今回は少しキャッチーなタイトルとしてみました(笑)。内容を察した方、どうかご容赦ください。
今まさに開催中で、全世界が注目するスポーツイベント、サッカーワールドカップにもデジタル技術がふんだんに使われています。その結果の変革、トランスフォーメーションに気づいている人も多いと思います。オリンピックしかり、サッカーワールドカップしかり、スポーツの一大イベントは、デジタル技術を活用し、回を重ねるごとにイベントそのものの高度化だけでなく、競技の進化も支えてきました。
今大会からではないですが、サッカーでは、ボール支配率や選手の動いた範囲、距離、パス成功率、スプリント回数など、選手のプレーの質がデータで可視化され、それが観戦者、視聴者、そしてチームスタッフに還元され、対戦相手のスカウティングにも利用されています。
感覚値や経験値だけではなく、データで選手個々のプレーの質、チームの状態、試合展開、チーム戦術、戦略などの特徴を客観的に把握できるようになっています。
今回このコラムでとりあげる変革は、そのようなデータマネジメントによるサッカーの進化ではありません。日本代表チームそのものに着目しています。
今回のワールドカップで日本代表チームは、優勝経験もあり、世界的に誰もがサッカー強豪国と認めるドイツ、スペインと予選リーグで同組になり、力が拮抗し、かつ優勝を争う可能性のあるチームが集まったグループで、「死のグループ」と評される予選リーグを戦いました。
海外の専門家の予想では、予選リーグを日本が勝ち抜く可能性は、ドイツ、スペインに比べて低いものでした。また、日本国民も当然勝ち抜いてもらいたいとは思いつつも、相当難しい挑戦であると感じている人が多くを占めていたと思います。
そんな前評判や評価の中、ヨーロッパの強豪2チームを撃破し、首位で決勝トーナメントに進出した結果は世界を驚かせ、日本サッカーの変革が成功した証として賞賛され、多くの日本国民がその結果に歓喜し、感動しました。
私が取り上げたい変革は、その日本代表チームの戦いの中でも、スペイン代表戦です。サッカーの技術、戦術、監督の采配、また日本代表選手のプレーそのものの進化、高度化した質ではなく、決勝点となった2点目のシーンに注目しました。
2点目のゴールをアシストしたラストパスは、そのボールがライン上に残ったとされ、インプレーと認められました。わずか1㎜、ボールはラインにかかっていたとされたジャッジです。
VARが採用され、デジタル技術で正確に、誰にも疑わせる余地のない判断を示し、そのシーンではゴールとして認められました。そしてそれはこの試合の決勝点となり、劇的勝利とともに、伝統ある強豪国で、優勝候補の1つと目される国がひしめく組を首位で予選突破する快挙となりました。
肉眼でライン際のプレーを判断する副審には、ラインにかかっていたことを見極めるのが難しく、今までであればラインを割ったとするジャッジになってもおかしくない、きわどいシーンでした。
ワールドカップや国内でのJ1リーグのような、VARが採用されるレベルではないカテゴリーでのサッカーのプレー経験しかない筆者は、人による判断で「それは違うのでは?」というジャッジによる失点に遭遇し、悔しい思い出もあります。そんな中、今回デジタル技術(たぶん、AIの画像認識技術が採用されていると想定)を活用した判定により、これまでの審判員の肉眼だけでは限界のあった判定に高い精度をもたらし、選手の立場では最後まであきらめないことが報われ、結果がついてくることを支えるサッカーの技術と戦うメンタリティを後押ししたのでは、という感想を持ちました。
日本代表の森保監督は、ベスト16を勝ち抜き、ベスト8以上に進むことを、「新しい景色を見る」と称し、チームの目標としてコミットしてきました。しかし決勝トーナメント1回戦、ベスト16で対戦したクロアチア代表チームとは、延長戦でも決着がつかず、PK戦までもつれこんで最後は涙をのみ、コミットメントは達成できませんでした。
森保監督は、新しい景色は見られなかったが、「新しい時代に一歩を踏み出した」という表現で、結果を評価しました。日本代表チームは、初戦でドイツ代表に勝利しながらも、翌コスタリカ代表戦に敗れました。崖っぷちで、日本の予選リーグ突破の可能性評価が一気に下がった第3戦となるスペイン代表戦では、前述したジャッジにより決勝点となる得点が認められ、劣勢をはねのけて勝ち抜くことができました。
これが日本サッカーの世界基準をさらに進化させる真の変革の成果として、その一歩を踏み出す瞬間となったのです。それを森保監督は、「新しい時代に一歩踏み出した」と評しました。その評価に多くの日本国民が納得し、賛同したのは、ワールドカップでの日本代表の戦いぶりが日本に元気と勇気を与えてくれたからだと思います。
日本経済の視点で、デジタルトランスフォーメーションがもたらす成果は、経済成長が停滞し、失われた30年と評される日本が、世界基準へ追いつき、自らが世界基準を体現できる経済大国に復帰する第一歩になると認識しています。そのために努力を惜しまず、失敗を恐れずに挑戦し続けることが、今、求められています。
ラインにボールを1mm残したプレーが、最後まであきらめないことの大切さと、「変革を成し遂げるのは人である」ことを示しています。失敗しても、成功するまで挑戦し続ける粘り強さと真摯な姿勢が、今まで見たことのない新しい体験を実現する変革の景色へ導く勇気になることを、私たちに残してくれました。
著者
田中 良治 氏
株式会社ソルパック
取締役CDTO
(沖縄経済同友会、一般社団法人日本CTO協会、一般社団法人プロジェクトマネジメント学会所属)
プロジェクトdX|実現を支えるプロフェッショナルの流儀は人間力 ◎コラム掲載
第1回 今こそ変革の武器に! 日本企業の持つ強みは元サッカー日本代表監督イビチャ・オシム氏も評する“現場力”
第2回 変革実現に求められる企業カルチャー(前編) ~対極の発想をする
第3回 変革実現に求められる企業カルチャー(後編)~経営層の意識改革
第4回 DXプロジェクトがこれまでのプロジェクトと異なる理由
第5回 迫られる企業経営変化への対応と変革に必要とされる3つのエンジン
第6回 これから企業が取り組むべく3つのトランスフォーメーション・ロードマップ
第8回 デジタルトランスフォーメーションで高度化する事業活動
第9回 DX人材になることは自身の意識改革? Behavior Transformationかも?
第11回 デジタルトランスフォーメーション実現には、人材育成変革が必然
第12回 デジタルトランスフォーメーションへの挑戦 ~ソルパックの取り組み、その先の真の変革
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