小原 盛幹氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
技術理事 東京基礎研究所 副所長
TEC-Jプレジデント
AoTからOICへ
オープンコミュニティへの変化に追随
i Magazine(以下、i Mag) 最初にご経歴を簡単に教えてください。
小原 1986年に日本IBMに入社しました。研究者として東京基礎研究所(IBM Research)に入ったあと、スタンフォード大学で博士号を取得し、米ニューヨークのワトソン研究所やサンノゼの基礎研究所、そして東京基礎研究所などで研究活動に従事してきました。もともとの研究分野はシステムおよびシステムソフトウェアですが、最近は「AI Hardware Ecosystem」のIBM Researchグローバル・リーダーとして、AIハードウェアのためのソフトウェアを研究し、そのエコシステムについても活動しています。
i Mag TEC-Jのプレジデントに就任されたのは、いつですか。
小原 TEC-Jの活動には、ステアリングコミッティのメンバーとして運営に関わったり、バイスプレジデントを務めたりで、この10年ぐらい携わっていますが、プレジデントに就任したのは2023年1月です。任期は2年ですから、いちおう2024年12月までになります。
i Mag プレジデントに就任されたとき、なにか具体的なミッションがあったのですか。
小原 TEC-Jは業務ではなく、社員の自主的な活動、いわゆる学校の課外活動のようなものですから、明確なミッションはありませんでした。基本的には「やりたいようにやる」のが方針です。ただ私がプレジデントに就任した2023年は、TEC-Jの外部環境に大きな変化がありました。
もともとTEC-Jは、IBM Academy of Technology(以下、AoT)というグローバルをカバーする組織の日本支部という位置づけでした。このAoTが2023年に大きな組織改革を実施したのです。
AoTはそれまで、「選別された技術者による閉じたコミュニティ活動」というイメージで、特定の技術者がIBMのエグゼクティブに提言するようなことをしていました。 あまり情報の外部発信には積極的ではありませんでしたが、世の中がオープンコミュニティへ移行している背景もあり、AoTは「Open Innovation Community」(以下、 OIC)と名称を変え、もっとオープンなコミュニティになるべく大きな方向転換を図りました。誰でも参加でき、誰でも情報を発信・共有できるような組織に変わろうとしたわけです。
日本支部であるTEC-Jも、それに伴って、OICと連携したコミュニティドリブンな活動へと舵を切りました。たとえばOICに登録し、研究成果をグローバルに発信するなどといった活動ですね。この年のTEC-J全体をカバーするスローガンは、AoTからOICへの変革という意味を込めて、「Transformation」を掲げました。
TEC-Jの価値を
若い社員、社歴の浅い社員に訴求していきたい
i Mag 具体的にはどのような活動を展開していったのですか。
小原 OICでは月2回、「OIC Showcase」と名付けた研究成果の発表会をグローバルに開催しています。1回あたり2~3件の発表があるので、だいたい月に6件程度、世界中の研究成果が発表されます。日本チームもこれに参加しています。
またグローバル全体ではなく、アジア太平洋地域を対象にした「APAC OIC Showcase」も開催しています。これにはASEAN諸国、インド、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、そして日本が参加しています。今年の8月に第1回を開催し、11月に2回目を開催しました。このように日本以外に向けても広く発信することを念頭に置いた研究活動を展開していこうとしています。TEC-Jからは「watsonx」、すなわち生成AIを利用して多彩なユースケースを作成する「watsonxコンテスト」の取り組み内容などを発表しています。
i Mag TEC-Jはどう変わってきているか。ここ数年におけるTEC-Jの変化をなにかお感じになりますか。
小原 先ほど申し上げたように、TEC-Jは自主的な活動であり、参加は各社員の意思・裁量に任されています。現在は500人程度が参加し、それぞれの研究テーマを掲げたワーキンググループが60くらい活動しています。開催頻度は各ワーキンググループに任されていますが、平均すると月1~2回というところでしょうか。
これらの研究テーマの変化という意味では、まず生成AIをテーマに掲げるワーキンググループが増えていることが挙げられます。昨今のIT市場のトレンドに沿った動きと言えますね。
それから日本IBMとして初めてデザイン分野の技術理事に就任した柴田英喜がTEC-Jに参加したことで、デザインをテーマにしたカテゴリが加わりました。メソドロジーからUX、コミュニケーション戦略など、デザインをテーマに掲げたワーキンググループが増えたことも最近の変化として挙げられます。
i Mag TEC-Jが抱える課題はなにかありますか。
小原 先日、当社の代表取締役社長である山口明夫から、「TEC-Jは若い人が少ないね」と指摘されました。確かにそのとおりで、このコミュニティには比較的長く携わっているメンバーが多いせいか、わりと新顔が少ない、若手が少ないという傾向があります。これが課題といえば、課題ですね。入社したばかりの若手社員、あるいは社歴が浅いというか、途中入社してまだTEC-Jの存在を知らない社員に対して、TEC-Jの存在や価値を訴求し、参加を促すことが必要です。
i Mag TEC-Jの価値をどのように訴求していきたいとお考えですか。
小原 普段の業務はお客様、あるいは上司や先輩から課題を与えられて、その解決策を必死で考え、提案書やプログラム、ソリューションの形に具現化することが中心です。課題や仕事が最初に与えられるわけで、これは多くの職種に共通することでしょう。
しかしTEC-Jでは「課題はなにか」から考える、つまり問題として何をどう捉え、それをどう解決していくかを見極める力を培っていくことが重要です。今までより少し目線の高い考え方が身に付くので、必ず将来のキャリアアップに役立つと思います。
若い社員、社歴の浅い社員たちにアピールする方法としては、動画やYouTubeなど新しい媒体での訴求を考えています。また社内に閉じた活動にせず、時にはお客様やビジネスパートナーの方々など、広く外部と交流していくことも重要です。たとえばいま、日本IBMの技術理事と他社の技術リーダーが交流する試みも行っており、社外のテクニカルコミュニティと交流することも視野に入れています。
i Mag 今年のTEC-J全体のスローガンを教えてください。
小原 「AI as Foundation」というスローガンを掲げています。生成AIは急速に広がっていますが、一種の新しいソリューションという見方がされているようです。しかし古くはIBMのメインフレーム370がインストラクション・アーキテクチャというレイヤーを定義する役割を果たし、Javaが登場したことで新たな仮想化レイヤーが生まれたように、生成AIは新たなコンピューティングレイヤーとして役割を果たしていくのだと考えています。
TEC-Jでもこの視点で、生成AIを新たなビジネス基盤として、そしてもちろんIBMのビジネス戦略を支える重要な柱として、さらに自分たちの活動や業務の生産性を向上する身近な道具としても考えていきたいですね。
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