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自分のキャリアをどう捉え、どのように再構築すべきか ~キャリアマネジメントに詳しい 伊藤京子氏に聞く

新型コロナの先行きが見えない。その一方、経済・ビジネスへの大きな打撃が懸念され、企業のあり方や働き方の抜本的な変革が進みそうである。そうしたなかで、自分は何を目標に、何を使命として、さらには何を生きがい・楽しみとして仕事・生活に取り組むのか。そうした問いが今、根本的に必要になりつつあるように見える。自分を活かすためのセルフ・キャリア・マネジメントについて、キャリア・マネジメントに詳しい アイ・ラーニングの伊藤京子氏に話をうかがった。

 

伊藤京子氏

株式会社アイ・ラーニング
デジタルトランスフォーメーション事業部
副本部長 研修コーディネーター/ビジネスディレクター

 

 

2000年頃を境に
「キャリア」の捉え方が変わる

IS キャリアとは、どのように捉えるべきものですか。

伊藤 キャリアと言えば、仕事上の高い地位や積み重ねた経験を指すのが従来の意味でしたが、2000年以降はその人の人生、生き方全体を含めて広く捉えるように変わりました。つまり、従来は職務経験や職業能力、役職といったワークキャリア中心だったのが、2000年以降はライフスタイルも重視する傾向にあります。

 この変化の背景には、経済が低成長期に入ったことや社会の高齢化があると考えられます。高度経済成長期のように“がむしゃらに”働く仕事人ではなく、仕事は人生の一部であり人生や生活も含めての「ライフキャリア」であるという考え方に変わってきたのです。言い換えれば、その人の「人生の時間の使い方すべてがキャリア」という考え方ですね。

 今多くの企業で、従業員に能力を十分に発揮してもらうにはワークキャリアとライフキャリアの両面からのアプローチが必要だと気づき始めています。

 

IS 「ワークライフバランス」という言葉もすっかり定着しましたね。

伊藤 ワークライフバランスは、国家レベルで見ると人口減少時代の労働力の確保が目的ですが、働き手であるわたしたち自身の意識が変わってきたこともワークライフバランスの定着に作用しています。外国人も日本企業の重要な戦力になるし、優秀な女性を働き手として確保するには、かつてのようなワークキャリアのみに注力する人材マネジメントでは追いつかなくなっているのですね。

IS 社会の変化のなかで、個人の価値観や意識も変化しているということですね。

伊藤 たとえば、1つの会社で定年まで勤めたいと思っていても、会社そのものが変化するのですから、働くほうも「仕事第一」「昇進・昇格」よりは自分の人生を充実させたいと考えるようになります。それゆえに企業にとっては、企業の価値を上げ、企業の根幹の成長に貢献できる人材の育成と同時に、従業員一人ひとりが望む働き方の提供が課題なのです。またその一方で、自分のキャリアマネジメントを会社に依存するのではなく、自分のキャリアは自分自身で作るという考え方も定着しつつあります。

IS 企業が、従業員のライフキャリアへの取り組みを積極的に支援するのはどうしてですか。

伊藤 どのような企業でも、従来型のビジネスモデルやこれまでの延長の戦略では、ビジネスの成長や継続が難しくなっていることに気づいています。このままでは将来、事業の存続が危うくなるのではないかという不安は、どの経営者も感じています。加えて、グローバル化や異業種の参入、新技術のイノベーションなど環境の変化もありますから、企業は自社の存在価値の創出をこれまで以上に促進していく必要に迫られているのです。

 従業員に対する会社の期待は、企業が蓄積してきた知見に加えて、それとは別の異なるものを受け入れることによって新しい事業を創出したり、変化をリードできる人材です。

 そのためには、従業員の「エンプロイアビリティ」(雇用され得る能力)を維持・向上しつつ、従業員の「エンゲージメント」(自発的な貢献意欲)を高める施策が必要になります。つまり企業が優秀な人材を育成、確保するためには、従業員の望む働き方や価値観の違いに向き合い、ライフキャリアまで含めた働きやすさの支援や成長機会の提供が必要になっているのです。

 

人生には4つの要素と
6つの重要課題がある

IS キャリアについての考え方には、どのようなものがあるのですか。

伊藤 キャリア理論は従来から多数ありますが、近年はライフキャリアにフォーカスしたサニー・ハンセンとナンシー・シュロスバーグの理論が参考になると思います。

 これまでキャリアというと、仕事と従業員の職業能力のマッチングや職務能力の向上という捉え方でしたが、ハンセンは仕事も含めた人生の時間のすべてを大局的に捉え、自身にとって有意義なライフキャリアに近づけることが「幸福なキャリア」だと言っています。人生には4つの重要な要素と果たすべき6つの重要課題があり、自分の人生観、家族、組織、コミュニティ、社会的ニーズなどとも統合的に検討しながら自分の優先順位に応じた人生課題に取り組むことを提唱しています。

 

 

IS キャリア研修では、この理論をどのように利用しているのですか。

伊藤 人生の4つの要素(4L)である、仕事(Labor)、学習(Learning)、余暇(Leisure)、愛(Love)のそれぞれについての自覚と充実度のプラスとマイナスを記述してもらい、客観化することをまず行います。仕事における動機や関心、仕事に求める意味や価値、さらには能力、人格、自分の適性を知ることは、自分の今とこれからのキャリアを考えていくときの大切な基本となるからです。

 

転機を克服する
3つのステップと4つのS

IS シュロスバーグの理論はどのようなものですか。

伊藤 シュロスバーグの理論は、人生は「ライフイベント」と「転機」の連続であるという考え方です。ライフイベントとは、就職や結婚、親の死、転職などその人を大きく変化させるような人生の出来事を指し、それを契機に転機が訪れる。この転機の連続がその人のキャリアを形成するというもので、転機にうまく対処するためのステップとして、「転機を見定める」「自分のリソースを点検する」「受け止めて対処する」という3つの段階を提示しています。

 

 

 そして転機によって自分の「役割」や「人間関係」「日常生活」「自己概念」のいずれかが変化するので、その変化を自分の「状況(Situation)」「自己(Self)」「支援(Support)」「戦略(Strategies)」(以上、4S)というリソースを見直すことによって客観的に把握し、次の「受け止める、対処する」へと進んで人生を乗り切っていくことを説いています。

IS シュロスバーグの「転機」は、キャリア研修ではどのように学ぶのですか。

伊藤 これもハンセン理論のときと同じように、受講者に自分のこれまでの人生のなかの転機、たとえば「就職」や「転勤」などを示してもらい、そのときの状況、自己、支援、戦略に分けて、自分の行動を振り返ってもらいます。また、これから起きるだろうと予期される転機、たとえば「異動」「定年」などについても同様に4Sの「状況、自己、支援、戦略」を想像して記述してもらい、どう対処するのか、その後どうなると予想されるのかを書いてもらいます。

IS キャリア研修の対象者はどういう人ですか。

伊藤 当社では世代別に複数のキャリア研修コースを提供しています。そのなかで、キャリアの考え方やセルフマネジメントの方法を紹介し、自分はどうだろうかと考えてもらうことは各コースとも共通です。しかし、新人・若手と中堅社員とでは経験や知識の質・量が違いますので、キャリアプランの時間軸、テーマ、ゴールは異なります。若手はワークスキルを早期に獲得することを中心に学び、中堅やシニアには健康管理や趣味なども含めた少しロングレンジのライフキャリア、ビジョンについて学んでいただきます。

 新入社員向けの「新人・若手社員のセルフマネジメント」では、ワークライフやモチベーションのセルフマネジメントについて学び、仕事でもプライベートでも何か新しいことに取り組むときの後押しとなる「自己効力感」や「できる感」を高める方法を習得します。

 

 

「若手ITエンジニアのためのキャリアマネジメント」では、自律的にワークキャリアをレベルアップしたい入社1年〜5年目までのITエンジニアを対象に、自分の職種の業務内容を理解しながら、次の段階にレベルアップするための具体的な行動計画の立て方や実現方法を学びます。

 

 

価値観や生き方を
棚卸しする必要性とツール 

IS 中堅やシニア社員向けの「キャリアビジョン」はどのような内容ですか。

伊藤 こちらはある程度の職務経験をもつ人が対象で、さまざまな年代や職種の方が参加しています。企業ごとや職種別に実施する場合もあります。バブル期前後に入社した現在45〜55歳のミドルは人生においていろいろな悩みや課題をもつ時期なので、とくにスキルやキャリアの再設計の必要性を感じていると思います。この年代は、定年が60歳前後から70歳前後へと延びているので、あと10年・20年の生き方・働き方を見直す必要が生じています。

 研修では、自己の価値観や人間性をあらためて見直すところから始め、ワークキャリアの側面では現場の戦力として周囲の期待に応え、今後の活躍の場を自ら率先して広げるための方法を学びます。またライフキャリアの側面では、自分らしい働き方の強みや価値を理解し、仕事と生活の両面でキャリアアップする方法を学習します。演習やワークショップをとおして、自己理解をベースにした自己変革とそのための行動力を高めることが狙いです。

 

 

IS この研修では、どんなキャリア理論を利用しているのですか。

伊藤 ドナルド・スーパーの「キャリア・レインボー」という理論があります。人には生まれてから死ぬまで人生の役割(ライフロール)があり、キャリアとはライフロールの組み合わせであり、キャリアの発達とはそのライフロールを果たすことという考え方です。今の自分とライフロールとの照合によって現在の自分を客観的に把握できます。

 

 

 またエドガー・シャインの「キャリア・アンカー」というアセスメントは、仕事を選ぶときの自分の価値観や動機の元をセルフチェックで確認する方法で、このような自己点検をいくつか取り入れた内容になっています。

 

 

偶然を味方にする
行動や思考の重要性

IS そのような「自己理解」「自己点検」は、キャリアマネジメントのどのようなことに役立つのでしょうか。

伊藤 自分のやりたいこと、必要なもの、目指すものを、会社にもプラスになるように実行し職業人として成長するには、自分が本当に興味をもっていることについて知り、それと会社や組織の方向性・戦略とのマッチングやすり合わせが必要です。研修ではその方向づけや意識づけを促すことを目指しています。

IS 自分の興味と会社にとってのプラスを重ね合わせる作業ですね。これは自分のキャリアを見直したい人には意欲を与えるでしょうね。

伊藤 そのとおりです。クランボルツの理論で「プランドハプンスタンス(計画された偶然性)」というものがあります。簡単に言えば、犬も歩けば棒に当たる、歩かなければ何も起きない、人生も仕事も何かの目的に対して行動することによって新たなきっかけに出会いやすくなるという、好奇心と行動の重要性を説いたものです。つまり好奇心やこだわり、柔軟性、楽観性、リスクを感じつつ行動することで“偶然の種”に出会いやすくなる。あふれる情報のなかから自分の興味を見つけて行動してみることは、これからのキャリアマネジメントで大事なことです。

 

IS 受講者の反応や感想はどのようなものですか。

伊藤 1日の講習でキャリアに対する見方や考え方が変わった、モヤモヤがスッキリしたという人が多くいます。自分が思っていることや感じていることを文書化し客観化することによって、気づきや自覚が生まれます。

 わたしたちキャリアコンサルタントやキャリア講師の役割は、その自覚を促すナビゲーターです。研修は、キャリアに関する理論を何も知らなくても手順どおりに進んでいけばキャリアをデザインできるように構成されています。仕事を含めたライフキャリアをプロアクティブに見直し自己変革していくために、研修の扉を叩いていただきたいと思います。

[IS magazine No.27(2020年5月)掲載]

 


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