APIエコノミーによる
オープン化
今日のビジネス世界では、業種業態を超えて企業がつながることに注目が集まっている。ウーバー症候群(Uberization)といった言葉にも見られるように、自社だけでできることには限界があり、業種業態の範囲を超えて新しいビジネスを創らなければ生き残れない。
こうした企業と企業の間を行き交うのは、データである。各企業がもつデータやサービスをAPI公開という手法でオープンにし、互いにその価値を高め合うことで、エコシステムが構築され、自社の差別化が図れる。この新たな価値を産むエコシステムをAPIエコノミーで実現しようというのが、今の世の流れである。
ProgrammableWebによると、2014年以降、毎年約2000以上のAPIが登録されている。この傾向からもやはり、新しいビジネスをAPI公開によって創出しようという流れが見て取れる。
APIエコノミーとは、企業の資産であるデータをデジタルサービスとしてインターネットで外部公開し、公開されたサービスを利用し合うことで新しいアプリケーションを素早く作り、そこから新規ユーザーを獲得して新たなビジネスを生みだすことである。
テクニカルな観点では、APIをセキュアに公開し、どう利用されるかを制御することが重要である。ビジネスの観点では、APIを介して既存のビジネス資産を利用してもらうことで革新的なビジネスのアイディアが生まれ、新たな収益につながると期待できる。これをAPIのマネタイズともいう。
APIをマネタイズする
4つのモデル
APIのマネタイズには現在、以下のような4つのモデルがある(図表1)。
1 Free(無償モデル)
API利用者であるアプリケーション開発者にAPIを無償提供し、高品質なアプリケーションを作ってもらうことで、API提供企業のブランド力の強化、新規ユーザーの獲得、既存サービスのチャネル拡大を狙うモデルである。
API提供者としては多くのエンドユーザーにサービスを利用してもらえる一方、API利用者はAPIを無償で利用できるため、自社アプリケーションに容易に組み込める。適用事例としてはSNSが多く、FacebookやTwitterなどが代表的である。
2 Developer Pays (開発者課金モデル)
API利用者がAPI提供者に支払うモデルである。公開したAPIを使う時に料金を徴収するもので、APIの利用回数が増加すれば一定の収益を期待できる。API利用者にとって、高価値なデータやサービスを提供しているかどうかが重要となる。
課金体系としては、Pay-As-You-Goやフリーミアムなどの方法がある。Pay-As-You-Goは最もシンプルで、利用した分に対して通常は月額などで課金する。フリーミアウムは、たとえば基本機能は無償、拡張機能は有償で提供するといった体系である。
開発者課金モデルの適用事例としては、リアルタイムに株価情報を提供するサービスや、健康年齢データを保険会社などに提供するサービスが挙げられる。また呼び出し数に応じて課金するIBM Watson APIや、ITインフラを従量課金のAPIで提供するAWSもこのモデルに属する。
3 Developer Gets Paid (開発者収益モデル)
API提供者がAPI利用者に支払うモデルである。APIの活用を促進するためにアプリケーション開発者に報酬を支払うもので、大きく2つある。
1つは収益分配型(コミッションと呼ぶ場合もある)で、APIの利用者数やデータ通信量などに応じて、API提供者が公開APIを利用するアプリケーション開発者に報酬を支払うモデルである。自社のビジネスチャンスを広げることを主眼としている。
API提供者としては、API利用者にアプリケーションを開発してもらえるので、自社でアプリケーションを用意する必要がなく、API利用者の数が増えることで、より多くのエンドユーザーがサービスを利用することになる。
またAPI利用者としては、優れたユーザーエクスペリエンスのアプリケーションを開発することで、APIの利用量に応じた報酬が得られるので、自社アプリケーションに組み込むモチベーションとなる。適用事例としてはスマートフォンユーザー向けの写真印刷サービスや、旅行比較情報を提供するExpediaなどが挙げられる。
もう1つはアフィリエイト型で、API利用者の開発したアプリケーションを通じて発生した売上の数%を支払うモデルである。APIを利用して成立した売上に応じて、一定率の報酬をAPI提供者がAPI利用者に支払う。
API提供者としてはAPI利用者の数が増えることで、自社サービスの販売機会が拡大して売上増が期待できる。またAPI利用者としては売上に応じて報酬を得られるので、自社アプリケーションへ組み込むモチベーションとなる。適用事例としてはアフィリエイトのAmazon associatesやGoogle AdSense APIが挙げられる。
4 Indirect(間接モデル)
APIの利用によって本来のビジネスモデルを推進させるモデルである。たとえばコンテンツやオファリングの認知度を高める、開発のスピードアップを上げるための社内利用など、間接的に収益を上げることが目的である。適用事例としては、サードパーティからコンテンツをアップロードするAPIを提供するYouTubeやTwitterなど。社内利用ケースでは既存の社内システム連携、資産へのセキュアなアクセス方法の提供、モバイル・アプリケーション開発の生産性向上などが挙げられる。
API公開に向けた課題
APIエコノミーの実現に際して、APIを外部公開するための考慮点は大きく4つある。
1つ目がセキュリティである。API提供者としては、単に外部公開しただけでは誰でもAPIが利用できてしまうので、API利用者を特定・制限するための仕組みが求められる。API利用者としては、パスワードなどを入力するサービスの場合、API利用者がセキュリティ情報を保持する必要があるため、セキュリティリスクに対応せねばならない。
2つ目が流量制御である。公開したAPIが外部から大量にアクセスされると、パフォーマンス低下やシステムダウンの恐れがあるので、呼び出し回数に制限を設けるなどの対策を講ずる。
3つ目が課金モデルの実装である。APIを有償で提供する場合、API利用者またはエンドユーザー単位でAPIの利用量を把握する。
そして4つ目がAPI仕様の周知である。APIを使ってもらうには、外部のAPI利用者に周知する仕組みが必要である。またバージョンアップにより仕様変更した場合、API利用者に連携する仕組みも重要となる。
API公開には前述のような課題への対応が求められる。APIの外部公開が増加し始めたため、さまざまなベンダーがAPI Managementと呼ばれるソリューションを提供し始めた。これらのソリューションは共通して、セキュリティ、ユーザー管理、認証、流量制御、トラフィック管理といった、API公開に向けた課題を解決する機能を提供している。公開するすべてのAPIがAPI Management基盤を経由して呼び出されるので、監視やポリシー管理などを容易に実行できるのが特徴である。
IBM API Connectとは
さまざまなベンダーがAPI Managementソリューションを提供するなか、IBMは「IBM API Connect」(以下、API Connect)を提供している。API ConnectはAPIの作成・実行・管理・保護を実現し、企業のAPI公開を支える包括的基盤ソリューション製品である。オンプレミスとクラウドの双方に対応している。
API Connectは、以下のコンポーネントで構成される(図表2)。API管理基盤の観点でいうと、メインコンポーネントは、APIをどのように制御するかをポリシーとして定義するための 「API マネージャー」、定義したポリシーに従ってAPIを保護・制御する「APIゲートウェイ」、API利用者がAPI仕様を参照・テスト実行するための「開発者ポータル」の3つである。
APIゲートウェイには、10年以上にわたり世界2000社以上の導入実績がある「IBM DataPower Gateway」を採用し、高いセキュリティ要件が求められるAPIを保護している。
メインとなるコンポーネント以外にも、APIの開発ツールとランタイムが提供される。「デベロッパーツールキット」を使うと、Node.jsベースのLoopBackフレームワークを活用して、データベースに対してCRUD操作するAPI群を数分で開発し、テスト、デプロイできる。APIマネージャーと連携して、外部公開することも可能である。
APIランタイムとしてはNode.js、またはWebSphere Application Serverの新しい軽量ランタイムであるWebSphere Libertyが利用可能である。ただしRESTful形式であれば、これらのランタイムがなくてもAPI Connectのエンドポイントとして登録できる。
マネタイズのための新機能
これまでもAPI ConnectではAPIアクセスの利用状況分析機能を提供し、課金情報に必要なアクセスログ出力に対応している。v5.0.7.2(2017年6月30日リリース)からは、さらに開発者課金モデルに対応するため、米Stripe社と連携した課金機能が新たに追加された。同社はECサイトなどに組み込めるオンライン決済用APIを提供しており、日本では2015年から展開し、円にも対応する。
Stripe連携の方法はシンプルで、APIマネージャーの設定の請求メニューから、自身のStripeアカウントで発行されるAPIキーを入力するだけで、StripeのPayment Gatewayへの接続が完了する。そしてプランに通貨、月額料金、トライアル期間、流量制御を設定して公開すれば完了である(図表3)。
API利用者は、開発者ポータルで自身のクレジットカード情報を設定すれば有償プランをサブスクライブできる。コードを書くことなく課金機能が使えるので、公開APIから迅速に収益を得る仕組みが実装できる。
以上のように、APIエコノミーを実現するには、APIを公開する目的やゴールを事前に決めることが重要である。どのモデルで収益を上げたいのか、本稿では触れていないがAPIの公開範囲、公開するデータやサービスも明確にする必要がある。
APIを外部公開するにはさまざまな課題があるが、API ConnectのようなAPI Managementソリューションを活用することでハードルが下がり、効率的に、かつ安心してAPIを公開できる。自社の新しいビジネスに向けて、APIエコノミー参画への第一歩を踏み出せるのではないだろうか。
著者 | 大脇 李奈
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
クラウド・ソリューション
クラウド・プラットフォーム
アドバイザリーITスペシャリスト
2008年、日本IBM入社。以来テクニカル・セールスとしてWebSphere Application Server、Bluemix といったアプリケーション基盤製品、クラウドサービスの技術支援に従事。その後、日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリングに出向し、現在はIBM API Connectを中心としたAPI管理基盤の設計・構築に携わっている。