新型コロナによる状況が「ニューノーマル」として捉えられるようになっている。ここでは、ニューノーマルへと至る経緯を最初に辿り、ニューノーマル対応のためのIT活用が国レベルでも提唱されていることに触れ、次に次世代の自動化コンセプトを紹介する。
緊急事態から
ニューノーマルへ
2月3日:横浜港に新型コロナの感染患者を乗せたクルーズ船ダイアモンドプリンセス号が入港し、新型コロナが社会問題化
2月27日:安倍首相(当時)が全国の小中高校に臨時休校要請の考えを公表
3月24日:東京オリンピック・パラリンピックの「1年程度の延期」を決定
4月16日:政府「緊急事態宣言」を全国に拡大(4月7日に7都道府県を対象に発出)
こう記すと、わずか7~8カ月前のことでありながら遥か以前のことのように思えるのではないだろうか。そして2月以降、新型コロナの状況に対処するためのさまざまな分析や提言がなされてきた。
そのなかで、新型コロナの影響で起きている社会的・経済的な変化の意味を印象的に示したのがマッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートである。
マッキンゼーは4月3日に「COVID-19:ブリーフィング・ノート グローバルヘルスおよび危機対応の観点から」と題するレポートを発表し、2カ月後の6月1日に同名のレポートの改訂版をリリースしている。
2つのレポートとも、新型コロナの感染・対策状況をグローバルに整理したうえで経済などへの影響を分析し、企業として取るべき施策を提言するという構成だが、内容は大きく異なる。
決定的な違いは、現在起きている変化は来るべき「Next Normal」への過程であり、コロナの感染状況がどのように変化しようともコロナ以前に戻るものではないことを、6月1日版で明記したことだ。
筆者の印象では、マッキンゼーのこの6月1日版レポートのあたりからNext Normalに相当する「ニューノーマル」や「新常態」という言葉をいろいろなところで目にするようになり、進行しつつある新型コロナによる変化の捉え方が大きく変わったと思える。
そして、この捉え方を決定づけたとも言えるのが、ニューノーマルへの変化を国のレベルで捉え、政策策定の視点に据えた、7月17日発表の「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」(以下、デジタル国家創造宣言)である。
政府のニューノーマル対応
「世界最先端デジタル国家創造宣言」
デジタル国家創造宣言は、昨年2019年6月に閣議決定された同名の計画を、新型コロナによる社会経済の変容を受けて抜本的に変更したものだ。
報告書は次のように記している。
「今般の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言は、一面では、働き手・学生・生活者それぞれが、オンライン化を実現できていない現状の不自由さを、分野・地域を問わず身をもって体験する初めての機会であった。この体験を一過性のものとして終わらせることなく、あえて言えばピンチをチャンスに、この機会に、我が国をデジタル技術により強靱化させ、我が国経済を再起動するとの考えの下、ITをユーザーの自律的な判断・行動を支援するツールとし、本格的・抜本的な社会全体のデジタル化を進める必要がある」
「コロナ後のニューノーマルの視点」として報告書が挙げるのは、「対面・高密度から『開かれた疎』へ、一極集中から分散へ」と「迅速に危機対応できるしなやかな社会へ」の2つである(図表1)。
前者については、「テレワークをはじめとするリモート対応が常態化・高度化し、場面に応じて、対面とリモートの最適な組み合わせも模索される。
これにより、時間や場所を有効に活用できる新しい働き方が定着し、一極集中の是正、地域の再興、地域からの発信、新しいエンターテインメントの創造が進む」と言い、後者に関しては、「さまざまなチャレンジの中から臨機応変に解決策が生まれる環境の整備として、オープンイノベーションの推進が重要であり、(中略)行政機関相互および行政機関と民間の間でのデータのやりとりがAPIを介して行われる『APIガバメント』や、APIの公開によって自社だけでなく他社のサービスも活用して利便性を高めていく『APIエコノミー』の発展を図っていくことが求められる」と明記されている。
ITを活用したニューノーマルへの対応が国レベルでも必要になっている、ということである。
RPA、AI、BPMを統合する
ハイパーオートメーション
一方、民間レベルでは、アフターコロナやニューノーマルなどのキーワードの下に、企業における次世代のIT活用のあり方についての考え方・コンセプトがさまざま登場している。本稿では、そのなかの2つのコンセプトを紹介したい。
1つ目は「ハイパーオートメーション」である(インテリジェントオートメーションやデジタルプロセスオートメーションとも呼ばれるが、内容・考え方はほぼ同じである)。
ハイパーオートメーションとは、RPA、AI、機械学習、BPM(ビジネスプロセス管理)などの複数のコンポーネントの連携によって実現する、新しい次元の業務自動化コンセプトである(図表2)。
RPAは、そのなかでも最も重要なコンポーネントの1つである。しかし、RPAツールは人の反復的なタスクを模倣してロボットを作成できるものの、ルールベースの構造的な作り方しかできないため、タスクを組み上げてAI的な処理を行うとか、環境を判断してタスクの内容を適宜選択するといった作り方は不可能である。
最近、この制約を打破するためにRPAツールとAIや機械学習サービスを連携させる例が増えている。ハイパーオートメーション化の方向にある動きである。
たとえば、三和コムテックのRPAツール「AutoMate」は、10月1日にリリースしたバージョン11.4でマイクロソフトの機械学習ライブラリ「ML.NET」との連携機能を搭載した。AutoMateからML.NETへデータを渡すと、ML.NET側で「分類・カテゴリ化」「異常検出」「推奨」などの処理を行い、その結果をAutoMateへ返す仕組みを組むことができる。
従来のAutoMateで可能なロボット化の領域を大きく広げる機能で、今後は、TensorFlowやONNXなどの機械学習ライブラリへの対応も予定しているという。
もう1つ、BPM(ビジネスプロセスマネジメント)もハイパーオートメーションの重要なコンポーネントの1つである。
ハイパーオートメーションの特徴は、単一のツールで可能な自動化の範囲を超えて、より複合的な、より複雑なプロセスや業務ルールを組み合わせて自動化を実現できることである。
ただし、企業のなかには組み合わせてはいけないプロセスや業務ルールもある。また、あるプロセスを別のプロセスと統合したとき、それが新しいシステムのなかでどのような役割を担い、どのようなリスクがあるかを判断する必要もある。
BPMツールはハイパーオートメーションのなかで、プロセス統合の計画・実装・管理を可能にするツールだ。既に日本IBMの「IBM Robotic Process Automation with Automation Anywhere」のように、RPAツールとBPMツールのセットを3年前から提供している製品もある。
この1~2年、RPAやワークフロー、プロセス分析、メッセージングのベンダー間でM&Aが活発に行われている。
たとえば、RPAベンダーのUiPathによるプロセス分析のProcessGoldやプロセス文書化のStepShotなどの買収、Automation AnywhereによるワークフローベンダーKlevopsの買収などだが、いずれもハイパーオートメーションを目指す方向にある。
調査会社ガートナーは、2024年までに企業はハイパーオートメーションの導入を急速に進め、業務コストの30%を削減する、と予測している。
リモートベースの開発・運用フレームワーク
IBM「Dynamic Delivery」
2つ目は、「コロナに立ち向かう」としてIBMが推進する「Dynamic Delivery」である。
これは、リモートワークが常態化したときの開発・運用の進め方を定義したフレームワークで、ニューノーマル時代を見据えたIBMのサービスデリバリー戦略と言えるものだ。
これまでのような拠点やオンサイトで開発・運用が行えず、リモートからの作業を余儀なくされたときに、いったい何が必要になるのか。それをIBMの知見と経験を結集して包括的にまとめたのがDynamic Deliveryである。
ただし、現在公開されている資料では、たとえば開発メンバーやステークホルダーがリモートに分散していて、そのなかで要件定義を行うとき、計画の策定、要件定義、進捗の確認、成果物のレビューなどを具体的にどのように進めるのかは、詳細には記されていない。
しかしながら、大規模な開発・運用をすべてリモートで行うためのフレームワークという発想の先進性やその内容は、コロナ下において開発・運用に苦労する企業にとって大いに参考になるのではないかと思われる。
Dynamic Deliveryは、次の3つの基本要素で構成される(図表3)。
・デリバリーのための基盤とツール
・メンバー/チームのマネジメント
・非接触デリバリーを可能にするメソッドとガバナンス
デリバリーのための基盤とツール
Dynamic Deliveryのためのプラットフォームはクラウドである。各種リソースへの接続性と、さまざまなツール/リソースをスピーディに利用・提供できる点、安定性と拡張性に優れる点が基盤とする理由である。
実際にプロジェクトを編成するときは、SOCOCOのようなオフィスレイアウトを再現するツールを使って「仮想オフィス」を作成することが推奨されている。メンバーはその“オフィス”を仮想現実として、ZoomやSlackなどのコラボレーションツールを使ってプロジェクトを進める。
そのほか、次のようなツールが推奨されている。
●コラボレーション:Webex、Zoom、Slackなど
●プロジェクト管理:JIRA、Trelloなど
●情報管理:MURAL、GitHub、SharePointなど
●プロセス分析:IBM Process Discovery Accelerator、Celonis、Worksoftなど
●プロセスマッピング:Bluework slive for ProcessDesign、Visio、Boなど
●テレメトリ:ServiceNow、IBM Service Deskなど
●各種セキュリティ
メンバー/チームのマネジメント
リモートでの開発・運用では、プロジェクトの進捗やチームの状況、問題・課題を、常にツールを介して確認し、あるいは報告・連絡することが必要になる。
このこと自体は今でもふつうに実践されていることであり目新しくはないが、Dynamic Deliveryではメンバー間の信頼性やエンゲージメントをどう築くか、モチベーションをどう保つかについて、基本要素として注意を向け、さまざまな取り組みを示唆している。
ポイントとして挙げているのは、バーチャル環境において必要になるリーダーシップ、メンバーを選抜する基準、技術サポートやスキル開発を促進するためのナレッジマネジメントとそれに対応するツール、の3つである。また、メンタルケアや健康促進のための支援プログラムの必要性についても触れている。
非接触デリバリーを可能にする
メソッドとガバナンス
Dynamic Deliveryを実現する方法として挙げられているのは、次の3つである。
●バーチャル空間で実施されるIBM Garage(デザインシンキング)によって定義されるプロジェクトの開発・運用方法
●デジタルプロセスをベースとする契約や取引
●デジタルダッシュボードを用いて促進されるプロジェクト全体のガバナンス
このうち最後の「ガバナンス」については、ほぼリアルタイムのアプローチが不可欠として、プロジェクトの関係者をつなぐコラボレーション基盤(「コマンドセンター」と呼ぶ)の必要性を説いている。
コマンドセンターは、次のような機能を提供する。
●プロジェクト全体の状況を示すビュー
●デリバリーの状況だけでなく、セキュリティやネットワークの稼働状況も監視可能なリアルタイムダッシュボード
●イノベーションジャムやハッカソンなどを大規模に展開可能なイノベーションコーナー
●ゲーミフィケーションを活用したチームビルディングとグループ学習の促進機能
●メンバー個々のスキルアップやステータス管理に利用できるパーソナライズされた個人用ダッシュボード
IBMは、Dynamic Delivery導入のメリットとして、「予期し得ない事態が起きても開発・運用を継続できる」「グローバルな基準に基づく人材を常に適切に配置できる」「デリバリーのスピードと規模を飛躍的に高めることができる」の3点を挙げている。日本でどのように展開されるか現時点では不明だが、期待される。
[i Magazine 2020 Autumn(2020年10月)掲載]
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