IBM iおよび関連技術に特化した団体、米COMMONのWebサイトに今年6月、Rocket Softwareのヨーロン・ファン・ダン氏の「IBM i戦略の未来はAIにある」と題する講演動画が掲載された。同氏はその講演で、ChatGPTに代表される最近のAIがIBM iの開発・運用にどのような影響を与えるかについて予測を行い、今取り組むべきこと、留意すべきことを語った。その大胆な予測は、IBM iの開発・運用を大きく変える内容をもつ。同氏の講演を紹介しよう。
Speaker=ヨーロン・ファン・ダン Rocket Software
破壊的な生成AIは
仕事のやり方を一変させる
「ChatGPTや生成AIに関するテーマは、今やPOWERUpの最もホットな話題になった」--今年4月24日~27日に米デンバーで開催されたIBM iユーザー向けの一大イベント「COMMON POWERUp 2023」について、COMMONボードメンバーの1人はそう語った。
そしてそのPOWERUp 2023で、「AI・機械学習はいかにIBM iのモダナイゼーションを推進するか」と題して講演を行ったのが、本レポートの講演者であるヨーロン・ファン・ダン氏。ダン氏が所属するRocket Softwareは、日本ではIBM Z関連のビジネスで知られるが、欧米ではIBM i分野の有力なソフトウェア企業として広く名前が通っている。ダン氏は現在、IBM iソリューションの新技術、製品設計・開発のチーム・リーダーを務めている。
ダン氏は「IBM i戦略の未来はAIにある」の講演を、AIの創始者であるアラン・チューリングの話からスタートした。そしてAIの歴史を振り返ったあとで、「なぜ今AIブームなのか」に話を進めた。同氏によると、AIの進化を後押ししてきたのは、機械学習の進歩、データの入手容易性、クラウド・コンピュ―ティング、チップの高性能化、新型コロナ、の5つ(図表1)。その各分野の進展があいまって、現在のAIブームの下地をつくってきたと指摘した。
とはいえ、IBM iユーザーのAIへの関心は、昨年まではけっして高いとは言えなかった(2022年秋のForta調査では12位)。「それが突如として一変したのは、昨年11月にリリースされたOpenAI社のChatGPTがイノベーションを起こしたからです」と、ダン氏は説明した。
「私はプロダクト・マネージャーとして、今あらためてAIがお客様の課題を解決できることに興奮しています。とくに生成AIの革新的な新機能を考えればなおさらです。それは本当に破壊的(ディスラプティブ)で、私たちの仕事のやり方を根本から変えるものです」
アプリケーション開発の
未来で起きること
ダン氏は、AIがIT業務に与える影響として、サポート、トラブル・シューティング、キャパシティ・プランニング、保守・メンテナンスの4つを挙げる(図表2)。
「生成AIのユーザーに自然な対話経験を提供する能力は、サポートへの関わり方を大きく変えるでしょう。この種のAIチャットボットは、今後ますます増えていくものと思います。また、異なるソースから送られてくる大量のログデータを瞬時に解析し問題を特定する能力は、トラブル・シューティングやキャパシティ・プランニング、保守・メンテナンスのやり方も根本から変えると考えられます」
しかし「ただし」と、ダン氏は付け加える。「これらは今日までのAI技術で実現可能なものであり、一部はすでに実現しています。その意味で、あまりエキサイティングとは言えません。本当にエキサイティングなのは、これから起きてくると考えられます」と語り、「IBM iのアプリケーション開発で未来に起きること」として次の4つを挙げた(図表3)。
・コーディング、プログラム開発
・モダンなUIの設計・開発
・システム連携、インテグレーション
・マイクロサービス化、マイクロサービス開発
「私は、将来はAIがコーディングすると予測しています。GitHubによると、プログラムの40%はすでにGitHub Copilotで開発されているとのことですが、この動きは今後ますます拡大していくでしょう。2番目は、AIがユーザーとシステムとのやり取りを監視して、UIの改善を提案するようになるだろうというものです。AIがよりモダンなUI・UXを設計・開発していくのです。そして3番目の予測は、AIがシステム間の連携や統合を簡素化するだろうということです。APIで連携する場合、現在はGoogle API Explorerのようなツールを使ってAPIを探し出し、APIが求める規約に従って記述を行っていますが、今後はそれをAIが実現するのです。しかもAPIを見つけるだけでなく、APIを呼び出し、APIを生成することも可能になるでしょう。最後の予測は、AIがマイクロサービスを生成するというものです。モノリシックなIBM iアプリケーションを分割し、マイクロサービス化すべき部分を特定して、マイクロサービスを生成するのです。さらに、生成されたコードをテストするプログラムも開発し、テスト結果の自動判定なども行えるテストフレームワークも生成すると思います」
ダン氏はこの後、ChatGPTに「バブルソート・プログラムをRPGで書いてください」という指示を出したり(図表4がその回答)、「モノリシックなアプリケーションをマイクロサービス化できるか」「マイクロサービスを生成する際の優先度のつけ方」などの質問を行って、同氏の予測がもはや夢物語ではないことを強調した。
最も重要なイノベーションは
DevOpsとHA・DRにおける革新
しかしダン氏は、「これらの予測が実現しても、それはIBM iのモダナイゼーションの一部でしかなく、それらが反復的に実行されることが必要なのです」と語り、「DevOpsこそ、AIがIBM iのモダナイゼーションにもたらす最も重要なイノベーションです」と話を進めた(図表5)。
ダン氏は、DevOpsのプロセスにおいてAIは「ビルドマスター」の機能を担えると話す。ビルドマスターとは、ソースコードのビルドからソフトウェアのリリースまでをエンド・ツー・エンドでモデル化し自動処理する機能である。「ビルドマスターによってAIは、プログラム中のさまざまなコードの変更に基づき、ある特定のコードの修正を提案できます。そしてさらに生成したコードのよりよいテスト方法も見つけ、自動でテストを実行するようになると思われます。そうなると開発者はビジネス価値を創出するロジックの開発に集中することが可能になります」(ダン氏)。
また、DevOpsにおけるAIのイノベーションは、ソフトウェアの品質保持や新たなバグの発生を防ぐ監視機能でも進むと、ダン氏は述べた。
AIがIBM iのモダナイゼーションにもたらすもう1つのイノベーションは、HA・DRである(図表6)。「AIがシステムのログデータを見てCPUの温度やシステムの応答時間の正常値を知っていれば、CPU温度の上昇やパフォーマンスの低下を検知できます。そしてシステムがダウンする前に、別ノードへの切り換えを決定できるのです」(ダン氏)。つまり、問題への予防的対応、処置の自動化、RTO(目標復旧時間)・RPO(目標復旧時点)の改善・向上がAIによって果たされる、とダン氏は強調した。
イノベーションを起こす
AIにどのように取り組むか
では、IBM iユーザーはイノベーションをもたらすAIにどのように取り組んでいけばよいのだろうか。ダン氏はそのポイントを次のように説明する。
「AIのアウトプットの質はインプットの質、つまりデータの質に依存します。すなわちAIの効果を高めるには高品質なデータを継続的にモデルに投入し、出力をうまく調整する必要があるのです。そのためにはデータ戦略の構築こそ重要で、最優先のテーマになります。データを継続的にインプットしアウトプットする反復的なプロセスが必要なのです」
そのステップとしては、まず自社のIBM iの開発・運用環境を詳細に把握し(図表7)、それに依拠するデータチームを組織すること。そして多種多様なデータを継続的に収集できる仕組みを作り、AI開発チームが求めるデータを即座に提供できるアジャイルな体制を築くこと。そうして初めて、データを収集する段階へ進めるという。
また収集する主なデータは、ソースコードやモデル、監査ログ、構造化データなどだが(図表8)、ダン氏は「AIポリシーに合致した偏りのないデータを収集する必要があります」と語り、現在のAIに関する5つの懸念とその回避方法について言及し講演をしめくくった。
「アラン・チューリングは“チューリング・テスト”というコンピュータの実用的な知能を計るテストを定義しています。しかしAIがこれほど発展したにもかかわらず、テストに合格したコンピュータはありません。ただし、誰がデータにアクセスし、どのデータがどのようなトレーニングに使われたかを管理できれば、そしてそのトレーニングが組織の安全な壁の中で行えれば、5つの懸念は解消されるはずです。それは企業が構築するデータ戦略にかかっているのです(図表9)」
図表9 AIをめぐる5つの懸念
[i Magazine・IS magazine]
講演者|
ヨーロン・ファン・ダン氏
Rocket Software
プロダクト・マネジメント
シニア・マネージャー