IBMのビジネス・シンクタンクであるIBM Institute for Business Valueは5月21日、企業における女性と管理職に関する調査報告書「ジェンダー・インクルージョン施策の危機 善意は必要だが十分ではない」の日本語翻訳版を公開した。ジェンダー・インクルージョンは、「男女共同参画」とも訳される。
調査は2020年末~2021年1月にかけて、日本を含む世界9地域の10業種(企業・機関)に勤務する「2687名の男女同数の経営層とプロフェッショナル」に対して実施されたもので、2019年の第1回調査に続き2回目。第1回調査から2年が経過し、さらにコロナ禍のなかで状況はどう変わったのかを浮き彫りにしている。
調査の結果として報告書がまとめるのは、「ジェンダー・エクイティ(平等)の取り組みは決して順調に進んでいるわけではなく、むしろ後退の兆しさえ見せている」ということである。調査時点で、取締役・経営幹部のポストに就いている女性の比率は2019年と同率だが、執行役員以下は減少している。さらにコロナ禍のなかで、キャリアの初期~中期にある20~34歳の女性が「失職する傾向が強い」という(図表1)。
図表1 執行役員以下のポスト・職位は、2019年以降縮小し続けている
その一方、2020年は「新たな可能性を示唆する年でもあった」という。米国で起きたブラック・ライブズ・マターの抗議運動によってダイバーシティとエクイティに注目が集まり、さまざまな企業でダイバーシティやジェンダー・エクイティなどに基づく採用や人材登用の動きが広がった。
「こうした事例は、中小企業から世界規模のコンシュマー・ ブランド、あるいは資産運用額が数兆ドルものグロース・ ファンドに至るまで、あらゆる企業が全力を傾注すれば、 ジェンダー・エクイティが可能であることを示している」
報告書は、マッキンゼーの「女性幹部の比率が最も高い企業群は、女性幹部の比率が最も低い企業群と比べて、株価パフォーマンスや利益率が50%近くも高い」という知見を引用して、「今回の調査でも、経営層の女性比率が高い企業に勤務する男性社員の方が、比率が低い企業の男性社員よりも、仕事に対する満足度が高かった。スト レスの多いコロナ禍の時期に調査が実施されたことを考慮すると、この傾向は注目に値する」と述べる。
ただし、「多くの企業はこうしたことを理解してはいるが、実際に取り組み、成果を上げている企業は極めて少ない」と指摘する。そして成果が上がらない理由として、次の4つの問題点を挙げる。
1. 行き過ぎたプログラムへの注力とマインドセット変革の不足
2.「できる範囲でやればよいだろう」という構え
3. 従来の慣習への検証なき追従
4. 根本的な変化は苦痛を伴うという恐れ
今回の調査では、ジェンダー・エクイティとインクルージョン促進に取り組む企業が前回調査よりも増加した(図表2)。しかし「必ずしもよい結果に結びついてない」という。それはプログラムが十分に効果的ではないために、「マインドセットや行動が実現できていない」からである。
図表2 ジェンダー・エクイティとインクルージョン促進に取り組む企業が増加した
報告書はまた、「女性も男性も共に、疲労と幻滅を感じ始めている」と記す。前回の調査で「今後5年間に自社の男女機会平等は大幅に改善される」と予想した割合は、女性71%、男性67%だったが、今回は女性62%、男性60%へと低下した。「自社はジェンダー・エクイティの目標を設定している」という項目への回答は、66%から48%への低下である。
「公式なコミットメントとビジョン抜きに、成功への道筋は見えてこない。企業文化を根本から改善するための一貫した戦略がなければ、多くの施策にやみくもに資金を投じる結果になりかねない。責任を曖昧なままにしておくと、ジェンダー・エクイティとダイバーシティを向上させる取り組みは、善意だけに支えられた持続力を欠いたものとなり、最終的には膠着状態に陥ってしまうだろう」(報告書)
図表4 女性管理職が増えない理由 上位5位
報告は、今後2、3年でジェンダー・エクイティとインクルージョンで成果を上げるための5つのステップを提言している。ここでは、5つのステップと各ステップで取るべきアクション・考え方について、報告書で強調されている部分のみを抜き出す。示唆に富む指摘や例示が記されているので、ご関心のある方はぜひ、報告書をダウンロードしてお読みいただきたい。
5つのステップ
1. 最大限のコミットをもって大胆に思考する
2. 場を作る
3. リスク発生時の具体的な介入策を明確にする
4. テクノロジーを活用してパフォーマンスを加速させる
5. 価値実現を企図する文化を創造する
1. 最大限のコミットをもって大胆に思考する
「最も成功する企業は戦略を立案するにあたって、一歩ずつではなく、一足飛びの躍進を目指す。10%の成長ではなく、10倍の成果を目標に定め、飛躍的な変革を可能にする社内態勢を構築する。こうしたアプローチこそが、大きな優位性を生む鍵となる」
◎取るべきアクション
・ジェンダー・エクイティーとダイバーシティーは、これからの企業の存続を左右する重要なファクターだ
・成功の定義は、明確かつ具体的な言葉で示さなくてはならない
・説明責任を果たせるようになること
2. 場を作る
「チームにダイバーシティーを求めることは、正しいだけでなく、賢明なことでもある。経営者はあらゆるレベルの管理職に対し、多様性向上を期待しているという意志を、メッセージ、対話型の会議、研修などを通じて、明確に伝えなくてはならない」
◎取るべきアクション
・「この場に足りない人は誰だろうか?」を合言葉にする
・エンゲージメントのルールを定める
・実践する者には報い、そうでないものは廃止する
3. リスク発生時の具体的な介入策を明確にする
「2020年の出来事は、企業が女性、特に有色人種の女性が直面する深刻な課題を解消するために、より迅速に行動する必要があることを浮き彫りにした
◎取るべきアクション
・中間層にフォーカスを当てる
・飛躍的な解決策を追求しよう
・明確なコミットメントを表明する
4. テクノロジーを活用してパフォーマンスを加速させる
「企業の人材採用におけるバイアスを防ぎ、差別を行わないようにするために、データ、アナリティクス、人工知能(AI)は有効な手段となる。同時に「顧客中心」のアプローチにとっても有用であり、ジェンダー、ダイバーシティー、インクルージョンの施策を策定するときにも役立つ
◎取るべきアクション
・アイデアを明確化し、その妥当性を検証する
・「市場へのルート」を拡張する
・採用選考における基準の公正さを徹底する
5. 価値実現を企図する文化を創造する
「ダイバーシティに本格的に取り組むためには、他者を引き入れ、擁護し、歓迎する意識を積極的に持つ必要がある。社員の採用や昇進に関して、定型的なダイバーシティー・ポリシーの策定に留まってはいけない。ミーティングやプレゼンテーション、講演、意思決定などのさまざまな場面で、多様な意見やアイデアを受け入れる認識を常態化する域にまでもっていかなくてはならない」
◎取るべきアクション
・単なるプログラムから、社員個人の考え方にまで昇華させなくてはいけない
・小さな行動を積み重ねる
・不快感を受け入れる勇気を持とう
図表5 企業が目覚ましい成果を上げるための戦略・取り組み