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2050年カーボンニュートラルに向けてグリーンIT ができること ~グリーンITの必要性と具体例、今後に向けた課題と展望

Text=久波 健二、芝田 博倫、鈴木 綾 (日本IBM)

昨今の異常気象をはじめとした気候変動により、社会全体としてサステナビリティに取り組む機運が高まっている。

しかし、これまで利益を追求しない社会貢献活動として位置づけられることが多かったサステナビリティについて、自分もしくは自社には関係ないと考えている人は未だ多いのではないか。

政府主導の温室効果ガスの排出を全体としてゼロとする「カーボンニュートラル2050」(環境省「脱炭素ポータル」)に向けて、企業は長期的な視点でDX同様にビジネスモデルそのものの変革による対応が必要となっている。

日本でも同じ内容のサービスを比較し、環境への負荷が低いものを選択する時代が直前に迫っている。

そのため、脱炭素社会構築に向けて情報技術(IT)を用いて社会や企業の環境負荷低減につなげる技術であるグリーンITの導入は、情報社会である現代では必要不可欠といえる。

本稿では、グリーンITの必要性、具体例を説明したのちに、今後の発展に向けた課題と今後の展望を概観する。

グリーンITはなぜ必要か

サステナビリティに対する考え方の変化と現状

サステナビリティに対する具体的な取り組みには、2015年9月の国連サミットにて加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標であるSDGs(持続可能な開発目標)がある。

SDGsにあるどの目標も、“貢献”という立場ではなく、当事者として他者と共創していかねば達成できない、長年解決されていない社会課題となっている。

そのため企業は、社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを通じて、社会の持続可能性の向上を図るとともに、自社の長期的かつ持続的に成長原資を生み出す力(稼ぐ力)の向上とさらなる価値創出へ向けての変革、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を実践する必要があるとされる(経済産業省『伊藤レポート3.0』(SX版伊藤レポート)、2022年8月30日)。

特に目標13の気候変動に関しては、2040年までに最低でも1.5度の気温上昇(Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC) “IPCC Sixth Assessment Report 2022、Summary for Policymakers” )が見込まれており、気温上昇による海面上昇は上昇幅を1.5度に抑えても約2~3m、2度以内でも約2~6mに達すると予測され喫緊の課題である。

しかし日本の現状を見ると、2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減、2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言している。しかし2023年12月に開催された気候変動対策を話し合う国連の会議「COP28」にて、日本は石炭火力発電所などを延命させ、再生可能エネルギーへの移行を遅らせているとして、気候変動対策に消極的だと判断した国に贈る「化石賞」を受賞しており、目標に対し芳しくない進捗である。

なぜ今、グリーンITの導入が求められるのか 

このように社会全体でCO2排出量を減らすことが求められているが、情報技術(IT)によるCO2排出量は AIやデータセンターの利用拡大により増加の一途をたどっている(図表1)。(THUNDER SAID ENERGY the research consultancy for energy technologies “What is the energy consumption of the internet?”、2023年4月

図表1 デジタルインフラによる消費電力の推移と予測(出典:THUNDER SAID ENERGY)

今後さらに爆発的な利用の拡大が想定されるAIによるCO2排出量は、人間の1年間の生活の約56倍、車のライフタイムの約5倍となるという研究結果もある(図表2)(Strubell et al. “Energy and Policy Considerations for Deep Learning in NLP”、2019年)。

図表2 CO2排出量ベンチマーク(出典:ACL Anthology)

つまりAIを利用することは、非常に便利で大きなメリットもあるが、その対価として多くのCO2排出が行われているという事実がある。

また老朽化したデータセンターは電気使用効率が悪化し、多くの電力を消費することがわかっており、現在設置後20年を超えた老朽化したデータセンターは全体の45%を超えている(日本データセンター協会 「2015年度市場調査のまとめ」、2016年)。

データセンターは資源エネルギー庁のベンチマーク制度の対象業種へ追加することが2022年に決定され、データセンターのエネルギー消費効率についての国際的な指標であるPUE(Power Usage Effectiveness)をベンチマーク指標とし、目標値は1.4以下に設定された。

そのため電気使用効率を改善し、電力の無駄な消費を減らすためにデータセンターの若返りを行うことが求められている。

グリーンITは何をすればよいのか 

グリーンITはシステムの調達から運用まで

グリーンITは「情報システムそのものの環境負荷低減(Green of IT)」と「情報システムによる環境負荷低減(Green by IT)」の2つの側面がある(国立研究開発法人 国立環境研究所 環境技術解説『グリーンIT/IoT』、2021年)。

Green of ITは、IT機器の消費電力を削減することを指し、Green by ITは、ITを活用して人や物の移動を減らしたり、資源の消費を抑えたりすることでCO2排出量を削減する取り組み全般を指す。

そのため、同じグリーンITでも電力消費を削減する対象が大きく異なる。一方で、ビジネスモデルそのものを長期的な視点で変革していくには、どちらかに偏った戦略をとるのではなく、長期的なサステナビリティ全体の戦略や目標を立てることで、両方をバランスよく実施していくことが重要である。

たとえば図表3にシステムのライフサイクルを通じたCO2削減を行う、グリーンITの適応範囲について示す。

図表3 システム開発・運用保守におけるグリーンIT適用範囲

システム開発段階では、調達時にエネルギー効率のよいインフラに組み替え、構築時に手作業から自動化等を活用し生産性向上による工数の削減を行う。

さらにシステム運用保守段階に至ると、保守時にリアルタイムでモニタリングを行うことで見える化し、継続的なリソースの最適化を行う。

システム開発におけるグリーンITの導入例

グリーンITに対応するためにITベンダー各社より製品やソリューション、それらを含めたコンサルティングサービスが数多く提供されている。

ここでは「省エネを考慮した設計・開発ガイドの活用」に適用される、特定の製品やソリューションに依存しない、設計原則(Green IT Design Principles)やプログラミング規則(Green Coding)について紹介する。

(1)グリーンIT設計原則(Green IT Design Principles)

グリーンITに対応した設計原則は、エネルギーを消費する資源(CPUやストレージ、ネットワーク)に対して、エネルギー消費量と炭素排出量を減少させるための9つの原則がある(図表4)。

図表4 グリーンIT設計原則(Green IT Design Principles)

これらの設計原則をどのように適用するか。たとえば、運用中のシステムを更改するようなケースを考える。

既存のサーバーをどのように更改するかには、優れたハードウェアの選択(Smart Hardware Choices)や使用率の増加(Increased Utilization)といった設計原則を適用できる。

オンプレミスにサーバーを構築する場合、優れたハードウェアの選択に基づき、エネルギー効率の高い新しいハードウェア機器を利用する構成をとる。また、使用率の増加に基づき、サーバー上で動作させるアプリケーションの集約率を高める。

システムをパブリッククラウドに構築するのであれば、プラットフォームと製品の最適化(Platform & Product Optimization)や仮想化の増加(Increased Virtualization)の設計原則を適用できる。

従来のモノリシックなアーキテクチャで作られたアプリケーションを、プラットフォームと製品の最適化および仮想化の増加に基づき、マイクロサービス化し、システムが消費するエネルギー効率を向上させる。

運用するシステムの消費エネルギーを計測することも重要である。オペレーショナル・エクセレンス(Operational Excellence)の設計原則では、システムが出力する炭素排出量を測定する仕組みの導入が求められている。

測定した炭素排出量のデータを分析し、よりエネルギー効率のよいシステムになるようキャパシティや利用サービスを見直す。

(2)グリーン・プログラミング規則(Green Coding)

エネルギー消費量を削減するには、エネルギー効率の高いアプリケーションを開発することが重要となる。

グリーンITに対応したプログラミング規則とは、エネルギー消費量の削減を目的に、プログラミングの問題を解決するために作成された規則のことである。

図表5の各項目をチェックリストとして物理サーバーおよびシステム上のリソース要求(CPU、メモリ、ネットワーク)を削減するコードを作成できる。

図表5 グリーン・プログラミング手法(Green Coding)

たとえば適切なプログラミング言語の選択(Choice of Programing Language)により、同じ機能でもエネルギー効率の高いプログラムの開発が可能となる。

図表6は、C言語のエネルギー効率(Energy Index)を1としたときの各言語のエネルギー効率を示している(『Energy Efficiency across Programming Languages』)。

 

図表6 Energy Efficiency across Programming Languages

プログラミング言語の選択では、その言語で利用可能なドライバやプロフィットツール、静的なコード解析ツールを踏まえた上で、最もエネルギー効率の優れた言語を選択する。

たとえば、APIコンポーネントを開発するような場合、JavaやJavaScriptがよく使用されるが、図表6のエネルギー効率を見てみると、Javaが1.98に対して、Java Scriptは4.45であり、2.2倍ほどエネルギー効率に差がある。

利用可能なドライバなどに問題がなければ、Java Scriptよりエネルギー効率の優れた Javaを選択する。その他、よく使用される言語に着目してみると、JavaとPythonでは約40倍もエネルギー効率に差があり、適切な言語を選択することが重要であることがわかる。

グリーンITの課題と今後の展望

前述のとおり、昨今の生成AIをはじめとするAIのさらなる活用により、莫大な電力消費とCO2排出が予見されている。

これに伴い、自社のみで必要なリソースの柔軟な確保と統合管理が困難となることから、システムを自社で保守する形態(オンプレミス)から、クラウドサービスや外部データセンターの利用といった他社を活用する形態(アウトソース)による対応はさらに進むと考える。

一方で、これまで日本は「カイゼン」活動の一環として、システムのリソース最適化や効率化によるコスト低減・生産性向上を進めてきた実績があり、欧米企業と同様に、グリーンIT視点の対応、たとえば再生可能エネルギーの活用やCO2排出量削減は、その費用対効果(ROI)の算出と妥当性の説明が難しい。

さらにサステナビリティ対応では、法制遵守のための対応状況レポートの作成や公開といった対外的なアピールも追加で必要となる。

そのため、単独案件ではなく既存システムの老朽化に伴うクラウドサービス移行等のモダナイゼーション作業の付加価値としてグリーンIT対応に取り組むことが適切なアプローチの1つと考えられる。

現状調査でグリーンIT視点を加えて可視化し、達成状況を把握することが重要な第一歩となる。

 

著者
久波 健二氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ハイブリッド・クラウド・サービス
技術理事 
ハイブリッド・クラウド・サービス担当CTO

大規模で複雑な開発プロジェクトにて、ITアーキテクチャ策定から本番稼働まで幅広く参画し、お客様の成功を支援。アーキテクトCoC(Center of Competency)リーダーとしてアーキテクト人材育成を推進。

著者
芝田 博倫氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ハイブリッド・クラウド・サービス
インフラストラクチャー・スペシャリスト

2022年、日本IBMに入社。クラウド・モダナイゼーション検討やアーキテクチャ・ガバナンスに従事。

著者
鈴木 綾氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
ハイブリッド・クラウド・サービス
ITスペシャリスト

2023年、日本IBMに入社。テストエンジニアとして、テストの自動化に従事している。大学院時代の研究バックグラウンドを活かし、グリーンITタスクに参画している。

*本記事は筆者個人の見解であり、IBMおよびキンドリルジャパン、キンドリルジャパン ・テクノロジーサービスの立場、戦略、意見を代表するものではありません。


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