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ハイブリッド・マルチクラウドはデータを中心に考える~IBMのSDS製品を利用した適材適所のデータ管理

 

 

クラウド・サービスの
メリットとデメリット

 
 
 クラウド・サービスはネットワークやサーバー、ストレージ、アプリケーションなどのコンピューティング・リソースを共用のプールとして提供し、ユーザーはネットワーク経由でそのサービスを利用する。リソース提供の速さや簡易性、拡張の柔軟性から、クラウド・サービスベンダーの提供するパブリック・クラウドを利用する企業が増えている。
 
 クラウド・サービスを利用しているのは、企業だけではない。我々の身近なところでも、生活基盤の一部として浸透している。たとえばスマートフォンのバックアップ、SNSに投稿された写真や動画もクラウド上に保管されている。
 
 ここであらためて、そのメリットとデメリットを整理しておこう。
 
 企業はクラウド・サービスについて、どのようなメリットを感じているだろうか。「サーバーやソフトウェアを購入しなくて済む」というコスト面、「システム構築時間の短縮」という開発面、「メンテナンスが不要である」といった運用面にメリットを感じて採用する企業が多いようだ。その一方、「セキュリティリスク」「サービスレベルの安定性に関する不安」「カスタマイズが困難」というデメリットを感じて、採用を見送る企業もある。
 
 いずれにしろ、クラウド・サービスの利用は今後さらに増加していくだろう。最近では、全システムをクラウド化する事例も見られるほどだ。しかし早々にクラウド化に着手した企業では、クラウドにデータが蓄積し続けた結果、利用コストが膨大な額となり、苦慮する声も聞こえ始めている。クラウド・サービスの利用は、メリットとデメリットを理解し、慎重に検討する必要がある。
 
 

ハイブリッド・マルチクラウドで
適材適所にデータを配置

 
 
 クラウド・サービスといっても、オンプレミスで構築するプライベート・クラウドもあれば、IBM CloudやAWSのようなパブリック・クラウドもある。既存のシステムインフラも含め、企業を取り巻くシステム環境はさまざまである。それでは、どのようにクラウド・サービスを利用すべきだろうか。
 
 クラウド・サービス利用の現状を見ると、企業全体というより、個別プロジェクトごとに導入しているケースが圧倒的に多い。ソフトウェアをサービスとして提供するSaaSを利用したり、サービスとしてインフラを提供するIaaSを利用したりと、システムごとに検討し、導入する。これらが異なるクラウド・サービスベンダーであるケースも多い。これまで統合管理を目指してきたシステムが、またバラバラになり始めている。
 
 異なるクラウド・サービスでは、操作性はもちろん運用方法も異なる。画面、構成方法、監視方法など基本的な部分が異なり、システム間の連携や移動も困難だが、最も大きな問題はデータが分散配置され、相互に利用できないことである。
 
 クラウド・サービスの利用に関しては、そのメリットばかりが注目され、最も重要な「データ」という観点が考慮から抜け落ちることが多い。
 
 そこでIBMはプライベート・クラウドも含め、複数のパブリック・クラウド間を連携するハイブリッド・マルチクラウド環境を推奨している。適材適所にデータを配置し、必要に応じて互いにデータを連携して利用する形態である(図表1)。
 
 
 

ハイブリッド・マルチクラウドは
データの流れが鍵

 
 
 それではハイブリッド・マルチクラウドについて、データを中心に考えてみよう。
 
 あるクラウド・サービスを利用しているシステム上のデータを、別のクラウド・サービスで利用するのは容易ではない。異なるOSで稼働する物理サーバーやハイパーバイザー(ESXi、Hyper-V、KVMなど)があり、それぞれ異なるDBMSが稼働することも珍しくない。そしてパブリック・クラウドには、IBM Cloud、AWS、Azureなどがある。
 
 それぞれのデータを連携する場合、組み合わせごとにデータの受け渡し方法が異なる。その仕組みを作り込むには、相当な工数やコストを要する。せっかくのクラウド・サービスによる恩恵を棄損しかねない。プライベート・クラウドと複数のパブリック・クラウド間で、それぞれにデータ連携できる機能や、同じように操作できるデータの持ち方が必要となる。
 
 そこで注目したいのが、ストレージ機能によるデータ連携である。アプリケーションやOS、ハイパーバイザーに依存しないので、他のデータ連携方法に比べ、ハイブリッド・マルチクラウド環境でのデータ連携に大きなメリットをもたらす。
 
 その実現には、Software Defined Sto rage(以下、SDS)の技術を利用する。IBMのSDSは単なるサーバーのストレージ化ではなく、バックアップや災害対策を含めた統合データサービス基盤を、アクセス方式や、プライベートかパブリックかを意識せずに実現する技術である。
 
 各クラウド・サービス上で提供されるサーバーリソースにSDSを導入することで、IBMのストレージ技術をクラウド・サービス上で実現できる。各クラウド・サービスで同じストレージ環境を用意できれば、同じ操作や運用方法、ストレージの機能を利用できる。プライベート・クラウドですでにIBMのストレージ装置を利用している場合は、新たなスキルを身に付けなくとも、クラウド上にSDSで構築したストレージを扱える。当然ながら、運用手順書なども流用できる。
 
 このようにハイブリッド・マルチクラウド環境にSDSを組み合わせることで、クラウド・サービス活用の幅を広げられる。適材適所にデータを配置し、必要に応じて各クラウド・サービス間でデータを移動させるなど、データの流れを整えることが可能になる(図表2)。
 
 
 
 

 

ハイブリッド・マルチクラウドに
最適なストレージ

 
 
 IBMの提供するSDS製品のなかで、とくにハイブリッド・マルチクラウドに最適な製品を紹介しよう。
 
Spectrum Virtualize for Public Cloud
 
 ハイブリッド・マルチクラウド環境でのデータ連携を可能とするIBMのSDS製品の1つに、「IBM Spectrum Virtualize for Public Cloud」(以下、SV4PC)がある。ストレージの仮想化を実現するSAN Volume Controller(以下、SVC)やStor wizeシリーズの提供するストレージ・サービスを抽出し、ソフトウェア化した製品である。
 
 SV4PCは従来からの先進的なストレージ機能を備え、クラウド・サービスで提供されるストレージ・リソースの仮想化を実現する。あたかもクラウド・サービス上に、SVCやStorwizeシリーズを配置したかのように利用できる。
 
 SV4PCを使えば、ハイブリッド・マルチクラウド環境でデータの流れを整えられる。最新バージョン8.3は、IBM Cloud、AWSのどちらも正式にサポートしており、およそ30分程度で実装できる。
 
 IBM CloudとAWSで実装方法は異なるものの、実装後に両クラウド・サービスで構成されたSpectrum Virtualizeは同一である。GUI画面や操作性も、同じように使用できる(図表3)。
 
 
 
 
 
 オンプレミスでSVCやStorwizeシリーズを利用しているのであれば、新しいスキルを習得する必要もないし、新たに操作手順書を作成する必要もない。コマンド体系も同じなので、オンプレミスで使用していたスクリプトも、クラウド・サービス上で利用できる。先進機能も同様に使用できるので、ボリュームを複製するFlashCopyでバックアップの取得も可能である。
 
 そして、プライベート・クラウドと複数のパブリック・クラウド間でデータを行き来させる場合に使用するのが、災害対策などで利用されるGlobalMirrorである。これにより、ボリュームごとクラウド・サービス間を移動できるので、移動先でもそのまま使用できる。
 
 ただし、必要なパフォーマンス性能を考慮する必要がある。IBM Cloudの場合では、必要とするコンピュータ性能を選択する。AWSの場合はインスタンス単位でIOPSの上限が設けられているので、必要な性能要件に応じた仮想サーバーを選択する必要がある(図表4)。
 
 
 
 
Spectrum Scale
 
 Spectrum Scaleは以前にも本誌で、「SDS時代のファイルサーバー」として紹介したことがある。独自のファイルシステムを提供し、ポリシーベースでデータの階層化が可能なSDSである。
 
 Spectrum Scaleは、オブジェクト・ストレージへのアクセスに必要なS3プロトコルに対応している。それによりIBM Cloudはもちろん、AWSやAzureなどのクラウド・ストレージと連携し、階層化の一部としてクラウドにデータを配置できる。長年参照されていないものの削除できないデータを、クラウドに移動することが可能である。従来のSpectrum Scaleと同様に、クラウドを階層の1つとして、意識せずに利用できる。
 
 またSpectrum ScaleもSV4PCと同様に、IBM Cloudはもちろん、AWSマーケットプレイスからデプロイできる。これにより、各クラウド・サービス上にそれぞれSpectrum Scale環境を構築し、Spectrum Scaleの機能であるActive File Mana gement(AFM)を利用して、拠点間でデータを連携できる。Spectrum Scaleもまた、容易なデータ連携を実現する(図表5)。
 
 
 
 
Spectrum Protect
 
 クラウド・ストレージにバックアップを取得する場合は、Spectrum Protectがその機能を提供する。Spectrum Protectは、永久増分バックアップを中心に、多くの独自機能を備えたIBMのバックアップ・ソフトウェアである。
 
 Spectrum Protectもまた、クラウド・サービスとの連携が可能である。バックアップを直接クラウド・ストレージに保管できる。クラウドにバックアップデータを転送する際、圧縮と重複削減によりデータ転送量を抑えられるので、コスト削減にも寄与する。さらに暗号化機能を備えるので、セキュリティ面でも安心である。
 
 バックアップはときに大容量になりがちだが、クラウド・サービスにすべてのバックアップデータを溜め込むのは得策ではないと考える読者もいるだろう。Spectrum Protectでは、最新のバックアップはオンプレミスに保管しながら、古くなった世代のバックアップだけをクラウドに退避させるような構成も実現できる。クラウドに保管したバックアップをクラウド上にリストアして、データを取り出すことも可能である(図表6)。
 
 
 

クラウド・サービス検討時のポイント

 
 クラウド・サービスは、さまざまな用途で利用される。たとえば、提供されるアプリケーションを利用したい場合もあるし、バックアップや災害対策の目的でデータを保管したい場合もある。データを階層化し、あまり使わないデータを保管するという使い方もできる。 
 
 以下に、クラウド・サービスの利用を検討する際のポイントを紹介しよう。
 
帯域と転送速度
 
 クラウド・サービスに接続するネットワークが、要件を満たすかどうかを考慮する必要がある。
 
 クラウド・サービスへ専用線で接続するケースもあるだろう。たとえば、1Gbpsの専用線で接続していたと仮定する。バックアップを目的にクラウド・サービスを利用する場合、1TBを転送するのにおよそ2時間の転送時間を要する。日々の差分データであれば、朝までにバックアップが完了すればよいので、十分な時間かもしれない。しかし大容量をリストアする場合には、RTOを満たせるかどうかを考慮する必要がある。
 
保管コスト
 
 クラウド・サービスで利用するストレージにもよるが、最も安価なオブジェクト・ストレージでも、1GBあたり月額数円のコストがかかる。一見安価に思えるが、大容量データの保管を考えた場合、数PBのデータであれば月額数百万円のコストが発生することになる。
 
 大容量データを長期間保管するのであれば、プライベート・クラウドに保管したほうが安価になる。
 
移動コスト
 
 一般的なクラウド・サービスでは、クラウドの外へのデータ転送にコストがかかる。しかも保管するだけで、1GBあたり数円だったコストの数倍を要する。数PBのデータであれば、数千万円のコストが発生することになる。小さく始めることが多いクラウド・サービスだが、いつの間にかデータ容量が膨み、事実上抜け出せなくなるだろう。取り返しがつかなくなる前に、検討のタイミングを設ける必要がある。
 
 ちなみにIBM Cloudでは、データセンター間のデータ転送にコストは発生しない。プライベート・クラウドへの転送も、専用線で接続していれば無料である(図表7)。
 
 
 
 
 このように、ハイブリッド・マルチクラウド環境を実現し、最適なデータ配置を実現するにはクラウド・サービスの選択も重要なポイントになる。
 
 今回は、クラウド・サービスの利用を検討する際に忘れがちな「データ」を中心に、SDSが実現するハイブリッド・マルチクラウド環境を紹介した。適材適所にデータを配置し、必要に応じて互いにデータを連携した環境を構築することで、コスト、運用、開発効率性を最大化したストレージ運用を目指したい。
 
 

著者

奥田 章氏

 
日本アイ・ビー・エム株式会社
システム・ハードウエア・ソリューション事業部
ストレージ・テクニカル・セールス
コンサルティングITスペシャリスト
 
1999年、日本IBMに入社。ストレージ製品やバックアップシステムを中心とした導入支援サービスを担当したのち、2004年からストレージ製品のプリセールスに従事している。全国の全業種のユーザーを担当している。
 
 

 

 

[IS magazine No.27(2020年5月)掲載]

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