慶応Hubは量子分野の頭脳の宝庫
Quantum Nativeの育成にも取り組む
所属・分野の垣根を越えた人的ネットワークを構築、知見・方法論の共有を促進
山本直樹氏
慶應義塾大学 量子コンピューティングセンター センター長
理工学部 物理情報工学科 准教授・博士(情報理工学)
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量子テレポーテーションの
実験成功のニュースがきっかけ
私は広く数学に興味があり、大学(東京大学)の学部から大学院博士課程の初めまでは応用数学を専攻していました。とくに制御理論は明確な工学応用をもつとともに数学的にきれいに定式化できる体系で、これを主に研究していました。
量子コンピュータの研究を始めたのは、1998年の量子テレポーテーションの実験成功のニュースがきっかけです。実験を成功させたのは東大で同じ建物にいた古澤明先生で、とても興味をもちました。ちょうど大学院博士課程で次の研究テーマを探していたところでもあり、量子力学について本腰を入れて自学し、その結果、量子系の制御や最適化について研究しようと方向を定めたわけです。
これまでの研究としては、量子光のフィードバック制御や重力波干渉計の設計論、量子メモリの最適設計理論、量子誤り訂正符号の最適化などに取り組んできました。最近はフィードバック増幅による量子機能創出というテーマで研究を進めています。一般的な電子回路では、増幅器とくにオペアンプにフィードバックをかけると有用な機能をいろいろと実現できます。そのオペアンプを量子化すると何ができるか、というのが研究の内容です。
量子コンピューティングセンターを
矢上キャンパスに開設
慶応大学に設置するIBM Q NetworkのHub(以下、慶応Hub)に関しては、Hubを内包する組織として「量子コンピューティングセンター」を立ち上げました。神奈川県横浜市の矢上キャンパスにセンターを設置し、そこからニューヨークのヨークタウン・ハイツにあるIBM Qにリモートで実行命令を発行し、その計算結果をネットワーク越しに受け取るという環境で研究を進めます。
慶応Hubの参加メンバーはおおよそ決まっていて、日本IBMからはここにおられる渡辺(日出雄)さんらが常駐されます。企業からは金融工学や量子化学の専門家の参加があり、ほかにも、量子計算、量子通信、計算物理を専門とするHub特任教員が集まる、非常に強力な研究体制ができつつあります(図表7)。また、学生もポテンシャルが高く優秀で、それを含めて当センターは頭脳の宝庫であると確信しています(図表8)。
図表9に、慶応Hubのアドバンテージをまとめました。20量子ビットのIBM Qへのフルアクセスなどは言うまでもありませんが、個人的には4番目の「所属・分野の垣根を越えた密な人的ネットワーク構築」が一番大きいと思っています。というのは、量子コンピュータで何ができるのか、まだはっきりしていないからで、そこを明らかにするには多様なバックグラウンドをもつ英知が必要だからです。そして、そうした多様で豊かな人的ネットワークを通してこそ、将来を担う新しい発想をもつ「Quantum Native」の人材育成が可能になると信じています。
研究を開始するなら
今が最高のタイミング
量子コンピューティング研究を開始するには、今が最高のタイミングです。後のち、数百、数千量子ビットのマシンになったら設計自体がブラックボックス化してしまい、内部で何が行われているのか、現在のコンピュータと同様に、簡単には理解できなくなってしまいます。
今は20量子ビットですから、ドラゴンクエストにたとえて言えば「ドラクエ1」の時代です。あのドット絵のシンプルなゲームでは、コンピュータがなかで何をやっているのか、アルゴリズム作成者がよく理解することができました。そして、そのときに作られたアルゴリズムが、現在のゲームの基礎になっているわけですね。
いま、量子コンピュータ業界では、あの時代が再来しているという状況です。企業にとっては先行者メリットを十分に得られる段階で、量子コンピューティングに関する特許の取得やソフトウェアのパッケージ化などのチャンスもあります。企業のプレゼンス向上にも寄与すると考えています。