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事例|株式会社デンコードー

震災後のBCP 強化内容

PC のデータをファイルサーバーで一元管理し、クラウド型バックアップサービスでデータを保全
卓上型PHS で電話連絡、Wi-Fi ルータとノートPC でメール送受信など有事の連絡手段を確保
IBM i はデータセンター利用を中止し、本社に設置し直す

惨状を極めた本社社屋
耐震補強で生まれ変わる

オフィスは見違えるように新しくなっていた。デスクやキャビネットは新品で、壁も天井もシミひとつなく輝いている。

震災から1 年が経とうとする2月末、名取市にあるデンコードーの本社を再訪した。前回の取材でここを訪 れたのは、昨年5 月。天井も壁も崩落したまま、水に濡れて使えなくなった書類や什器、段ボールがあちこちにうず高く積まれ、地震の壮絶さが随所に残るオフィスを目にして言葉を失った。その惨状は、今はもう跡形もない。

同社はあまりの被災の激しさに、ここでの本社業務再開をいったんは断念し、新しい本社オフィスを探したという。しかし躯体点検を実施したところ、建屋そのものに問題はないとの結果を得た。社員の通勤や広いスペースを確保できるなどのメリットを考慮し、元の本社に戻る決断を下したのが昨年9月である。

ただし凄まじい揺れとオフィスの崩壊を経験した社員たちには強い抵抗感があった。そこでビルの所有者と相談し、徹底した補強工事を施した。天井や壁、間仕切りを強固に固定し、キャビネットは作りつけに変更。管が外れてもスプリンクラーが作動しないように工事し、誘導路を広く、非常口を3カ所に増やすなどの対策を徹底した。

そしてその堅牢さについて、工事を手掛けたゼネコンの担当者から詳しい説明を聞くことによって、やっと社員の不安をぬぐい去り、今年1 月、ここでの本社業務が再開したのである。

「今度こそ、震度6強の揺れが来ても、ここはビクともしませんよ」

前回の取材時は終始緊張した、そして悲しげな表情で質問に答えていた高橋正取締役副社長も、今日は穏やかな笑みを浮かべ、自信に満ちた口調で語る。

被災した20店舗は、昨年8月に再開した福島南店を最後に、全店が復旧した。震災から1年を経て、デンコードーはようやく元の姿を取り戻したように見える。しかし実際には、今回の大災害の経験を糧に、元の姿以上の強いデンコードーに生まれ変わったのである。

 

高橋 正 氏 取締役副社長 営業本部長
高橋 正 氏
取締役副社長 営業本部長
被災直後の本社オフィス。あまりの惨状に業務継続を断念

 

今年1月に元の本社で業務を再開

 

ローカル側の
PC利用とデータ保全が課題に

冒頭にも記したとおり、同社は宮城県沖地震に備え、 顧客管理システムが稼働するIBM iや管理系・情報系の PCサーバー群を東北インフォメーション・システムズ のデータセンターに設置していた。

またPOS系を含む販売管理システムは、親会社であ るケーズホールディングスの基幹系システムを利用し、 そちらも別のデータセンターに設置されていた。そのためサーバー系はいずれも、地震や停電の被害を受けずに 済んだ。

これに対して課題を残したのは、ローカル側にあるク ライアントPC、とくにそのデータ保全である。

本社に導入していた約150 台のPCのうち6 割がデス クから落下、7割がスプリンクラーの水を浴びたものの、 5台を除いては全て正常に起動した。

「被災の激しさにもかかわらず、PCおよびそのデータ 消失はわずか5 台で免れたわけですから、今回は幸運であったと言えます。でも単に運がよかったからでは対策 とはいえません。そのため震災後は、クライアント側のデータをどう保全するかが課題となりました」(高橋氏)

同社では個別業務のファイル、例えば総務関係や規定書などのドキュメント類はローカル側で管理していた。 そこでこうしたファイル類を含めて、クライアントPC 側にデータを一切置かず、すべて本社のファイルサー バーで管理する運用ルールを徹底した。

そしてこのファイルサーバーのデータを回線経由でベ ンダー側データセンターのディスクへ保管する遠隔バッ クアップサービスの利用を今年3 月からスタートするこ とになった。この仕組みであれば、本社が被災しても、 ローカル側のデータ消失は避けられる。

卓上型PHSとWi-Fiルータで
有事の連絡手段を確保

次に課題となったのは、コミュニケーション手段の維持である。

今回の震災では固定電話や携帯電話が不通となり、停電の影響でメールも利用できず、社内外のコミュニケー ションが途絶する事態に直面した。

「今回の震災でつくづく感じたのは、非常時の連絡手段を確保することの重要性でした。連絡網が遮断すると、状況を把握できないので不安が増大し、必要な支援の手も伸ばせません」(高橋氏)

通話が集中する災害時には、交換システムがダウンしないよう通信会社が発信規制をかける、いわゆる輻輳(ふくそう)が起きて、固定電話や携帯電話がつながりにくくなる。これに対し、PHSは数十〜数百メートルおきに、きめ細かく基地局を設置しているため、1つの基地局にかかる 負荷が分散され、輻輳が起こりにくい。そのため今回の震災でも、PHSは当日から通話できたと評価が高かった。

そこで同社では、本社および全店舗に1 台ずつウィルコムの卓上型PHSを配置した。見た目は通常の卓上電話と同じだが、ワイヤレスで、しかも軽くて鞄や袋に入 る大きさなので、これなら災害時でも簡単に持ち出すことができる。

また本社を含めた各拠点に、同じくPHSによるモバイルWi-Fiルータ(ウィルコム)を導入し、データ通信の非常回線として利用可能にした。

同社ではサーバーのあるデータセンターとの間でインターネットVPNとBフレッツの2 系統の回線を敷設している。今回はこうしたネットワークに支障は生じなかったが、本社では被災の激しさにより、また店舗では停電によりPCが使えず、事実上メールなどは使用できなかった。

「 震災直後も、仙台太白店への移動時も、仮本社の開設時もPCが使えなくて困ったという社員の声が多く寄せられました」と、高橋氏は指摘する。

仙台太白店や仮本社では、スペースやネットワーク、それにセキュリティの問題で、解放できるPCの数が足りずに上記の不満が生じることになったようだ。

そこでまず、一部の社員にスマートフォンを配布。個人で所有するスマートフォンを含めて、有事に緊急メールを配布する連絡網を整備した(これとは別に、震度5 以上の地震が発生した際に、メールサーバーからメールを同報配信し、社員がそれに返信することで安否確認を行うプログラムを自社で作成している)。

また同社では今までデスクトップPCのみを導入していたが、有事に際して各部門のリーダーとなる社員のPCを中心に、全体の20%程度をノートPCに変える予定である。そうすれば、今回の規模の地震が発生した際も、卓上PHSによる電話連絡や、ノートPC とWi-Fiルータによるメールの送受信が可能になる。

さらに停電対策として、今年5月をめどに、PCを5 台程度接続可能な容量の自家発電装置を本社および全店舗に導入する予定である。

IBM iはデータセンターから
本社へ戻す

「今回の震災を経験して、見えてきたことが多々ありました。例えば直後から長く続いた混乱の中、停止してはいけないシステム、停止してもすぐには影響しないシステムの違いがはっきりと分かったこともその1 つです。システム停止の回避とデータ消失の防止を切り分け、有事に本当に必要なシステムは何かをポイントにBCPを再考しました」(高橋氏)

その再考の末に同社が出した結論は、データセンターに委託していたSystem iを本社へ設置し直すことであった。一見すると、BCPと逆行するように見えるこの措置も、上記に記した高橋氏の言葉に理由がある。

前述したように同社ではPOS系販売管理システムを含む基幹システムは、親会社であるケーズホールディングスのシステムを利用しており、これはデータセンターで堅牢に守られている。

一方、デンコードーがケーズホールディングスとの合併前から運用してきたSystem i(9406-570)上では、独自の顧客管理・顧客分析システムが稼働していた。同社では障害対策のために、さらにもう1 台の9406-570 を導入して二重化し、双方を同じデータセンターに設置していた。

そしてこの570はどちらもリースアップを迎えたため、2011年12月にPower 750を導入したが、その際、本番機のみの運用とし、バックアップ機の導入は見送っている。

「今回、顧客データの分析という業務は、災害発生時に停止しても全く支障のないことが分かりました。データセンターの運用コストの低減を考え、また本社建屋が震度6 強にも耐えられるように補強されたこともあって、二重化を中止し、Power 750 をデータセンターから本社へ戻しました。BCPにおけるシステムサーバーの配置も“適材適所”で行い、コストの掛けかたにもメリハリをつけることが必要だと思います」(高橋氏)

ちなみに管理系やメールサーバーなど情報系のWindowsサーバーはデータセンターでの運用を継続する。ただしこうしたサーバー群も、タワー型で導入していたため今までスペースを要していたが、仮想化によるブレードサーバーへの移行で、今はワンラック分に収まる容量となっている。

System iを本社へ引き上げたこともあり、現在、データセンターの利用料金は最も使用面積の多かった時期に比べると、10分の1まで削減できているという。

このように同社は、今回の震災で得た多くの気づきを活かして、BCPをさらに強固なものとした。

取材を終えて東京に戻る帰途、「今度こそ、震度6 強の揺れが来ても、ここはビクともしませんよ」という高橋氏の言葉が、本社の真新しいオフィスではなく、デンコードー自身を指しての言葉だったことに初めて気づいたのである。img_56fd5fd822c33

柱と天井を補強して震度6 強でも耐えられるように
誘導路を広く、間仕切りは天井に固定

● 震災発生時の状況

宮城県名取市にあるデンコードーの本社は震度6の激しい揺れに見舞われ、壁や天井が崩落。スプリンクラーが破損して、水が激しく噴き出した。

あまりの損傷の激しさに、ここでの本社業務継続を断念し、3 月13 日、かろうじて電気や回線のインフラが生きていた仙台太白店に災害対策本部を設置。本社から運び出したPC を店舗内LAN に接続し、本社業務の一部をここへ移転した。この時点で86店舗ある直営店のうち、20店舗が被災し、営業を停止していた。これらの店舗は被災状況に応じて段階的に営業を再開するとともに、4 月初旬には仙台駅にほど近いオフィスビルに仮本社を移転している。

基幹系システムは親会社であるケーズホールディングスのシステムを利用し、顧客管理システムは独自にIBM iで運用していたが、どちらもデータセンターに設置されていたためサーバーの運用に支障は生じなかった。また情報系・管理系のPCサーバー群も同様に、データセンターにあったため無事であった。

 本社で導入していた約150 台のPCは震災後数日のうちに社屋から運び出し、仙台太白店の災害対策本部、仮本社へと移動するたびに、最小限のPC とLAN 回線を設置し直すことで、業務の継続を可能とした。

COMPANY PROFILE
本  社:宮城県名取市
設  立:1965年
資 本 金:28億6600万円
売 上 高:1793億3900万円  (2011年3月期)
従業員数:1243名
業務内容:家電商品や情報商品、 ゲームソフト等の販売・修理
http://www.denkodo.co.jp/