IBM iクラウドの利用は
急速に伸びている
i Magazineでは2010年1月号で「クラウドコンピューティングへ進化するデータセンター」と題する特集を行って以来、2013年、2015年、2018年、2021年、2022年の計5回、IBM iクラウド特集を組んできた。2013年の特集「選択肢が増え、より身近になったIBM iクラウド」では、サービスの拡充を進めるJBCCを詳しく紹介するとともに、データセンター専業のIIJグローバルソリューションズの市場参入や、自社クラウドセンターの建設に乗り出すSIerのソフラの動きなどをレポートした。
そして2018年の特集「IBM iクラウド導入9パターン」では、取材した5社(日本情報通信、IIJグローバルソリューションズ、JBCC、ベル・データ、福岡情報ビジネスセンター)のIBM iクラウドのユーザー数を「300社程度」と推計した。
今回の特集で取材したベンダー13社のIBM iユーザー数の合計は、推定で「550社程度」である。つまり2018年〜2023年の5年間にユーザー数は「約2倍に増加した」と弊誌は見る(図表1)。
ユーザーの増加は、弊誌が2023年に実施した「IBM iユーザー動向調査2023」でも確認できる。IBM iの運用基盤を尋ねた設問では、「クラウドで運用中」が前回調査(2022年)よりも4.2ポイント増加して10.1%となり、初めて10%を超えた(図表2)。
またIBM iクラウドの用途を尋ねた設問では、「IBM i上のシステムの一部または全部を現在クラウドで運用中」が5.4ポイント増えて12.3%、「IBM iのデータバックアップ先として、現在クラウドサービスを利用中」は5.9ポイント増えて9.0%となった(図表3)。
クラウドへの移行は
ユーザー課題の解決策
今回の特集では、IBM iクラウドへ移行したスウェーデンハウスと、クラウドをプラットフォームとしてIBM iのモダナイゼーションを進める安田倉庫の2社のユーザー企業を取材した。
スウェーデンハウスは、IBM i上のシステムの保守・運用を、ベテラン社員の退職後、外部のパートナーに委託していたが、「いつまでこの体制を続けられるか見通しが立たない」という懸念をもっていた。また過去にWindowsベースの基幹システムで深刻なトラブルがあり、安全な基盤を求めていた。同社はその解決策として、IBM iとWindowsの両方をクラウドへ移行した。情報システム部の栗本亮二次長は、「クラウド化によってマンパワーに余力が生まれ気持ちの余裕ができたので、レガシー化した基幹システムの改築などに進んでいけます」と移行効果を話す。
安田倉庫は、基幹の総合物流システムをIBM iを軸に長年にわたり安定稼働させてきたが、デジタル化の新しい取り組みについてはIBM iでは思うように進められないという課題とジレンマを抱えていた。その解決策として選択したのが、AWSとIBM iで構成されるハイブリッドクラウドへの移行である。執行役員で情報システム部長の木下徹氏は、「今まではIBM iの領域内でしか新しい開発に取り組めませんでしたが、今後は外部のクラウドサービスなどを活用しながらモダナイゼーションを進められる基盤が整いました」と評価する。
IBM iユーザーが抱える課題が多岐にわたることは、「IBM iユーザー動向調査2023」の結果でも示されている。「情報システム全般の課題・問題」への回答では、回答者の約3/4(72.3%)が「システム要員の不足」を挙げ、「システム戦略に関する企画・立案力の不足」や「IBM iスキルの不足」「最新技術に関する情報収集・実装・構築力の不足」などが上位にランクされている。クラウドへの移行は、そうした課題の解決策として選択されていると考えられる(図表4)。
ただし、それらの課題は突如として浮上したものではなく、15年前の「IBM iユーザー動向調査2009」でも示されている。となると最近の増加は、ベンダーの取り組みが影響していると見ることができるだろう。
サービスの使いやすさや品質向上
サービスの拡充を継続
今回の取材で「IBM iユーザーのクラウド利用が増えている理由」をベンダー各社に尋ねたところ、「本番利用の事例が多数公開されるようになってユーザーの安心感が増し、本格的な検討へ進むユーザーが増えた」という回答が大半を占めた。この「安心感」の背景には、クラウドサービスの使いやすさやサービス品質の向上、サービスの拡充などベンダーの取り組みがあるようだ。
日本IBMは最近、Power Edge RouterとIBM Cloud Transit Gatewayという新しいルータとゲートウェイをリリースした。これはPower Virtual Server(IBM Cloud)を利用する際のネットワークの構築・設定をパネル上の操作程度で済ませられるもの。「クラウドを利用する際の最大のネックであるネットワーク構築・設定が格段に容易になります」と、日本IBMでは説明する。
こうした取り組みは、他のIBM iクラウドベンダーでも進められている。たとえば、ユーザーが使用中のネットワーク設定を変えずにクラウドサービスを利用可能にするL2延伸や、大量のデータ処理に対応するためのフラッシュストレージの採用、災害・障害対策用としてのストレージレベルのレプリケーション、アプリケーション保守の拡充などである。
その一方、IBM iクラウドの利用が増えるにつれて、ベンダー側でもさまざまな課題が浮上している。
1つは、インフラ技術者の不足。クラウド基盤やネットワークの設計・構築・運用を担える技術者が「枯渇している状況」という。またクラウドセンターを維持するためのIBM Powerや諸設備のコストが上昇し、事業・経営を圧迫している。
ベンダーは3つの方向で
取り組みを加速
ベンダーはこれらの課題を解決するために、現在、3つの方向で取り組みを加速させている(図表5)。
1つ目は、PowerVSの活用へ向けて自社リソー
スを集中させているベンダーである。JBCC、イグアス、MONO-X(3月にオムニサイエンスから社名変更)などがこれに当たる。
2つ目は、融合・協業を進めるベンダーである。日本情報通信とベル・データはこれまで個々に推進してきたIBM iクラウドサービスを「PowerクラウドNEXT」として一本化し、共同で推進していく提携を交わした。サービス基盤の企画・運営は日本情報通信、営業と付加価値サービスの提供はベル・データの担当という。
そして3つ目は、独自路線を進むベンダーの取り組みの拡充・深化である。データセンター事業者で2018年にIBM iクラウドをスタートさせたイーネットソリューションズは直販からパートナー経由の販売に全面的に切り替え、さらにアプリケーション保守の拡充を図っている。ソフラは新しい「よりパブリッククラウドに近い」(同社)サービス体系を導入し、ユーザーの要望にきめ細かく対応できる体制を整えた。また「SOFLAブランドサイト」と呼ぶマーケティングサイトを立ち上げ、ネット経由の営業・販売を推進する。
IBM iクラウドサービスの歩みを、主要ベンダーが参入しサービスの地固めをしていた2010〜2020年を「初期段階」とすると、PowerVSがスタートした2020年から現在までを「飛翔期」と言うことができる。
「IBM iユーザー動向調査2023」の「IBMの今後(3〜6年間)の計画」では、オンプレミスからIBM iのクラウドサービスへ移行するユーザーは、前回調査とほとんど変わらず16.5%となっている(図表6)。
これがどのような理由によるものか、さらに飛翔期がどのような推移を辿るかは、また別の特集が必要なようだ。
[i Magazine 2024 Spring掲載]