株式会社イーネット
本社:宮城県仙台市
設立:1998年
資本金:1000万円
売上高:3億3800万円(2021年度)
従業員数:31名
事業内容:生鮮流通(水産品、青果品、加工食品、精肉製品、総菜品、日配品、資材包材など)に関する物流を起点とする情報システムの構築・運用事業、自社開発・自社管理システムを用いたASP事業、ソフトウェア開発・販売事業
https://www.sendaisuisan.co.jp/group/e-net/
グループ企業の仙台水産のルーツは、仙台藩の藩祖・伊達政宗が仙台へ移り(1601年)、城下に築いた肴町の魚問屋にまで遡る。以来、歴代藩主の食材献上や藩内の魚流通の役割を担う老舗の歴史をもつ。1998年設立のイーネットは、生鮮食品ビジネスに関する幅広い知見と先進的な技術力を武器に、「クラウド型生鮮流通WEB-EDI」「生鮮卸売市場音声現場入力システム」「AI請求書読取システム」などを開発し、事業を拡大している。
仙水グループ24社の情報処理
外販先は80社・1500店舗
宮城県仙台市に本社を構えるイーネットは、水産物専門商社「仙台水産」とそのグループ企業の情報処理会社で、生鮮食品の物流・商品・請求精算に関する情報システムの構築・運用を主業とする会社である。現在、仙台商産をホールディング会社とする仙水グループは24社あり、イーネットはそのすべてのシステム構築・運用を担うが、売上に占めるグループの割合は約3割、7割が外販という。
外販の取引先企業は、量販店・小売店、卸売会社・仲卸会社、食品・食品資材メーカー・出荷者など80社。それらの総店舗数は1500を超え、東北6県を中心に北海道、山梨、山口などへと商圏を広げる。
情報処理事業としては、取引先ごとのシステム構築・運用やASP事業のほか、自社ソフトの開発・販売なども手がける。紙またはデータで送付されてくる請求書をAI文字認識で処理し、照合・支払い指示などの業務を効率化する「AI請求書読取システム」、入荷・荷受・販売などのすべての業務処理を現場での入力で済ませるリアルタイム販売管理システム「AMANAS(アマネス)」など先進技術を活用したソフトウェアを提供中である。
そしてこれらのフロントシステムを支える基幹システムの大半を日立メインフレーム上で稼働させてきたが、日立がメインフレーム事業からの撤退を表明したのを受けて、2015年から別プラットフォームへの移行を検討し、今回IBM iへの全面的な移行を実現した。本事例はそのレポートである。
2010年代前半に
メインフレームの終了案内
同社の日立メインフレームの利用は1988年にさかのぼる。以降、5〜6年ごとに上位機へ移行し、そしてその間バックオフィス向けシステムはメインフレームで、フロントオフィス向けシステムはオープン系を中心に開発してきた。また2002年には社内統計システム用にiSeries(現IBM i)も導入した。
同社が日立からメインフレーム事業終了の案内を受けたのは2010年代前半。そこで2015年に「正確」「スピード」「効率」の3項目を柱とする「移行基準三原則」を策定し、次期システムへの移行検討作業をスタートさせた。この作業は、途中で進捗確認へとテーマを変え、2021年10月の移行完了まで約5年間、毎月1回以上のペースで続く。そして2016年に、同社にとって最後のメインフレームとなるAP7000モデル90C(OSはVOS1/FS)を導入した。
同社が次期システムへの移行対象としたプログラムは、
・COBOL:7000本
・COBOLオンライン:150本
・コピー句・画面定義:2300本
・NHELP(日立汎用簡易言語):3800本
・JCL:1万1000本
・メニュー画面:1000本
・FTP:1200本
の計2万6000本強という膨大な数で、移行対象のSAM(順編成)ファイルが5万3000本、業務利用5000本、RDBファイルが1100本あった。また本番切り換え時に同期が必要な稼働中のRDBファイルが700本、SAMファイル600本、店舗・量販店で利用中のJCA手順や全銀手順などのレガシーな通信プログラムも多数あった。さらにこれら以外に、バックアップ済みのホストファイルが約1万5000本、要保管の電子帳票ファイルが1000種類・約104万本あり、これらも移行対象だった。
移行のテーマは
レガシーマイグレーション
同社が移行に際してテーマとしたのは、レガシーマイグレーションである。「大型システムを支え得る強固な基盤への移行であるとともに、次世代につながるシステム基盤を構築すること」と、代表取締役社長の佐藤浩氏はレガシーマイグレーションの内容を説明する。
そして、方式(リビルド、リプレース、リライト、リホスト)とプラットフォームの考察を進めたが、最初に検討の俎上に乗せたのは、オープン系プラットフォーム(Windows)である。メインフレーム上のCOBOLプログラムをオープン系のOpenCOBOLへとコンパイルし直す「リホスト方式」の移行である。5名のシステム部員が手分けして資料や事例を収集し、さらに移行事例セミナーなどに参加して、実現可能性を探ったという。
しかし検討を進めるうちに、「対象プログラムのすべてを移行できるわけではない」「移行後にブラックボックスの部分が残る」ことなどが判明し、「手詰まり感がありました」と、佐藤氏は振り返る。
そうした不透明な時期が続く中で、新たな選択肢として浮上したのがIBM iへの移行だった。IBM iについては2002年に社内統計システム用に導入した際に、JBCCに委託して日立メインフレームからIBM i(当時iSeries)へのテストコンバージョンを実施した経験がある。
「そのときは費用感があわず先へ進みませんでしたが、メインフレームからIBM iへのストレートコンバージョンでも十分に本稼働へもっていけることを確認していました」と佐藤氏。「その後JBCCではホストマイグレーションの専門チームを作り、コンバージョン・ツールの精度も高めていると耳にしていたので、あらためて打診してみることにしました」と経緯を話す。
検討のための10項目
評価指標は8つ
JBCCとのやり取りでは、JBCCがホストマイグレーションを支援する際に用いる「ITモダナイゼーション」手法に則り、「移行計画セッション」や日立メインフレームからIBM iへの移行事例の紹介を受けるとともにユーザー訪問などを行い、知見を深めた。移行計画セッションとは、ユーザーが抱える業務課題や技術課題を俎上に乗せ、メインフレーム上の資産をどう整理しどのように移行するかを具体的に描き出す無料の検討会である。
そしてベンダー各社が提案する移行方法の概要が見えたところで、10項目から成る「移行検討項目」(RFP)を策定し、各社に提案を依頼した。移行検討のための10項目は、次のとおりである。
①移行機種
②移行作業
③安全性
④継続性
⑤性能
⑥拡張性
⑦エンドユーザーのユーザビリティ
⑧システム管理者
⑨移行コスト概算
⑩運用コスト概算(10年間とし5年更新を含む)
各社の提案書を比較した結果、移行方法はストレートコンバージョンを採用することとし、同手法を提案したベンダー各社に改めて見積(見積要件)を要求し、具体的に「種類別移行対象本数表」「機器見積範囲図」「移行検討項目」を提示して回答を求めた。
佐藤氏はストレートコンバージョンを採用した理由について、「移行対象プログラムが膨大で、かつ相互に連携しているので、リライトやリビルドを行うと安全かつ安定した業務継続を実現するシステム移行ができない恐れがあります。正確・スピード・効率という移行基準三原則と安全・安心に則った結果です」と語る。
そして各社から提出された見積と資料を8つの指標で評価し、スコアを算出した。8つの指標は以下のとおりである。
①安全で安心できる事
②正確である事
③処理スピードが確保される事
④効率的である事
⑤移行後も既存の開発技術が継承され新規開発に支障がない事
⑥継続性が確保される事
⑦移行の予算が現行を超えない事
⑧移行完了の期日(メインフレームのサポート期限までに完了する事)
この結果、最高点を得たのがJBCCの提案で、移行支援をJBCCに委託することとし、IBM iへの移行が確定した。移行の検討開始から約5年が経過した2020年の春のことだった。
標準的な開発によるプログラムが
コンバージョンを容易に
IBM iへの移行作業は2020年4月にスタートし、1年半後の2021年10月に本稼働に入る計画を立てた。プログラムの移行は、先にすべての移行対象プログラムをJBCCへ渡し、週1回のペースで戻ってくるコンバージョン済みプログラムをイーネット側でテスト・検証する段取りとした。イーネット側で検証に使用するのは、新規に導入したPower S914(IBM i 7.4)である。
検証を担当した情報システム部次長の内海豊明氏は、「JBCCが使用するコンバージョン・ツールの完成度が高いせいか、戻ってくるプログラムはごく少数の例外を除いて何のエラーもなく、ロジック的に致命的なものは皆無でした。半年をかけてコンバージョンと検証を行いましたが、後半はコンバージョンの確認というよりもCOBOL自体の精度をチェックしているような感じになりました。また、JBCCからテンポよくコンバージョン済みプログラムが上がってくるので当方の検証が遅れ気味となり、最後の頃はお尻を叩かれつつ検証を急ぐような状況でした」と振り返る。
ただし、コンバージョンが順調に進んだのは、メインフレーム上のプログラムが癖のない標準的な作りだったことも大きく作用しているようだ。佐藤氏は次のように説明する。
「30年ほど前にIT市場で開発の標準化が叫ばれたことがありましたが、当社もそれにならい、抽出は抽出、編集は編集、作表は作表と、プログラムの単位を小さくして複雑にしない作り方を徹底してきました。つまりサブルーチンを設けてgo to文を駆使するような作り方はしないということです。それがあったので、プログラムを機械的にコンバートしてもうまくいくだろうという確信はありました」
本番機への切り換えを
フルリモートで実施
2020年10月にコンバージョン作業を終え、12月から単体テスト、翌2021年5月から金融機関や取引先各社との間で通信テスト(全銀手順、JCA手順、TCP/IPベース)に入り、6月から総合テストとエンドユーザー向けの教育という流れでプロジェクトは進んだ。
また2021年3月から本番切り換え前日までの7カ月間、日立ホストとIBM iとの間で毎日1300本のファイルの完全同期を実施した。
同社のレガシーマイグレーションの特徴の1つは、この稼働中のホストシステムを停止することなく、IBM iへの本番移行を実現したことである。
「当初は、本稼働への切り換えを業務単位に分けて五月雨式に行うことを想定していました。しかし多数のプログラムと周辺業務サーバーが1200本のFTPで相互につながり、多くのエンドユーザーが県外の遠隔地に点在しているを考えると現実的ではありません。そこでJBCCと話し合い、他社の事例などを参考にリスクとメリットを判断し、1回の切り換えで全面移行を実施しました」と、佐藤氏は説明する。
また、IBM iへの本番切り換えをフルリモートで実施したことも、今回の特徴の1つである。2020年から約1年半に及ぶJBCCとの進捗会議もオンラインを中心に、リアルで行う場合は「参加人数を制限して」実施した。
「従来ならば、当社とJBCCのスタッフが一カ所に集まってコンバージョンから移行、本番切り換えまでを一緒に行ったのでしょうが、コロナ禍のためそれが叶わず、大半の作業をリモートベースで実施しました」と、佐藤氏。さらに「切り換えするグループ会社や取引先のユーザーへの教育もフルリモートで行いました」と、担当した取締役 情報システム部部長の鈴木剛氏は続ける。
「当初は秋田や花巻などにある仙水グループの拠点や取引先に出向いて新システムの説明を行う予定でした。今回は画面共有ソフトを導入し、こちらから相手先のPCに入って切り換えなどを行い、明日からはこのアイコンを使ってください、といった操作説明を行いました。切り換え後の画面をホストシステムとほぼ同じにしたことも、フルリモートでの教育がスムーズに運んだ理由だと思っています」(鈴木氏)
帳票モダナイゼーションを
移行にあわせて実施
同社は今回の移行にあわせて、大半の帳票を電子化し、帳票出力を効率化する“帳票モダナイゼーション”も実施した。従来はホスト用の大型ラインプリンターやドットプリンターを多数配置し専用帳票などに印刷していたが、IBM iへの移行後は、電子保管中心へと切り換えた。ターンアラウンド伝票など印刷が必要な一部の帳票はラインプリンターやドットプリンターを使用し、その他の帳票は複合機やオープン系プリンターでの出力とした。電子保管中心への切り替えについて佐藤氏は、「画面で確認できれば印刷はなくてもよいというユーザーが増えてきたため」と背景を説明する。
電子帳票システムはメインフレーム時代から「Paples」(日鉄日立システムエンジニアリング)を利用してきた。PaplesはIBM i上のグラフィカルPDF化ツール「UT/400-iPDC」(アイエステクノポート)と連携してIBM iにも対応するのでそのまま継続利用とし、100万本以上あった長期保管ファイルを新システム環境へ移行した。
未来へ向けた
限りない基盤を手中に
2021年10月23日午前5時に日立メインフレームからの切り換えを実施し、IBM i上での本稼働がスタートした。以来、1年余り、「新システムのリリース直後にありがちなトラブルなどは一切なく、最初の“山”であった年末処理でもまったく異状なく、すべて順調に稼働しています」と、佐藤氏は話す。
今回の移行で通信系を担当した情報システム部システム課課長の後藤淳氏は、「従来のホストシステムでは外部(取引先など)への直接的な通信ができなかったので、ファイルをいったんオープン系へ出し、そこからFTPで送る必要がありました。それが1200本ものFTPプログラムがあった理由です。FAX通信もIBM i上ではツール(「まいと〜くFAX」インターコム)を使って直接通信できるのでスピーディに移行でき、稼働後のトラブルはほとんど起きていません。しかもDb2の処理が速いので、これまでに体験したことのないスピードで処理が返ってきます。処理の速さが非常に印象的です」と語る。
またプログラムの検証とIBM i上の開発・保守を内海氏とともに担当する情報システム部の渡辺健一氏は、次のように感想を述べる。渡辺氏は従来オープン系システムの開発・保守担当で、今回の移行に際してIBM iを一から習得したという。
「検証ではホスト画面と同じ体裁の画面がIBM i上に表示され、テスト結果も同じになるので、コンバージョンの苦労が感じられないほどのスムーズさでした。それにも増して驚いたのは、オープン系システムからDb2 for iに直接連携できることで、事前に理解していたとはいえ、感動しました。今後、いろいろな外部連携システムを構築できそうです。そのためにも、私のようなオープン系スキルをもつ人材がIBM iのメリットを活かせるような、GUI環境の整備が開発・利用の両面で必要ではないかと感じています」
佐藤氏は今回の移行プロジェクトを振り返り、次のように総括する。
「私どもが対象とする生鮮関連のビジネスは日々変化し、新しい流通チャネルや取引形態が登場しています。そうしたときにIBM iならばビジネスロジックをスピーディに拡張・変更でき、柔軟な対応が可能だろうと考えています。オープン系システムでは5年程度の賞味期限しかありませんが、IBM iは資産を継承できるので、システム更新以外のところにリソースを集中できる大きなメリットがあります。しかもIBM i自体が最新テクノロジーをキャッチアップし続けているので、未来へ向けて限りない基盤を手に入れたと考えています」
[i Magazine 2023 Winter(2023年2月)掲載]