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「MICS7」の導入で
生産計画を管理
サプライチェーン全体を分析し、別々に管理されている情報を統合するという意味で、最も予算を投入したのが生産管理システムの構築である。
このために成形工場生産管理システム「MICS7」(ムラテック)を導入し、主に生産計画のシステム化に着手した。プロジェクトの始動は2018年である。
同社ではそれまで、生産計画は担当者がExcelを使って作成していた。
「当社にはExcel名人とも呼ぶべきベテラン技術者が多数いて、Excelで生産計画を作成していました。それ自体に支障はなかったのですが、このままだと属人化が深刻化し、生産計画の情報はその担当部署だけでの共有が進むことになります。調達や物流・販売など、その前後にある業務ではデータを活用できません。情報の一元管理、データ全体の見える化をDXの狙いとするからには、生産計画の情報をExcelではなく、会社全体の情報資産として見える化することが不可欠でした。そこでMICS7を導入して、Excelでの作業をシステム化すると同時に、生産情報をリアルタイムに可視化したいと考えたわけです」(宇野氏)
MICS7ではラインの生産機器ごとに搭載した端末機とPCサーバーを連携し、生産予定、生産機器の稼働状況、生産実績などの情報を共有化する。
最初は2020年2月、インドネシアにある主力3工場のうちの1つで稼働した。段階的に導入が進められており、現時点では2工場で稼働中。3番目の工場での本稼働が間近に控えている。
社内外への
データ連携プラットフォーム
さらに社外・社内で分断された情報を一元管理するうえで欠かせないのが、データ連携プラットフォームの確立である。
これには社外のVANサービスとの連携、および社内システム間の連携が挙げられる。
まず前者から見てみよう。同社では顧客からの受注データや納品書データを受け取るため、日用品、業務用、食品、文具などの業界ごとにプラネットやハウネット、ファイネット、SEDIO、トラスコ中山などのVANサービスを利用していた。
これまでは「Toolbox for IBM i」(アグレックス)をベースに、それぞれのVANサービスと接続するインターフェースプログラムを個別に開発し、全銀TCP/IP手順でISDNにより接続してきた。
しかしISDNが2024年1月に廃止されることを受けて、新たなEDI連携プラットフォームの構築、そしてシステム間のデータ連携を実現する新たなEAIツールが求められた。
ISDNの代替手段としてだけでなく、DXの柱となる今後のデータ連携を見据えつつ、同社が採用したツールは2つある。
1つは、業界VANサービスなど社外システムと連携する「クラウドEDI-Platform」(サイバーリンクス)である(図表4)。
もう1つは、それらのデータをIBM iの基幹システムに接続する、および今後の社内システム間を連携させるEAIツールとして機能する「GoAnywhere」(ソルパック)である(図表5)。
2022年1月から、クラウドEDI-PlatformとGoAnywhereを使った新たな連携プラットフォームの運用がスタートする。GoAnywhereは、今後想定される多様なシステム連携にも活用していく予定である。
また物流会社とのデータ連携も重要な柱となる。
同社では物流業務の大半を、倉庫業や港湾・陸上運送、国際複合輸送を展開する日本トランスシティ(通称、Trancy)に委託している。
物流業務では、出荷日や出荷元、出荷倉庫は頻繁に変更され、在庫不足による倉庫移動も発生する。同社とTrancyの双方でシステムが異なるため、在庫実績の照会にタイムラグが生じたり、配送状況もTrancy側に都度確認する必要がある。
これらの変更情報や確認作業は電話やメールで個別に対応せざるを得ず、煩雑な手作業が業務の効率性を阻害していた。
そこでTrancy側のシステムと同社システムを連携する。それにより出荷実績・在庫実績、配送状況のリアルタイムな確認や倉庫間移動の指示、専用伝票の自動発行、請求データの連携など、さまざまな効果を期待できる。本稼働予定は2022年11月である。
また2022年4月には、VANサービス経由で卸し会社から最終顧客への販売データをIBM iへ取り込み、連携するシステムが稼働する予定である。
このほかインフラ/コミュニケーション面でも、段階的な導入が実施されている。
「まず2021年3月に本社へ無線LAN環境を導入し、同年8月には、在宅勤務用の仮想デスクトップと社内PCの2台体制を実現しました」(五十嵐氏)
さらに同年6月には、コラボレーション基盤として活用してきたNotes/Dominoを「Garoon」 (サイボウズ)へ移行。2022年3月には、クラウドPBXの利用を開始する予定である。
LINE版の「サニパック掛け払い」で
営業スタイルの変革へ
今後の営業スタイルの変革、その先にある次世代型ビジネスモデルの実現という意味で注目されるのが、2021年12月に発表されたLINE版の「サニパック掛け払い」である。
掛け払いとは、注文したサービスや商品の代金を後日まとめて支払うシステムのこと。「サニパック掛け払い」では、LINEインターフェースとAIチャットボットを利用して商品を発注し(図表6)、APIを経由して決済サービスと連携しながら与信を即座に実行する。そして、その受注データを基幹システムが稼働するIBM iへ送信する。
この新しい発注サービスの着想は、九州エリアの業務用製品を担当する1人の営業マンから生まれた。
同社では、九州エリアの営業担当として家庭用・業務用にそれぞれ1人ずつ配置されている。しかし九州エリアは広域で、かつ顧客に中小事業者が多い。取引先を訪問するのに長い移動時間を要するのに加え、コロナ禍で訪問の機会も失われていた。
前述の営業担当者はこうした状況にあって、顧客側の発注負担を軽減させるような何か新しいサービスがあれば、今後の営業活動を支援できるのではないかと考えた。
この相談は、SCMグループ デジタルトランスフォーメーション推進部に持ち込まれた。解決策を探る宇野氏が考えたのが、使い慣れたLINEインターフェースとチャットボットを利用して、1ピース単位の商品発注や在庫照会を可能にすること。そして、決済システムであるヤマトクレジットファイナンスの「クロネコ掛け払い」へ発注データを送信して与信管理を実行すると同時に、IBM iの基幹システムへ発注データを連携させる仕組みである(図表7)。
同社では、前述したように2017年3月からFAX-OCRを利用して発注データの入力業務を効率化する取り組みを開始している。さらに2020年12月からはこの発注FAX-OCRに、クロネコ掛け払いの決済システムと与信管理を連携したFAX版の「サニパック掛け払い」をスタートさせていた。
そこで次のサービスとして、小規模事業者向けにそのLINE版をスタートさせようとしたのである。
LINE版の「サニパック掛け払い」は、2019年秋ごろに仕様を確定し、2020年12月にベル・データを開発会社に決定した。
AIチャットボットとしては、クラウドサービス上で稼働する「KUZEN」(コンシェルジュ)を採用。IBM Cloud上に構築したAPIサーバーを経由し、クロネコ掛け払いへデータを送信して与信管理と決済を実行する(注文確定時に決済登録APIを実行)。
同時に、基幹システムであるIBM iの受注・入庫・在庫の各データベースへ連携して、自動的に出荷依頼や売上計上へつなげる仕組みである。
発注データの流れは、顧客→日本サニパック→ヤマトクレジットファイナンス(クロネコ掛け払い)となり、請求・支払い・入金確認などは、顧客とヤマトクレジットファイナンスの間でやり取りされる。
LINEとチャットボットに基幹データを連携させるソリューションはすでにいくつかのベンダーから提供されているが、それに決済と与信管理を組み合わせた点が、「サニパック掛け払い」の最大の特徴であろう。
ちなみに与信チェックは発注データの取り込み時に自動的に実行され、与信限度額の80%超でアラート、90%超で取引停止になるという。同社では現在、この仕組みをビジネスモデル特許として出願中である。
「サニパック掛け払い」は、取引先である中小事業者に対して販売チャネルを拡大すると同時に、与信リスクの低減、決済処理の自動化を推進する。同社では九州エリアに限らず、全国の取引先に対してLINEとチャットボットの活用を展開していく。
さらにこの「サニパック掛け払い」は、同社が目指す次世代の営業スタイルの端緒となる意味でも注目されている。
現在の流通経路は、1次・2次・3次の卸しで複雑に構成されている。販売力や情報提供機能の低下、与信リスクの増大、後継者問題に根差す小規模卸しの廃業など、数々のビジネス課題も指摘されている。
「今後は自社販売力の強化、利益率の向上、SNSによる情報発信などにより、顧客へのダイレクトな流通チャネルを開拓することが求められています。LINEチャットボットでのオーダーサービスは、注文方法の多様化という意味で、その最初の足掛かりになるはずです。今後は訪問した数が売上に比例する営業スタイルではなく、デジタルマーケティングを駆使し、AI営業とテレマーケティングを組み合わせて見込み顧客の絞り込みと新規ターゲットを開拓する環境を考えていく予定です」(宇野氏)
ちなみに同社では、ベル・データと協業しながら「サニパック掛け払い」を外販していく計画である。ソフトウェアやサービスの販売を含むライセンスビジネスは、同社がこれまで一度も取り組んだことのない新しいビジネスモデルであり、新たな収益源への挑戦となりそうだ。
DX戦略に沿って
今後の基幹システムのあり方を考える
2022年4月までに、第1フェーズで計画した導入・構築は完了する予定である(図表8)。
今春までに予定されている導入を終了したあとは、生産計画システムと連動した自動発注、輸出入管理、設備管理、WMSなどの構築に着手する。このほか、文書電子化や連結決算の導入なども控えている。
そして、こうした個別システムの導入と並行しながら、今後の基幹システム構想に関する検討作業もスタートする。
同社ではIBM i上で販売管理・実績管理をメインとした基幹システムが稼働している。これをDX構想に沿って、どう作り変えていくかが、大きな課題である。
現在の基幹システムは、RPGにより自社開発した独自システムである。業務ニーズをきめ細かく反映したシステムとして完成しており、今のまま使い続けても何ら支障はない。
「社内では基幹システム構想として、2つの案が検討されています。1つはERPを導入して、根本から基幹システムを刷新する案。この場合、ERPなどのパッケージ製品の選択肢が少ないIBM iの継続利用は難しいとの判断が出てくるかもしれません。もう1つは、周辺システムとの連携を充実させることで、基幹システムはこのまま継承していく案。大規模に投資しても、今以上のメリットを得られないなら、リスクを取ってERPを導入する必要はないかもしれません。今後はこの大きな課題に対して、検討を重ねていくことになります」(宇野氏)
ちなみに同社では、Query/400、WebQueryに続くデータ分析ツールとして、2019年に「Domo」(Domo)を導入した。現在は売上実績分析や予実対比、Webサイトのアクセス分析などに活用しているが、今後は生産実績系の分析などにも利用領域を広げていく計画だ。
さらにその先には、ブロックチェーンの利用を見据えている。「日本サニパック経済圏」というサプライチェーンを支える重要なプラットフォームとして、現在は所属する伊藤忠グループでの活用事例や日本IBMからの情報提供を参考にしながら、研究を重ねているという。
「DX戦略は今のところ計画どおりに進んでいますが、これまでの導入はDXロードマップ全体から見れば、いわば準備段階とも言うべきもので、本番はこれからだと考えています。DXの最大の推進力となるのは、ITにより業務をよい方向に変化させられた社員個々の成功体験です。この体験が、情報システム部門への信頼感にもつながります。DXにゴールはなく、到着したと思った瞬間に新しいゴールが見え、新しい風景が広がっていくような道のりでしょう。必要ならば、それまでの計画や青写真を柔軟に修正しながら、今後も進めていくつもりです」(宇野氏)
日本サニパックのDXは経験に裏打ちされた推進力を武器に、次世代型ビジネスモデルの実現へと突き進んでいくことになるだろう。
[i Magazine 2022 Winter(2022年1月)掲載]
特集 日本サニパックの挑戦
前編 DX戦略の全体像 ~DX元年の前夜からSCMグループの発足、最初の成功体験、DX構想の策定まで
後編 DXを推進する個別システムの構築 ~サプライチェーンを捉え直し、全情報の統合と可視化へ
Top Interview SDGs型経営を柱に据え、DXによる次世代型ビジネスモデルへ ~「社員が誇れるような会社とは何か」を社員とともに考える|日本サニパック 井上充治社長◎インタビュー