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クラウドネイティブ開発におけるデータのモダナイゼーションを考える

text:前田 幸一郎 日本アイ・ビー・エム株式会社


データのモダナイゼーション 

コンテナ技術をはじめとするインフラ仮想化、マイクロサービスアーキテクチャ、アジャイル開発手法、ツールセットを活用したDevSecOpsなど、クラウドネイティブ(クラウドネイティブという考え方―これからのIT基礎知識 Vol.1)の技術や考え方を活用した新しいアプリケーション開発事例が増えつつあります。

急激に変化するビジネス環境にITシステムが追従するには、アプリケーション開発にもスピードと柔軟性が要求されますが、クラウドネイティブの技術や考え方はそのような要求と親和性が高く、今後この流れはますます加速するものと考えられます。

アプリケーションを開発する際、ビジネスロジックと切っても切り離せないのがデータです。仮にクラウドネイティブ技術を活用して完全新規のアプリケーションを開発するとしても、データも完全新規で1から考え始めればよいというケースは少なく、何らか既存のアプリケーションで管理されているデータを参照する、というケースが多いのではないでしょうか。

せっかくスピードと柔軟性を兼ね備えたアプリケーションを開発するプラットフォームを手に入れても、既存データのアクセスに手間取っていたのでは、そのプラットフォームの価値は半減してしまいます。

そこで本稿では、クラウドネイティブ時代におけるデータのモダナイゼーションについて、その概要を説明します。

クラウドネイティブ開発での既存データ活用の課題 

具体的な例で考えてみましょう。小売業を営む企業が、在庫管理、販売管理、顧客管理といった旧来型のシステムを維持・運用していたところに、新たにクラウドネイティブ開発を可能とするITプラットフォームを導入したと仮定します。

新たなビジネスユースケースとして、顧客向けにスマホのネイティブアプリケーション、およびブラウザベースのシングルページアプリアプリケーション(SPA)を展開し、販売情報と顧客情報を組み合わせて顧客のプロファイルと購買動向を分析することでダイナミック広告を展開すると考えてみましょう。

フロントエンドのUIとアプリケーションロジックは新プラットフォームを活用して速やかに開発できますが、そのアプリケーションが必要とするデータは依然として旧来のシステム内に閉ざされているため、ユースケース実現への阻害要因となります(図表1)。

図表1 既存データ活用の課題

この問題を解決するため、従来のアプローチでは、たとえばアプリケーション間でデータを融通する仕組みを構築します(図表2)。

図表2 アプリケーション間で個別にデータを融通

あるいは関連するアプリケーションのモダナイゼーションを待って、Web API経由でアクセスするといった手法が取られてきました(図表3)。

図表3 関連するアプリケーションのモダナイゼーション後にWeb API経由でアクセス

しかし前者では、システムが増えるたびにデータ連携のパターンが増えて複雑化する、後者では他システムのモダナイゼーション計画に依存するといった懸念点があり、既存のアプリケーション規模が大きい企業であればあるほど、「急激に変化するビジネス環境にITシステムが追従する」という目的を達成するのが困難になる傾向があります。

データファブリックの活用 

前述の欠点を補うため、第3の選択肢としてデータファブリックの概念を取り込んで、データ活用基盤(データサービス層)を構築することを考えてみましょう。

データファブリックとは、企業全体のデータの統合・分析・活用そして統制を視野に入れた包括的な概念で、データやアナリティクスにおける技術トレンドでも上位に位置付けられています(ガートナー 2021年のデータとアナリティクスにおけるテクノロジ・トレンドのトップ10) 。

今回の例では、このうち企業全体のデータを統合して活用可能な状態にする基盤を構築すると考えることにします。これに基づくと、具体的な実装イメージは図表4のようになります。

図表4 データ活用基盤を設けて企業内の統合データをWeb API経由で提供する例

このデータ活用基盤の利点は、各データの意味定義とデータ間の関連、そしてそのデータへのアクセス方法をデータカタログ、APIカタログを通じてシステム開発者に広く公開でき、またデータの実体を主管する各システムのモダナイゼーション計画には全く依存することなくデータ公開を可能にする点にあります。

もちろん最初にデータ活用基盤を構築するには、それなりの時間とコストがかかりますが、これに取り組むのに最初のクラウドネイティブ開発案件を待つ必要はなく、今日からでも始められます。

また、ひとたび構築してしまえば全社データを活用したクラウドネイティブ開発に汎用的に活用できるので、特に企業内に散在するデータの利活用を推進するという観点では有効な選択肢の1つになるでしょう。

データファブリックの可能性 

ここまで読むと、すべてのアプリケーションのモダナイズが完了したらデータはWeb APIを経由してアクセス可能になるので、もしかしたらデータ活用基盤は不要になるのでは、と感じるかもしれません。もちろんそれも選択肢の1つですが、データ活用基盤のメリットはこれだけに留まりません。

たとえばデータ活用基盤をデータ読み取り専用サービス、従来の業務マイクロサービスをデータ更新専用サービスと位置付けることにより、読み取りと書き込みで処理を行うコンポーネントを分離してシステム全体のスループット向上(CQRSデザインパターン)を図ったり、AI技術を活用した統合データの分析と、そこから導出されるインサイトの獲得・活用によりビジネス価値を創出するなど、データファブリックの概念を具現化したデータ活用基盤の用途は多岐にわたります(図表5)。

図表5 データ活用基盤の用途

本稿を読んでデータファブリックに興味を持ったなら、ぜひ参考リンクなどを参照して理解を深めてほしいと思います。


以上本稿では、クラウドネイティブ時代におけるデータのモダナイゼーションについて具体例を交えて説明しました。

従来、データはアプリケーションと同時、またはそれより遅れてモダナイズされるという考え方が一般的でしたが、データファブリックの概念を取り込んでデータ活用基盤を構築すると、アプリケーションのモダナイズに依存しない形でデータのモダナイゼーションを進められます。実際にこのようなアプローチで、広く企業内でのデータ活用を推進する事例も登場しています。

本稿が、アプリケーションのモダナイゼーション、そしてデータのモダナイゼーションについて改めて考えを巡らせる際の一助となれば幸いです。



著者|
前田 幸一郎 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業本部 ハイブリッド・クラウド・サービス 
クラウドアプリケーション開発担当
エグゼクティブ・アーキテクト
TEC-J Steering Committeeメンバー

流通・製造業のお客様を中心に、大規模クラウドソリューションのアーキテクチャ策定や、クラウドネイティブ開発におけるコンサルティングなどを担当。IBM社内のクラウドアプリケーション開発者やアーキテクトの育成にも注力している。

 

 

*本記事は筆者個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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