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特集|量子コンピューティング ~座談会 未踏の領域へ向けて量子コンピューティングの扉を開く

座談会

未踏の領域へ向けて
量子コンピューティングの扉を開く

わからないことだらけの世界
パッションとテクノロジーと知識が原動力

 

◎出席

小野寺 民也 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所 副所長 技術理事 理学博士

 

山本 直樹 氏

慶應義塾大学 量子コンピューティングセンター センター長
理工学部 物理情報工学科 准教授・博士(情報理工学)

 

渡辺 日出雄 氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所
Leader, Q & AI Acceleration Center
部長 工学博士

 

司会・進行

沼田祈史氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
研究開発
ストラテジー&オペレーションズ
スキルズ&エンゲージメント 課長

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IBM Q Networkは
千載一遇のチャンス

沼田 山本先生にあらためて伺いたいと思っていましたのは、慶応大学がIBM Qを選んだ理由です。どのような目的で選択したのでしょうか。

山本 「選んだ」などと言うのは大変おこがましい話で、ありがたく協力させていただきます、というのが正直な気持ちです。

世の中では、アニーリング方式の量子コンピュータが話題を集めていますが、その方式が市場を席巻し、アニーリング方式こそ量子コンピューティングという図式ができるのは、サイエンスにとってよくないと考えています。

ゲート方式はアニーリング方式と違って万能ですから、組み合わせでも最適化でも何でも可能です。ゆくゆくは1000キュービットクラスのフォルトトレラントなマシンも登場するでしょう。そしてそれこそが「量子コンピュータ」と呼べるマシンであるはずです。アニーリング方式とのよい共存関係も構築されるのではないかと思います。

今、ゲート方式で一番先を走っているのは、間違いなくIBMです。ですからIBM Q NetworkのHubになることは、研究者にとって千載一遇のチャンスです。そういう合意が、私たち慶応の研究者の間にはあります。IBM Qは最高レベルの実験機であり、それを使って理論の検証ができることは、理論家にとっては願ってもない環境です。

沼田 慶応Hubには、どのようなバックグラウンドをもつ人たちが参加しているのですか。

山本 量子計算はもちろん、量子情報、量子化学、金融、AIとさまざまです。企業から派遣されてくる人のなかには、少し前まで大学で助教を務めていたバリバリの研究者もおられますし、Hub特任教員も多様な顔ぶれが集まっています。

 

誰が最初に成功するか
世界中が注視している

沼田 仮に、企業がこれから参加するとしたら、どのような考えで臨んだらいいですか。

山本 まずは純粋に、未来を探るというような気持ちをもっていただくといいかと思います。慶応Hubに参加すれば利益に直結する成果がすぐ得られるという考え方だと、ちょっと厳しいかもしれません(笑)。

小野寺 量子コンピューティングの現在は「何々ができる」と確実に言える段階ではなくて、それを見つける、宝探しの段階ですね。私はよく、量子コンピューティングの説明の最後にコロンブスの船の絵を紹介するのですが、「量子大陸」の発見はまさにこれから、という意味を込めています。慶応Hubへの参加は、そういう気持ちで臨んでいただくのがいいと思います。

 

渡辺 IBMでは量子コンピューティングの過去・現在・未来を図表6のように提唱しています。現在は「Quantum Ready」の段階で、ゆくゆくは「Quantum Advantage」へ進みます。慶応Hubに参加されるのであれば、次のQuantum Advantage時代にいち早く踏み込み、業界をリードしたいというパッションをおもちの企業様が向いていると思います。先ほど山本先生から、量子コンピューティングに取り組む時期として今は最高のタイミングというお話がありましたが、新しいロジックやアルゴリズムの発見が知的財産につながったり、先行者利益を享受できる、またとないチャンスではないかと思います。そう考えられる企業・技術者・研究者であれば、慶応のIBM Q Hubへの参加で大きなメリットを得られると思います。

 

小野寺 パッションとテクノロジーと知識は、コロンブスを新大陸へ向かわせた原動力でもありました。世界中で、誰が最初にビジネス価値のあるアルゴリズムを作るかを注視しているわけですからね。わくわくするような時期とも言えます。

 

量子コンピューティングの
入口に立つのは簡単

沼田 しかし量子コンピュータは、ITエンジニアが取り組むには敷居が高いという感じがしています。実際はどうなのでしょうか。

山本 量子コンピュータの敷居は高いというイメージは、確かに根強くありますね。しかしながら量子コンピュータの体系自体は非常にシンプルなので、1カ月も勉強したらそこそこの理解は得られるはずです。バリアはそれほど高くないと思っているのですが……。

渡辺 量子物理の深遠な世界を理解するのは、かつてアインシュタインも苦労したように、かなり難しいだろうと思います。しかし現在は、QISKitやComposerを使って5量子ビット用の量子回路を作れるような段階になっていますから、プログラミングが得意な人なら量子コンピューティングの入口に立つのは簡単です。そしてその入口の奥に、量子コンピューティング用の新たなアルゴリズムを考える世界があり、そこでは何十もの量子ビットに現実の問題をどうマッピングするかを試行錯誤する作業が待っています。そこはまだ始まったばかりの世界です。そここそが、ITエンジニア・研究者としての腕の見せどころじゃないでしょうか。

小野寺 沼田さんは、「IBM Quantum Computingで計算してみよう」という記事をdeveloperWorksに投稿していますが、執筆してみてどうでしたか?

沼田 いやぁ、非常に大変でした(笑)。とくに量子コンピュータで使われている量子的な現象の理解に、最初はとても苦労しました。しかし、量子現象を事実として受け止められれば、わりと理解しやすいのではという感想をもちました。ただし、数学ができないと難しいですね。

小野寺 線形代数、忘れていたら、もう一度勉強し直さなくてはですね。

沼田 現時点の量子コンピュータのプログラムはアセンブラのような状態なので、線形代数は避けて通れないと思いました。
渡辺 それと、複素数アレルギーも直しておかないと(笑)。

 

1000量子ビットになると
化合物の探索ができる

沼田 山本先生は、量子コンピュータの研究で「どうぶつしょうぎ(動物将棋)」の構想をもっておられるそうですが、どういうものですか。

山本 少し前に、国立情報学研究所の人工知能研究で「東ロボくん」というプロジェクトがありました。「ロボットは東大に入れるか」というわかりやすいキャッチフレーズで、一般の人に人工知能を身近にさせるうまい取り組みでした。「どうぶつしょうぎ」に限らないのですが、こういった量子コンピューティングを一般の人に身近に感じてもらうための企画をつくれれば、と考えています。「どうぶつしょうぎ」は駒が8枚ほどの簡単なゲームですから、20量子ビットの量子コンピュータなら勝負の展開をシミュレート可能だと思っています。

沼田 将来、1000量子ビットの量子コンピュータが登場したら、どのような世界になるのでしょうか。

山本 分子シミュレーションの場合ですと、現状の量子コンピュータでは水素分子のシミュレーションができる程度です。しかし100や1000の量子ビットになると、プロテイン(タンパク質)のシミュレーションをはじめ、いわゆる化合物の探索が出来るようになります。これは、ものすごく大きな進歩です。

小野寺 現在世界最高性能のスパコンをもってしても電子数が95個のカフェインのシミューレーションは到底できないのですが、1000量子ビットになると信じられないレベルになるわけですね。

山本 私が大学院生だった2002?2003年ころは2量子ビット程度でしたが、今は20量子ビットで、50量子ビット・マシンも射程に入っています。15年で10?25倍の向上です。10年後にどれくらいの成長を遂げているか、非常に楽しみです。

 

チャレンジできる課題が
いっぱいころがっている

沼田 逆に、100?1000量子ビット・マシンの実現が困難な理由は、どこにあるのですか。

山本 量子コンピュータのエラーレートは現在でも20%ほどあります。それくらい間違えると処理性能はスケーラブルに伸びていかないので、量子ビットを増やせないという事情があります。それと、2次元で量子ビットを並べているので、量子ビットが増えると配線が長くなる部分が出てロスが生じるという、アーキテクチャ上の問題もあります。

小野寺 角度を変えて見ると、サイエンティストやエンジニアにとって、ハードウェア、回路設計、アルゴリズムなどなど、いろいろなレイヤーでチャレンジがいっぱい転がっているということです。東大の中村泰信先生がNEC在籍時の1999年に初めて超電導型量子ビットの実験に成功したときは1ナノ秒の量子状態でした。世界に衝撃を与えたブレークスルーでしたが、それから18年でコヒーレンス時間は5ケタ向上しています。現在はこれだけの大きな注目が集まっていますから、投資が国レベルでも民間レベルでも大きくなり、優秀な人材も集まってくる。そうなると、考えられないくらいの速さで進歩していくのではないか、という期待があります。

沼田 1000キュービットの時代となり企業がこぞって使うとなると、その利用イメージは、量子コンピュータをクラウド上に配置する形態でしょうか。

小野寺 IBMとしてはクラウド経由の提供です。実機の販売は考えていないと思います。

沼田 すると、企業のなかで解きたい問題があるとき、古典コンピュータで整理して、それをクラウド上の量子コンピュータへ投げて計算し、その結果を古典コンピュータで利用するという使い方ですか。また、その段階になると、量子コンピュータ向けのアルゴリズムが多数そろっていて、この用途にはAというアルゴリズム、そちらはBというアルゴリズム、というような世界になっているのでしょうか。

渡辺 数年先に量子コンピュータ用のアプリケーションが登場すると仮定したら、メインルーチンは古典コンピュータで動いていて、ある部分の処理をクラウド上の量子コンピュータで行い、その結果を古典コンピュータで処理するという、ハイブリッドな形態になるでしょう。量子コンピュータのプログラムも、ネット上に公開されているアルゴリズム・サブルーチンを組み合わせて開発するようになっていると思います。これから量子コンピュータのプログラム開発にトライする人は、すべての処理を量子コンピュータで行うのではなく、そのときの量子ビット数とエラーレートを考慮して、古典コンピュータと量子コンピュータを使い分ける、そうしたデザインができる人が必要になると思います。

沼田 今で言うアーキテクトのような人、つまり量子コンピュータを理解したうえで、システムのどの部分で量子コンピュータを利用するかを設計できるエンジニアが必要になるということですね。ITエンジニアが量子コンピュータに取り組む1つの道筋が見えたような気がします。

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