが発表してきたハイパーオートメーションの表現からは、できるだけ多くの業務プロセスを対象に自動化が加速していく傾向が伺えます。
これまでも業務や作業の一定の自動化は、システムの導入と構築により進んできました。昨今のRPAやAIといったテクノロジーの進歩により、その対象領域は従来の領域を超えて広がっています。
一部の業務をRPAにより自動化するといった「点の自動化」に留まるのではなく、一連の仕事の流れの自動化を進めていく「線の自動化」、そして対象業務の種類や他の業務領域を扱う「面の自動化」を推し進めていく流れは、今後さらに強くなっていくだろうと考えています。
そもそもオートメーションとは
オートメーションというとここ数年は、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を思い浮かべる人も多いでしょう。
これまで、オートメーションという言葉がつかない場合も含め、FA(ファクトリー・オートメーション)、OA(オフィス・オートメーション)といったオートメーション、あるいはコンピューティングそのもののように、作業品質の課題解決に向けて、人は技術を活用して作業の自動化を進めてきました。
これによって、漏れなどのミスの発生、担当者によるスキルのばらつき、ナレッジやノウハウが属人化されやすい、といった人の作業に見られるマイナス面の特性を補完しています。
また複雑な処理や総合的な判断ができ、例外処理への対応が可能な人の作業のプラス面についても、自動化の対象となりつつあります。
自動化できるものや自動化すべきものはすべて自動化される、という流れは今後も変わらないと思われますが、そのスピードが加速されるだけでなく、これまで自動化することが難しかった業務や取引へと、さらにその範囲は広がっていくことになるでしょう。
ハイパーオートメーションを構成する技術要素
ハイパーオートメーションは、複数の技術の組み合わせにより一連の仕事を実現するものです。RPAを始めとする自動化ソリューションの多くは、そのソリューションの中に、AIや機械学習といった技術を取り込みつつ、「ハイパーオートメーションの実現ソリューション」という位置づけで発展を続けています。
ビジネスルールによる判断の自動化を提供するルールエンジン(BRMS)もまた、AIによる判断の支援や、ルール定義の自動化といった形でその対象領域を広げつつあり、個別のソリューションについては常に進歩している状況です。
こういった自動化技術の組み合わせに正解というものはありませんが、自動化できるもの/すべきものをすべて自動化していくことを考えると、多くの技術的構成要素が必要になります。
その主な構成要素は、以下のとおりです。
・ワークフロー管理
・タスク自動化
・意思決定自動化
・オペレーショナル・インテリジェンス
・データ・キャプチャ
・コンテンツ管理
・プロセス・マイニング
ハイパーオートメーションのような高度な自動化を進めていくには、個別の要素の理解を深めるだけでなく、構成要素が自動化を行う範囲(責務)と、構成要素の間での相互作用を理解した上で、どのように組み合わせていくかという視点が重要です。
最初の取り組みですべてを実現するという進め方は自動化の取り組みの中では難しく、ステップ・バイ・ステップで進めていくことが現実解です。
しかし自動化を推進するための全体像を理解し、一からその関係性を整理することは難しいため、リファレンスとなるアーキテクチャ(例:Business Automation Architecture )などを活用することがその助けとなります。
ハイパーオートメーションの重要なポイント
ハイパーオートメーションを理解しようとすると、その概念を実現する構成要素や実装技術に目が行きます。それらも重要な要素の1つですが、対象となる業務や作業を自動化するにあたって、自動化の実現だけでなく、自動化したものが期待どおりの効果を出しているかまでを取り扱うことも重要です。
ガートナーの2019年の発表の中で、ハイパーオートメーションの重要な点として、「自動化のあらゆる手順 (発見、分析、設計、自動化、測定、モニタリング、再評価)を考える必要がある」ことを挙げています。
この自動化の手順そのものは、従前から業務プロセスや作業の効率化に取り組む際のアプローチと本質的に変わりませんが、「あらゆる手順を考える必要がある」としている点が、ポイントです。
これまでの自動化では、自動化する対象業務や作業の候補を発見し、分析、さまざまなソリューションを活用して設計、実装して自動化を実現してきました。
このアプローチは、業務改善や業務改革を実現するシステム化にも通じるところがあります。しかし、多くの企業や組織では、自動化を実現するまでの手順に留まっていることが多いのではないでしょうか。
システムを構築した後に、その業務の実績を記録、測定し、再評価し、見直しをかけていくというアプローチは、従来のBPM(Business Process Management)でも志向していたものです。
一定の業務量があり、そこに関わる人員が多い業務では、継続的な業務改善の取り組みが定着している企業や組織はありますが、広く定着しているとは言えません。
測定、モニタリング、再評価のためのシステム的な仕組み、および運用推進体制を含めた仕組みづくりの手間がその障壁の1つでした。
計測、モニタリング、再評価の手順を実践するにあたって、対象となるシステムにそのための仕組みを埋め込むのではなく、最近ではプロセス・マイニングやオペレーショナル・インテリジェンスといった技術の活用により、以前よりも容易に仕組みを実現できる下地ができつつあります。
その一方で、たとえばプロセス・マイニングは、可視化と分析するためのツールを提供するものの、分析そのもののノウハウの提供にまでは十分に至っていません。
今後は、「分析の観点をどうするか」といったところをしっかり考えることに、人の作業の重きが移ってくるものと考えています。
ハイパーオートメーションの実践に必要なこと
ハイパーオートメーションの実践には、単なるコスト削減や効率の向上といった施策ではなく、企業や組織のトップの強力な推進力が必要です。製品やサービスを市場投入するまでの時間の短縮、顧客対応のスピードアップといった業務品質や製品品質の向上を実現するために、トップダウンで自動化を推進していかねばなりません。
この取り組みを複数並行して実施可能にするために、一過性の自動化ではなく、自動化のあらゆる手順を対象に取り組む体制と仕組みの定着を図れる企業・組織になることが求められると考えています。
一方で、ハイパーオートメーションの実践は、現場レベルのボトムアップでの個々の業務効率の改善、作業コストの削減といった個別の最適化の動きを妨げるものではありません。
日本の企業や組織はこれまで、高いスキルを備える要員が例外処理を捌いてきたという側面もあり、こうした業務領域はハイパーオートメーションの対象として推進する価値が高い領域です。
業務の視点では人とオートメーション技術の異なる特性の組み合わせによって、業務や作業の正確さ、迅速さといった業務品質の向上を図る。ITの視点ではオートメーション技術の対応する範囲、対象とする業務領域や種類の増加とコスト最適化を支えるために、自動化の結果のフィードバックループを確立し、そこから得られる事実や気付きをトップに還元していく。そうした取り組みもまた必要になると考えています。
このようにハイパーオートメーションは、トレンドとして扱われている技術領域であり、発表されてからここ2年の間も、取り巻く技術は常に進歩しています。
その一方で、実現・実践にあたってはまだ道が切り拓かれている段階です。技術的側面だけでなく、自動化のプロセスや組織的な側面でも、広くアンテナを張って追従していくことも必要です。
著者
北本 和弘氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM コンサルティング事業本部 ハイブリッド・クラウド・サービス ワークフロー・デリバリー
エグゼクティブ・アーキテクト
TEC-J Steering Committeeメンバー
金融・保険のお客様の業務変革プロジェクトを通じて、ワークフロー・ソリューションを中心にアーキテクトとして従事してきた。現在は複数のワークフロー・ソリューションをもとに、業務・ITのオートメーションを担当。IBM社内のアーキテクトの育成にも従事している。
*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。
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