Text=江﨑 崇浩 日本アイ・ビー・エム
「カスタマー・サクセス・マネージャー」(Customer Success Manager。以下、CSM)という言葉を最近よく耳にしないだろうか。このCSMというのは文字どおり、「顧客の成功体験」の実現をミッションとしたロールである。
実はIBMでも、2021年からGo-To-Market戦略の一環として、グローバルでCSM部門を一斉に組織し、精力的な活動に取り組んでいる。しかし、まだまだ日本ではCSMという概念に馴染みがなく、IBMがCSMに注力して取り組んでいることを知らない人も多いのではないかと考える。
そこで本稿では、世間一般で定着しつつあるCSMというロールを解説しつつ、さらにIBMのCSMの特徴についても紹介する。本稿を通して、少しでもCSMについての理解と興味が深まり、日本のCSMマーケットの活性化に貢献できれば幸甚である。
世の中で注目されるCSMの役割と狙い
まず一般的に認知されているCSMのロールについて、キーワードでまとめると次のとおりである。
◎ミッション
「顧客の成功体験」の実現
◎ゴール
提供するサービスの「Churn防止」と「拡大」 (※Churn=解約)
◎主な活動フェーズ
ポストセールス
◎顧客へのアプローチ
中長期的、能動的
上記の内容について、具体的に説明する。
まずCSMが台頭している背景には、近年顕著になっているビジネスモデルのトレンドの変化がある。すなわち、顧客が商品やサービスを購入し、所有する「買い切り型」から、定額を支払うことで利用し続ける権利を得る「サブスクリプションモデル」への変化である。
サブスクリプションモデルのサービスでは、顧客は必要な期間、必要な分を課金することで、柔軟かつ迅速にスケーリングできるため、非常に都合がよいと受け入れられ、さまざまな業界で高い優位性を誇っている。現に、IT業界でもSaaS (Software as a Service) というサブスクリプションモデルが大きく成長している。
このサブスクリプションモデルの大事な点として、顧客は契約更新のタイミングで自由にサービスの利用と課金を解約できることが挙げられる。
しかし裏を返せば、提供側にとっては契約を更新し、継続的に利用してもらわねば収益を上げられないことになる。
用語を使って説明すると、買い切り型では文字どおり、商品やサービスが売れるだけでLTV (Life Time Value、顧客生涯価値) を最大化できた。しかしサブススクリプションモデルでは、契約を更新し、利用し続けてもらうように能動的に働きかけていかないと、LTVを最大化できない。
LTVを最大化するバリュードライバーこそが、「顧客の成功体験」である。顧客の成功体験とは、顧客の利用しているサービスが、顧客のビジネスや課題解決に役立っていると体感できるかどうか、である。顧客の成功体験を維持できないと、たちまちサービスは解約され、提供側は見込んでいたビジネス計画を達成できなくなる。
一方、顧客の成功体験を維持・拡大することが顧客のロイヤリティ向上につながり、それが提供側にとっての収益やビジネスの拡大に繋がる。
このような顧客の成功体験に関するビジネス課題をクリアするために誕生したのが、CSMである。カスタマー・サクセスの世界では、上記のような解約のことを「Churn」と表現するが、CSMはChurnを防ぐために日々奮闘しながら、サービス利用の維持/拡大を目指している。
CSMが営業やカスタマーサポートと異なる点
CSMのミッションとゴールについて説明してきたが、ここからは既存の2つのロールと比較しながら、理解を深めていきたい。営業およびカスタマーサポートとの違いである。
営業との違い
営業とCSMを比較する際によく使われる表現として、「プリセールス」と「ポストセールス」という言葉がある。
営業は「プリセールス」(売れる前)が主な責任範囲で、営業計画の策定・機会創出・提案・契約締結などをリードする。
一方、CSMは「ポストセールス」(売れた後)が主な責任範囲で、契約されたサービスを実際に導入する際の支援や課題の解決、そしてユースケースの精査などをリードする。
また、CSMはテクニカルロールに該当するため、実際に手を動かして技術的な課題に取り組んだり、SME(Subject Matter Expert、対象分野の専門家)と解決策の検討に向けて協業する場面も多い。
CSMが登場するまで、営業が契約後、すなわちポストセールスで必要な支援を提供していた企業は多かっただろう。しかし営業はインセンティブ設計上、どうしても新規契約に主眼を置かねばならない。
すなわち新規契約したら、次の目標として新たなプリセールス活動に取り組む必要があり、ポストセールスに腰を据えて注力するのが構造的に難しいという実情があった。
さらにはビジネスやシステムの複雑化も拍車をかけ、サブスクリプションモデルでLTVを向上するには、中長期的な目線で、ビジネス・テクニカル両面のナレッジをもって、顧客に相対する役割が求められるようになった。そこで、CSMの登場となる。
ここで誤解を避けるためにはっきりさせたいのは、もちろん組織設計として営業とCSMの責任・役割は明確に分離されることが基本であるが、実態の業務では明確に独立して働くのではなく、むしろ強固に連携して顧客の成功体験を実現していくという点である。
たとえばプリセールスの段階からCSMが参画すれば、ポストセールスでの顧客価値の最大化の確度も上がり、またポストセールのユースケースディスカッションでも、新規案件の提案機会を得られることがあるので、両者が柔軟かつ密接に連携していくのが望ましい。
カスタマーサポートとの違い
ポストセールスで顧客を支援するという文脈では、カスタマーサポートという既存のロールを想定する人も多いだろう。このカスタマーサポートとCSMの違いについて、比較しながら説明しよう。
最も大きな違いは、顧客へのアプローチである。基本的にカスタマーサポートは、顧客からの問い合わせをきっかけに対応していくため、受動的な関わり方となる。
それに対してCSMは、顧客の成功体験を実現するため、能動的に課題のヒアリングやユースケース検討の実施などを働きかける。またカスタマーサポートは、ケースやチケットなどの単位で各顧客のトラブルなどに単発で対応する一方、CSMは特定の顧客の担当として、中長期的に寄り添って課題解決のために伴走する形で関わることが基本となる。
両者の受け持つ対応内容やスコープの分離について、明確な基準を設定するのは難しいが、既知の課題や通常のトラブル対応のプロセスで十分解決できる内容は、カスタマーサポートが中心になって受け持つことが多い。
一方、未知の課題で対応方針も手探りで模索する必要がある場合はCSMが中心となって、カスタマーサポート、営業、製品担当やSMEなどと連携しながら課題解決に動くことが多い。
いずれにせよ、CSM単独でアクションするのではなく、CSMがさまざまなステークホルダーを巻き込みながら課題解決し、その先にある顧客の成功体験を実現していくと考えられる。
IBM CSMの特徴
ここまで一般的なCSMのロールについて紹介してきたが、最後にIBM CSMの特徴について解説したい。
一般のCSMとIBMのCSMの最も大きな違いは、カバーするサービス範囲にある。IBM CSMは非常に広いカバー範囲を受け持って活動している。
一般のCSMは、主にサブスクリプションビジネスを推進する企業、IT業界ではとりわけSaaSを提供している企業が多く、CSMのカバー範囲もSaaSが中心となる。
しかしIBMはSaaSだけでなく、伝統的なソフトウェアライセンスの契約(ライセンスの利用権を購入し、オンプレミス環境やプライベートクラウドにソフトウェアをインストールして利用するような契約)もスコープにしている。
また、IBM CSMがカバー対象としているSaaSやソフトウェアライセンスの種類自体も非常に種類が多い。
たとえば、IBMは次のようなソリューション群をSaaSやソフトウェアの形で提供しており、IBM CSMはこれらの「Churn防止」と「拡大」をゴールに活動している。
◎Data Fabric AIの力で企業のデータの利活用を促進するためのソリューション群
◎Business Automation ワークフロー自動化やRPAなどを通してビジネスプロセスを最適化するソリューション群
◎Observability 可観測性を担保し、IT運用を高度化していくソリューション群
◎Security ゼロトラストやサービスメッシュを実現し、企業のリスク対応を実現するためのソリューション群
そのほかにも、さまざまなAIやクラウドに関するソリューションもスコープにしており、ライセンス形態(SaaS、あるいは従来のソフトウェアライセンス)とソリューションの多様性を掛け算してカバーせねばならないので、IBM CSMは一般の企業のCSMより受け持つ範囲が非常に広いと言えるだろう。
またCSMはテクニカルロールでもあるので、上記のようなさまざまな領域のソリューションに精通しながら、顧客の成功体験を実現するよう活動しなければならない。そのためにIBM CSMが力を入れているのが、「スキルアップ」と「コラボレーション」である。
スキルアップについては、活発にテクノロジーやソリューションの勉強会や研究会活動を実施し、社内外の認定資格などの取得も目指しながら研鑽している。またこれらはCSM内に閉じず、社内の他の部門のSMEなどとも自発的にコラボレーションして、スキルアップ活動をしている。
こうしたコラボレーションもあり、実際の顧客アプローチでも、CSMと他の部門が密に連携しながら顧客の成功体験の実現に取り組んでいる。
さらにスキルアップとコラボレーション活動は社内にとどまらず、社外に向けても活発に発信している点も特徴である。
たとえば、IBM CSMが中心になって運営している技術コミュニティとして、「IBM Tech/Developer Dojo」がある。
このコミュニティでは、世間一般の技術者に向けて、新旧さまざまな技術ソリューションについて紹介・勉強する機会を提供している。テーマとしてはIBMソリューションに限らず、OSSなども取り扱っており、日本の技術コミュニティの隆盛に貢献するとともに、主体的にIBM CSMが登壇することで効果的なスキルアップと活発な社内外コラボレーションの実現を目的としている。
このような機会をきっかけに、顧客と別途に技術交流する機会を得られることがあり、そこでより顧客の興味・関心や課題を理解し、結果的には顧客の成功体験の実現に取り組むことができると自負している。
IBM CSMの普段の活動や雰囲気を実感する機会としても有用なので、興味のある人はぜひ、「IBM Tech/Developer Dojo」をチェックし、イベントなどに気軽に参加いただきたい。
加えて、IBM CSMは技術コミュニティ活動だけでなく、テクノロジーやソリューションを紹介するような動画を作成して一般公開している。
◎公開されている動画シリーズの例
CP4D「Watson Knowledge Catalog」を利用したエンタープライズ・データガバナンス
動画1:イントロダクション~ログイン/カタログの作成
動画2:データ資産の登録
動画3:ガバナンス成果物の登録
動画4:カタログの共有
動画5:カタログの検索
動画6:データの探索
IBM CSMが取り扱うテクノロジーやソリューションは進化が激しく、世間の認知度を高める余地が大きく、またその特徴や価値を理解してもらうには、エバンジェリスト的な活動も必要だと考えている。
そして現在のようにインターネットが普及して情報が飽和している現代では、参加ハードルが高かったり、情報量が多すぎたりすると、敬遠される状況もあると認識している。
そこで、一般の技術者が片手間でもIBMソリューションに目を向け、理解を深められる機会を設けるため、上記のような動画作りにも力を入れている。
強調しておきたいのは、このような活動も、究極的な目標は顧客の成功体験の実現だという点である。その実現手段の1つとして、動画作りを通して世間に情報を発信するとともに、IBM CSM自身のソリューションの理解や簡潔に価値を伝達する力の養成、そしてユースケースをブラッシュアップすることなども狙いにあると理解してほしい。
以上本稿では、最近注目を集めているCSMについて、登場の背景や役割に着目して紹介するとともに、IBM CSMの特徴についても解説した。
CSMはまだ市場で認知され始めたばかりで、CSMの形や業務内容、方法論などはこれからさらに変化、ないしは進化していく余地が大きい。しかし今後も企業は、「中長期的な視点で」「能動的に」「顧客の成功体験」を実現することに注力せねばならない点は変わらないだろう。
むしろ、ますますその価値に焦点が当たることになり、その中心的な役割を担っていくのがCSMであると考える。
本稿が一般のCSMやIBM CSMについて興味を持つきっかけとなり、周りの人々や我々にフィードバックいただけたら幸甚である。
著者
江﨑 崇浩氏
日本アイ・ビー・エム株式会社
テクノロジー事業本部 カスタマー・サクセス・マネージャー
アドバイザリー・カスタマー・サクセス・マネージャー・アーキテクト
ビジネス/ITコンサルタントとして、金融・製造・航空・自動車など多様なクライアントのBPRやSCM改革、システム刷新などのプロジェクトに従事。その後、社内やJVによる新規事業案件にてアジャイル開発を実施。2021年から日本IBMに参画し、AI・クラウドソリューションの活用促進やコミュニティ活動に注力。
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