Text:町田 武夫、北爪 克洋 栗村 彰吾、日本アイ・ビー・エム
本稿では、ブロックチェーンの最新活用法および技術動向について解説する。
最初に、これまでのブロックチェーンの変遷について簡単に触れ、次に最新の活用領域としてToken、分散ID管理、Provenanceを紹介する。最後に、主な最新技術動向を紹介する。
ブロックチェーン技術の変遷
ブロックチェーンの活用領域の変遷
ビットコインなどの暗号通貨の基盤技術として一躍注目を浴びたブロックチェーン技術。ビットコインは2009年に本格運用を開始したが、ビジネス領域でのブロックチェーンは、当初FinTechのキーとなる技術としても注目され、暗号通貨のみならず、貿易金融など複数の企業や機関をまたがる金融資産の移転とその追跡を、改ざんのない形で実現する技術として検討と活用が進められた。
その後、その追跡性と耐改ざん性の観点から、サプライチェーンの可視化や重要な資産の記録など、非金融領域でも活用が広がってきた(図表1、図表2)。
ビジネス向けのブロックチェーン技術の進化
ブロックチェーン活用の広がりに伴い、ブロックチェーン技術も進化してきた。とくにビジネス領域での活用に向けた主な技術進化として、以下が挙げられる。
◎プライベート/コンソーシアム型ブロックチェーンの登場
・許可されたメンバーのみ参加可能なブロックチェーンネットワーク
◎スマートコントラクトの活用
・暗号通貨およびその拡張ではなく、さまざまなビジネス・ユースケースを実装可能な汎用的なアプリケーションモデル
◎セキュリティの強化
・認証、認可やプライバシー保護機能の提供
・ハッシュや暗号化に加え、プライベートチャネルやゼロ知識証明などの高度なセキュリティ技術の取り込み
◎性能・拡張性の強化
・拡張可能なデータモデル、データ配置
・高速なコンセンサスアルゴリズム
これら重要な技術要素がHyperledger Foundation等のオープンコミュニティのもと、オープンソースの形で開発・発展が進められている点も、ブロックチェーン技術の特徴といえる。
注目すべきブロックチェーン活用領域
最近の動向としてとくに注目すべきブロックチェーンの活用領域には、「Token」「分散ID管理」「Provenance」の3つが挙げられる。それぞれの概要は、次のとおりである。
Token
ブロックチェーンの特性を活かし、ブロックチェーン上に独自の暗号通貨(トークン)を発行し、トークンを活用したサービスが誕生している。
コレクションカードや絵画、金融商品などさまざまな資産をトークンとしてブロックチェーン上に発行し、トークンをやり取りすることで資産の所有権を管理するといった取り組みが行われている。
こうした取り組みでは、代替可能なFungible Tokenや代替不可能なNon-Fungible Token(NFT)など、資産の特性に合わせたトークンが用いられている。
また最近では、中央銀行が発行するトークンであるCBDC(Central Bank Digital Currency)の実証実験も各国で実施されている。
トークンを活用した事例としては、次のようなユースケースがある。
① 代替不可な資産をトークン化したユースケース:NFT
特許市場プラットフォームを運営するIPweは、知的財産(IP)をNFTとしてブロックチェーン上に発行する取り組みを進めており、知的財産をトークン化することで、より簡単な管理・取引が期待されている(IPwe and IBM Seek to Transform Corporate Patents With Next Generation NFTs Using IBM Blockchain)。
また、「NBA Top Shot」では、NBAプレイヤーの名プレーのコレクションカードをNFTとして発行することで、カードの希少性や耐改ざん性を保証している。
② 中央銀行がトークンを発行するユースケース:CBDC
サウジアラビア通貨庁とアラブ首長国連邦中央銀行が実施した「Project Aber」では、中央銀行間の取引、国内取引、クロスボーダー取引をユースケースとした実証実験が行われた(図表3)。
CBDCを用いたオフライン決済や二重支払いの防止、マネーサプライの可視化などの実現可能性、分散性やプライバシー、拡張性、本番活用可能といった観点から、CBDCのブロックチェーン基盤を評価したProject Aber Final Report(Saudi Central Bank and Central Bank of the U.A.E Joint Digital Currency and Distributed Ledger Project)が公開されている。
資産をトークンという形でブロックチェーン上にて管理することで、ブロックチェーンの分散性や耐改ざん性といった特徴を活かせる。
またトークンの規格として、Ethereum上には多くの独自トークンが発行されており、Ethereumでトークンの作成や発行、移転などの規格が用意されている。
たとえばFungible Tokenの規格として、ERC20と呼ばれる規格や、Non-Fungible TokenではERC721といった規格の標準化が進められている。
分散ID管理
日常のサービス(オンラインショッピングやSNSなど)を利用する際に、デジタルアイデンティティ(「ISO/IEC 24760-1のデジタルアイデンティティ定義」)も広く使われ始めた。
デシタルアイデンティティの考え方として、自己主権型アイデンティティ(SSI)という概念がある。
自己主権型アイデンティティ(Self-Sovereign Identity:SSI)とは、Identity Provider(企業や政府などのアイデンティティ管理主体)ではなく、個人が自身のアイデンティティを発行・管理する考え方である。
アイデンティティの管理主体がいないため、中央集権的IDや3rd party IDで問題となるID漏洩やID管理権限の喪失(アカウント停止)といった問題が起きにくいという特徴がある(図表4)。
これには、後述するDecentralized Identifiersと秘密鍵・公開鍵を用いたユーザー認証の仕組みが用いられる。
SSIを実現するためのアイデンティティ管理方法として、個人のアイデンティティが特定のIdentity Providerに依存せず、アイデンティティを複数に分散して管理する分散型アイデンティティ(分散ID=Decentralized Identity:DID)が注目されている。
たとえば大学の卒業証明書は大学が管理し、雇用証明書は雇用企業が管理する。個人のアイデンティティを分散して管理するため、分散レポジトリであるブロックチェーンと相性がよい。
DIDの実現には、Decentralized Identifiers(DIDs)とVerifiable Credentialという方式(図表5)が用いられ、標準化団体のW3C等によって標準仕様の検討が進められている。
分散ID管理を実現するフレームワークやツールのなかから、IBMも参加しているHyperledgerプロジェクトを以下に紹介する。各技術の詳細はHyperledgerの各プロジェクトを参照されたい。
① Hyperledger Indy
Hyperledger初のアイデンティティにフォーカスしたブロックチェーンフレームワークであり、ZKPベースのVerifiable Credentials、DIDs、Agent構築やパブリック/パーミッションド分散台帳の実装用SDKを含む。
② Hyperledger Aries
Verifiable Credentialsの作成・送信・保管・使用にフォーカスしたツールキットや、エージェント間のセキュアなメッセージングを実現するためのプロトコルを提供する。
③ Hyperledger URSA
Hyperledger Indy、Hyperledger Ariesが使用する暗号ライブラリを開発し、暗号ライブラリの集約を目的にするツールである。公開鍵と秘密鍵のペア生成やデータ暗号化と復号等のパッケージを作成する。そのパッケージはHyperledger Indy、Hyperledger Ariesにも組み込まれ、簡単に利用できる。
現在、分散ID管理はさまざまなサービスで実証検証が行われ、利用も始まっている。例としてIBMおよび他社の事例を4つ、以下に紹介する。
① IBM Verify Credentials
IBMが提供するデジタルアイデンティティ管理のアセットである。Hyperledger Indy上に構築されたプラットフォームとして提供され、ユーザーはクラウドウォレットを利用してHyperledger Ariesベースのエージェントの作成・管理が可能である。後述のIBM Digital Health Passでも利用されている(IBM Verify Credentials)。
② IBM Digital Health Pass
新型コロナウイルス感染症のワクチン接種状況や検査結果を管理するサービスである。ユーザーはスマホにアプリを導入することで、ワクチン接種証明書をアプリのデジタルウォレットに追加し、健康状態を証明できる。Hyperledger FabricやIBM Verify Credentialsを組み合わせて実装されている(図表6)。ニューヨークで利用が開始している(Digital Health Pass)。
③ ドイツの「電子ID(eID)を用いたエコシステム」の取り組み
ドイツでは、SSIに基づいたデジタルウォレットを開発し、運転免許証や出生証明書などの身分証明書をデジタル化することで、Eコマースや銀行、ホテルチェックインなどで活用可能なエコシステム実装の検証が行われている。Hyperledger Indy、Ariesの技術も活用される(「ドイツ政府による電子IDを用いたエコシステムの検討」)。
④ IBM以外の事例
MicrosoftのAzure Active Directory Verifiable Credentialsを用い、慶応義塾大学とデジタル学生証発行の実証実験などを行っている。ここではビットコイン技術をベースとした分散ID技術であるION(Identity Overlay Network)が利用されている。
このように今後は学生証や免許証など、さまざまな証明書類の電子化、それらを利用した新しいエコシステム・サービスが展開されると考えられる。
Provenance
ブロックチェーンは、複数参加者(企業やユーザーなど)間での情報のリアルタイムな共有と耐改ざん性の高さという特性から、サプライチェーンでの取引情報の可視化を含めた来歴の追跡(Provenance)などに盛んに活用されてきた。
たとえば、IBM Food Trustではユーザーが食品の来歴を追跡でき、欧米の大手小売会社等でも活用されている。またTradeLensでは、国をまたがった船舶コンテナを追跡できる。
さらに、最近では次のようなユースケースでの活用が注目されている。
① Provenanceが絶対要件となる、あるいは付加価値となるユースケース
アメリカ食品医薬品局(FDA:Food and Drug Administration)では、医薬品サプライチェーン安全保障法である「Drug Supply Chain Security Act」をサポートするため、ブロックチェーンの利用可能性に関する実証実験を実施した(「How the FDA is piloting blockchain for the pharmaceutical supply chain」)。
この法律は医療用医薬品に対して製品コード、有効期限、ロット番号、シリアル番号を表示し、データ登録による所有権移転の電子履歴管理を義務付けており、ブロックチェーンでの追跡性、可視性、耐改ざん性が有効と考えられた。
このほか、高級ワインのトレーサビリティ(「eProvenance Uncorks VinAssure?, an IBM Blockchain-Powered Platform to Strengthen Collaboration and Optimize the Wine Supply Chain」 )、コーヒー豆のトレーサビリティ(「Farmer Connect Uses IBM Blockchain to Bridge the Gap Between Consumers and Smallholder Coffee Farmers」)、鮮魚のトレーサビリティ(「サステナブルなシーフード、IBMのブロックチェーン技術を採用し、海から食卓に届くまでの洞察を得る」 「Ocean to Table × Anastasiaセミナーレポート | ブロックチェーンで社会課題解決」 )など、来歴を保証することで製品の付加価値を高めるユースケースが目立っている(図表7、図表8)。
② サステナビリティに取り組むユースケース
SDGs(持続可能な開発目標)に象徴されるサステナビリティへの取り組みの一環として、組織・企業をまたがったネットワークでのブロックチェーン適用も進んでいる。
たとえば、鉱石の採掘から利用までの追跡(「Building a digital trust ecosystem for mining in British Columbia」 )、再生プラスチックなど資源循環の追跡( 「旭化成、プラスチック資源循環プロジェクト「BLUE Plastics」を日本IBMと開始」 「三井化学と日本IBMおよび野村総合研究所、資源循環型社会の実現に向けコンソーシアムの設立を合意」 )、およびCO2流通の可視化(「三菱重工と日本IBM、CO2流通を可視化するデジタルプラットフォーム「CO2NNEX」構築へ取引サイクルを活性化しカーボンニュートラルの早期実現に貢献」)などが挙げられる。
最近のブロックチェーン技術動向
ブロックチェーンに向けたIBMの取り組み
IBMはブロックチェーン技術を使ったお客様ビジネスの推進、システム・プラットフォームの構築、およびIBM Blockchain Platformといったクラウド上のマネージドブロックチェーンサービスを提供してきた。
またHyperledger Fabricなどへのブロックチェーン技術開発に貢献してきた。最近は、ブロックチェーン独自の技術研究や開発だけでなく、開発したツール類の提供やブロックチェーンと組み合わせる技術の開発も行っている。いくつかの取り組みを以下に紹介する。
① オープンソースへの貢献
IBMは、ビジネス向けブロックチェーン・プラットフォームの開発と展開を容易にするため、IBM Blockchain Platform Consoleの基礎となるコードを寄付している(「Reinforcing IBM’s commitment to open source Hyperledger Fabric」)。
これはFabric Operations Consoleを形成する直感的なUIであり、Hyperledger Fabricネットワークが簡単に構築できる。
Console以外に、Fabtoken SDKでのトークン交換や、異なる分散台帳間の相互運用をサポートするインターオペラビリティに関するコードを寄付することで、オープンコミュニティでの技術の発展を推進している。
② アセット(ツール)の提供
IBM Verify Credentialsのようなパッケージ化されたアセットを提供することで、ブロックチェーン技術を、より迅速にビジネスに適用し、価値を早期に実現することを推進している。
③ ブロックチェーンのデータの信頼性を担保する技術の開発
ブロックチェーンに登録する情報の信頼性を担保する技術の開発として、Crypto Anchor(IBM Crypto Anchor Verifier)の研究を行っている。
Crypto Anchorでは、AIと工学イメージを組み合わせることで物質の特徴や違いをデジタル化、検証可能とする方法を提供する。それらの情報をブロックチェーンと組み合わせることによるデータの信頼性の向上が期待される。
Hyperledger Projectに見るブロックチェーン技術動向
前述したようにHyperledger プロジェクトは、Hyperledger Foundationが管理運営するオープンソースのブロックチェーンプロジェクトである。
Hyperledgerプロジェクトでは、Hyperledger FabricやHyperledger Iroha、Hyperledger Sawtoothなどのブロックチェーン、分散ID管理に特化したHyperledger Indy、EthereumクライアントのHyperledger Besuといったブロックチェーン基盤技術が開発されている。
またブロックチェーン基盤技術だけでなく、ブロックやトランザクションなどを可視化するHyperledger Explorer、サプライチェーンのデータモデルやスマートコントラクトロジックのフレームワークおよびライブラリを提供するHyperledger Gridなどの周辺技術も開発している。
とくに最近では、ブロックチェーンのインターオペラビリティや既存システムとの連携に関する次のプロジェクトが立ち上がっている。
インターオペラビリティに関するプロジェクト
DLT Interoperability:Weaver
Weaverは異なるブロックチェーンネットワーク間で資産の移転・交換のためのルーティングモジュール、スマートコントラクトや分散アプリケーションを相互に運用するためのモジュール、ネットワークメンバーのIDを共有・認証するモジュールを提供する(「Meet Weaver, one of the new Hyperledger Labs taking on cross-chain and off-chain operations」)。
DLT Interoperability:YUI
YUIはWeaverと同じく異なるブロックチェーンネットワーク間を接続するための技術であり、ブロックチェーン間のステータスやイベントを追跡するモジュールやクロスチェーンで動作するアプリケーション開発のモジュールを提供する(「Meet YUI, one of the new Hyperledger Labs taking on cross-chain and off-chain operations」)。
既存システム連携(Hyperledger FireFly)に関するプロジェクト
機密ファイルの共有やプライベートメッセージの送信を行うためのモジュールや、Fungible Token、Non-Fungible Tokenのスマートコントラクトやトークン管理の機能を提供する(「Introducing Hyperledger FireFly, a Multi-Party System for Enterprise Data Flows」)。
・・・・・
このように、ブロックチェーン技術の実ビジネスへの適用は、複数参加者間の取引の追跡性、耐改ざん性が付加価値を生み出す領域に継続して広く取り組まれており、サステナビリティや新型コロナへの対応など時代の潮流に合わせた新しいユースケースへの適用事例も続々と現れている。
合わせて、オープンコミュニティでの技術発展も継続して行われている。企業のデジタル変革(DX)、および革新的なビジネスモデルを支える鍵となる技術としてのブロックチェーンの動向にこれからも注目していきたい。
著者|
町田 武夫氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバルセールス事業本部 クライアントテクノロジー推進
シニア・アーキテクト
メインフレームシステムの技術支援から始まり、オートノミックコンピューティング、SOA(Service Oriented Architecture)やビッグデータなど先進技術に関するお客様の取り組みの支援を経て、現在、さまざまな業界でのブロックチェーンやクラウドネイティブプロジェクトの立ち上げ、および推進を技術面で支援している。
北爪 克洋氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング ブロックチェーンサービス
ブロックチェーン・アーキテクト
アーキテクトとしてブロックチェーン・プラットフォームの構想検討・要件定義・設計・開発を担当。また、ブロックチェーン技術に関する外部セミナー講師などを担当。
栗村 彰吾氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング ブロックチェーンサービス
ブロックチェーン・アーキテクト
ブロックチェーン・プラットフォームの構想検討、およびアーキテクチャ検討、要件定義・設計。また、ブロックチェーン技術に関する外部セミナー講師、Meetup主催などを担当。
*本記事は書き手個人の見解であり、IBMの立場、戦略、意見を代表するものではありません。
当サイトでは、TEC-Jメンバーによる技術解説・コラムなどを掲載しています。
TEC-J技術記事:https://www.imagazine.co.jp/tec-j/
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