システム部門改革の戦略
卓抜な施策・戦略を展開
チャレンジできる基盤を醸成
インタビュー:ITデジタル戦略本部長に改革の経緯と狙いを聞く
長谷川 樹生氏
ソニー生命保険株式会社 取締役 執行役員常務
ITデジタル戦略本部長
ITデジタル戦略本部・業務企画部・カスタマーセンタ担当
COBITをやり通せるように
今の環境を変えるしかない
IS magazine(以下、IS) 長谷川さんは2014年4月にITデジタル戦略本部長に着任されますが、それまではどのような経歴ですか。
長谷川 事務部門、営業部門、損保会社設立、金融戦略、経営企画、デジタル戦略など、さまざまな経験をさせていただきました。
IS 2014年4月にIT戦略本部へ異動されたときのシステム部門はどのような状況だったのですか。
長谷川 システムに対する会社の期待値は高く、対応が必要な案件は非常に多いなか、障害への対応のために力が割かれてしまうという状況でした。社員やパートナーである協力会社の方々も目の前のことに手いっぱいという状況だったと思います。「開発のボリュームを増やすこと」「スピードを上げること」「品質を担保すること」「コストダウンすること」。1つに注力するとほかに問題が起こる。すべてが二律背反の状況でした。
IS 長谷川さんは、どう動いたのですか。
長谷川 ともかく、これらすべてをクリアするにはどうしたらいいのかを考えました。数々の問題のなかで、真の原因は何か、1つではなく、すべての根本解決を図るにはどうしたらいいのか、何が必要なのか、と。
そもそも、私はシステム部門の出身ではないので、「ITガバナンス」とは何かから始めようと、COBITを勉強しました。着任してから3〜4カ月はその勉強に没頭していたことになります。そしてあるときに、当社に必要なものはこれだ、と確信したのです。
COBITは、事業全体を包含し、さまざまなステークホルダーのニーズを充足しつつ、包括的なアプローチによって事業の目標を達成するためのフレームワークです。私から見ると、ガバナンスレイヤーとマネジメントレイヤー、実務レイヤーの役割とやるべきことが実に見事に整理されているのです(図表1)。
開発プロセスに問題があるとか、コストがかかりすぎているといった個別のことではなく、態勢をCOBITをベースにきちんと作り、維持し続けることこそ必要だと思ったのです。企業のミッションや戦略も、こうした基盤なくしては実りある成果は得られないでしょう。だから「ITガバナンス」に基づく態勢は、会社にとっても大きな価値があるのです。
IS 実行プランについてはどのように考えたのですか。
長谷川 COBITには非常に多くの管理項目があります。正直に言えば、最初はこのすべてを本当にやるのか、実現できるのかと、ため息が出るような気持ちでした。
たくさんのパートナーに開発を委託していました。COBITを遂行するならパートナーにも理念を共有してもらうことが必要です。そうこう考えているうちに、今の環境にCOBITを合わせるのではなく、COBITをやり通せるように環境を変えるしかないと思うようになりました。
IS 具体的にはどういうことですか。
長谷川 当時の「ベンダーロックイン」の議論も、私にはパートナーの問題ではなく、要件検討プロセスやOSやミドルウェアなど基盤に近いところが、特定パートナーのやり方やその得意な製品になってしまうことなのではないかと考えました。さまざまな方法論、ミドルウェアが乱立し、複雑性を増していく。であれば、ベーシックな方法論、なるべくオープンな技術・製品を必要最小限だけ採用し、そのノウハウを蓄積していき、社員でもどのパートナーでも使えるようにする。オープンにすべきなのは、プロセスと基盤のほうであるべきだ、という考えに行き着いたのです。
新たなパートナー戦略を策定
障害発生の抑え込みに全力を挙げる
IS そして2014年8月に新しい情報システム戦略を発表し、改革をスタートされます。
長谷川 システム部門がソニー生命の成長に真に貢献できるようになるには、ゼロベースからの構造改革が必要と考えた結果の戦略です。4つのテーマと4つの柱を掲げました(図表2)。施策としたのは図表3で、ITガバナンスの強化を目的とした部署の新設も行っています(図表4)。
パートナー会社と一体となって長期的な関係を構築するためには、自社の部門と同等に、情報をきちんとオープンしていくことが不可欠と考え、年度の計画、中長期の戦略、ときには組織を含めた態勢についても事前に相談します。主要な会議にも参加してもらい、パートナーが極力、次に何が起こるのかを事前に準備できるような環境を整備しました。そのなかで腹を割って話し合い、納得と協力を取り付けました。
一方、高コスト構造からの脱却のためにはオフショアの拡大が必須でした。これも、パートナーと同じゴール(開発・運用・品質・意義・モチベーション)を目指す一体的なプロセスにより、両社で合意した計画どおりに進捗しています(図表5)。
もちろん、この一体的なプロセス作りには相当な困難があったと聞いています。会社や国が違えど、システムというグローバルな知識体系を共有する方々のベクトルが一致したときのパワーには本当に驚かされました。一体的な関係により、品質を向上させながら、開発の平均単価を大きく下げることができ、削減できた費用を新しいことに投資できるという目算が立ちました。
IS 懸案の品質については、どのような施策を展開したのですか。
長谷川 当時の「品質管理・品質対策」は、開発プロセスの一環として取り組まれていました。当然ですが、障害が起きたら修正することが最優先であり、原因究明にも限界がありました。
そこでリスク・品質管理を主管する部署を新設するとともに(前出の図表4)、開発の担当と障害の原因究明の担当を分け、誰が・いつ・何をしたのかを会社や部門や役職を問わず詳細にヒアリングし、全員で共有する試みを始めました。オフショア先のプログラマーの方にも直接電話して、確認してもらいました。
やはり、ITに携わる方々は本当にプロフェッショナルなのですね。障害の詳細な原因が共有されるようになると、社員とパートナー会社が話し合って、実効性のある再発防止策が自主的に策定するようになり、障害の発生数が激減していきました(図表6)。
IS 見事な激減ぶりですが、改革が進んでいるという手応えはどこで感じましたか。
長谷川 2015年秋ごろでしょうか。そのころになると、障害が目に見えて減り、新しい組織体制やルールが回り始めて、社員もパートナー会社も自分たちが変わりつつあることを実感できたのではないかと思います。
しかし2015年前半は、開発を抑えたかったものの逆にボリュームが急増し、その一方で品質の向上やITガバナンスを強化する改革を推進していたので、本当に大変な時期でした。社員とパートナー会社には、これまでにない負担をかけたと思っています(図表7、図表8)。
この苦行の時期を何とか超えて成果が見え始めると、社員満足度は上向きに転じます。それ以降上昇し、会社のなかでも満足度の高い組織となりました。
すべて社員とパートナー会社の方々が、自らの専門性を活かし、「チーム」として、自律的に取り組んだ成果です。
90年代にカルチャーショックを経験
「人材を創る」ことにもフォーカス
IS 図表3の「人材」の項で、「人材育成機関化」とあるのはどういうことですか。
長谷川 それまではOJTを中心に、「担当業務ができるようになる」ことに重きがおかれていました。何を経験するか、どこに配属されるかによって、大きな差がありました。そこで、「実務の遂行」を主目的するのではなく、3年・5年といった単位で「人材像」と具体的な成長ステップを明確化し、「実務」を手段として、「人材を創る」ことを組織の目的としていくことにしました。2015年秋にIT戦略本部のなかに教育課を作り、本格的な取り組みを開始しました。専門資格の取得、論文への応募などもその一環です。
IS 改革の成果には目覚ましいものがありますね。削減すべきものは削減され、向上させるべきものは向上しています。
長谷川 「ITガバナンス」と「品質」へのフォーカスが起点でした。「プロアクティブ」がカルチャーとなり、まさに、新しいチャレンジができる基盤ができあがりました。
IS どんなチャレンジをしてもらいたいですか。
長谷川 グローバルでは前例のないさまざまなことが、もの凄いスピードで起きています。視点を外部にもち、非連続な発想で、会社の成長につながる挑戦をしてほしいと思っています。
90年後半に、日本で初めて申し込み手続がWebで完結する自動車保険を企画した際に、Webサイト構築のプロジェクトには大学生も参画していました。ブラウザごとに挙動が違う、バージョンアップでまったく違う仕様になってしまう。Webに造詣があるのはマニアックな大学生でした。そのような大学生を企業に派遣している会社にも頼ったのですが、その会社には日本人だけではなく、海外からも学生が集まっていました。そのときに、デジタルの世界とはアイデアと技術、そして情熱さえあれば世の中を変えていける世界であることを、身をもって経験したのです。それは本当に、カルチャーショックと言える経験でした。
デジタルの世界は今でもこのような「驚き」と「感動」に満ち溢れています。「挑戦」に値する世界であり、新たな挑戦をぜひ始めてほしいと願っています。
[IS magazine No.25(2019年9月)掲載]
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◎特集|ソニー生命の挑戦 CONTENTS
PART 1 COBITに改めて注目し、4つのテーマと4つの柱を掲げる
PART 2 個別最適の流れに歯止めをかけ、「Web標準プラットフォーム」を策定
PART 3 あえて基幹システムから「ビッグ」スタートを切る
PART 4 運用改善専任チームの結成と「全運用担当者との面談」という手法
PART 5 業務の詳細な「手順化」により、コスト削減・開発スピード向上を目指す