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業務改革を推進するコグニティブ・ビジネス・オペレーション ~ビジネス・プロセスとビジネス・ルールの最新管理法

 
 BPM(Business Process Manage ment)という考え方はとくに新しくはなく、すでに過去のものと感じる人もいるかもしれない。そのBPMが今、クラウドとAIの爆発的な普及とともに再び脚光を浴びている。
 
 今回はコグニティブ・ビジネス・オペレーション(Cognitive Business Operation。以下、CBO)という新しい考え方を整理するとともに、CBOを実現するためのコンポーネントや具体的なユースケースを紹介する。
 
 

再び注目を集めるBPMとCBO

 筆者はいわゆるBPMS(Business Process Management System)に10年以上関わってきたが、正直、これまで日本でのBPM普及はお世辞にもうまくいっていたとは言えないと思っている。しかし、企業やSIer、コンサルティング会社の担当者と話していると、昨年あたりから業務プロセスやBPMに対する関心や意識が明らかに高まっていると感じる。
 
 その理由には、次のような社会的および技術的な背景がある。
 

◆ 高齢化による退職や少子化による人材不足

 米国では、看護師や修理工といった専門知識を必要とする職種の高齢化が問題になっている。読者が抱える日々の業務でも、特定の担当者の知識に依存しているため、その担当者が異動・退社したら立ち行かなくなるような業務はないだろうか。
 
 現場の知識が定年退職などによって失われていく、またスキルのある人材の確保が難しくなるなかで、現場の暗黙知として蓄積されているノウハウを形式知として整理し、会社の資産として管理する必要性が高まっている。その際、ビジネス・プロセスという観点で業務知識を整理することの有効性が見直されている。
 
 

◆ 売上の伸び悩みや競争の激化でコストカットの重要性が増大

 人口増加によって無条件にビジネスが拡大した高度経済成長期と違って、人口の減少により、このまま何もしないとビジネスは確実に縮小していく。またグローバル競争に打ち勝つ必要からも、コストカットの重要性が増している。
 
 業務プロセスを分析し、これまで関連会社へ丸投げしていた業務にメスを入れる、あるいは低付加価値の作業をオフショアのリソースやパートタイマーに代替し、高コストの正社員はより付加価値の高い作業にシフトさせるといった動きが加速している。
 
 実際のところ日本では、まだまだ紙によるマニュアル作業が驚くほど多く、複数システムにまたがる複雑な入力処理を整理して単純化するだけで、億単位のコストカットが実現できるケースもある。
 

◆ 長時間労働を是正する社会的な流れ

 昨年あたりから、働き方改革という言葉を耳にする機会が非常に増えた。長時間労働による過労死やうつ病の予防だけでなく、人材確保という面でも、ワークライフ・バランスの重要性が増している。
 
 毎月の締め日が近づくと、その日のうちに帰宅できない。注文が増えると、深夜残業で対応せざるをえない。こうしたケースに対し、業務プロセスの可視化や平準化の必要性が高まっている。
 
 こうした社会的な背景のほかに、さらに以下のような技術的なトレンドもBPMの盛り上がりを支えている。
 

◆ BPMプラットフォームの成熟

 BPM自体は必ずしもシステム化を伴わないが、IT化することで効果が得られる領域に対してはBPMSを適用し、繰り返し型で開発できる。
 
 これまでBPMSは重厚長大で、使いこなすのが難しい面があったことは否定できない。しかし最近は各社のBPMSもかなり成熟し、よりアジャイルなシステムの開発が可能になっている。
 

◆ クラウドによる業務部門主導のスモール・スタート

 BPMプロジェクトを推進するには、IT部門と業務部門の協力が必要不可欠である。むしろ、業務部門主導でプロジェクトを推進するケースも多い。ちょっとしたシステム修正でもその都度、IT部門へ依頼する必要があり、ビジネスのスピードにITのスピードが追いついていないという業務部門の不満にも、BPMは効果的である。
 
 またクラウド費用は資産ではなく、経費扱いになる点も大きなポイントである。比較的低額なコストでBPMプロジェクトをスタートし、適用範囲の拡大とともに段階的にスコープを広げていくことが容易である。
 
 
◆ 注目が集まるRDAとRPA
 
 今、保険業界など一部の業界で非常に注目されているのが、「RDA」(Robotic Desktop Automation)、「RPA」(Robotic Process Automation)と呼ばれる領域である。デスクトップ上で動作するロボットを用いて、単純作業を飛躍的に効率化させる取り組みだ。
 
 BPMとは多少異なるアプローチであるが、こういった最新テクノロジーによる業務効率化を検討する流れのなかで、BPMへの関心も高まっている。
 
 なおRPAについては、業務プロセス全体にAIを適用し、最適化するものと位置づける考え方もあるが、本稿ではRPAをデスクトップ中心の自動化技術と定義する。
 

◆ コグニティブ・ビジネス・オペレーション

 そして、コグニティブ・ビジネス・オペレーションである(図表1)。機械学習、ディープラーニングと呼ばれるテクノロジーにより、これまでコンピュータが扱うのは難しかった音声、画像、自然言語といった非構造化データを取り扱うことが可能になった。
 
 それにより、これまでシステムがうまく活用できなかった膨大なデータを利用してタイムリーに状況を検知したり、システム利用者へ適切にアドバイスすること、あるいは人に依存している判断を自動化することが可能になる。コグニティブ・ビジネス・オペレーションはこれまで、BPM製品やビジネス・ルール製品で実現してきた業務の効率化・最適化にコグニティブのパワーを適用することで、これまでなしえなかったレベルの効率化や新たな価値をもたらす。
 

CBOを実現するコンポーネント

 ここからは、CBOの具体的なユースケースや実装について見ていこう。
 
 以下の3つが、コグニティブ・ビジネス・オペレーションを実現する主要なコンポーネントである。
 

◆ コグニティブサービス

 自然言語や画像といった非構造化データを扱うのがBluemix上のWatson API、あるいはWatson Explorerである。WatsonのAPIはさまざまな機能を提供するが、図表2にCBOでの利用が期待されている代表的なAPIを示す(2017年5月時点。WatsonのAPIは随時更新される)。
 

◆ BPMS

 BPMSでAIや機械学習を利用するシステムを検討する際には、以下の点を考慮する必要がある。
 
・ 適用範囲の検討
 
 業務全体をAIによって自動化することは不可能である。ビジネス・プロセスのどの領域にAIを適用すると最も効果が得られるかを検討し、適用範囲を絞り込む必要がある。
 
・ 人によるカバー
 
 AIによる応答は、常に完璧ではない。また初期段階では十分なデータが存在しないので、満足な応答ができず、結果的に人手によるカバーが必要になるケースもある。一般的なBPMSでは人へのタスクの割り当てや、通知・処理するための画面開発機能が提供される。
 
・ データの取得
 
 WatsonのAPIを使用する場合、多くのプロジェクトで課題になるのがデータをどう入手するかである。顧客や業務ユーザーの入力したデータをトラッキングする仕組みが必要である。
 
・ 継続的な学習
 
 入力データやフィードバックをもとに継続的に学習し、精度を向上させる必要がある。
 
 BPMSの経験がある人は、ここに挙げたポイントを見てピンと来たのではないだろうか。これらの機能はまさにBPMSが得意とするエリア、あるいはBPMSの機能そのものである。
 
 BPMSを用いることで、人がカバーする際の担当者へのタスクの割り当てや、タスク処理画面の提供、バックエンドとの連携やデータのトラッキング機能などを迅速に実現できる。IBM製品では、「IBM Business Process Manager」がそれにあたる。
 

◆ ルール・エンジン/イベント・エンジン

 コグニティブサービスにより大量の非構造化データを分析し、それらの情報を関連づけ、状況を検知し、アクションを起こす必要がある。アクションのトリガーやトリガーのためのルールを業務ユーザーにより定義可能にするのがルール・エンジン、イベント・エンジンである。IBMの製品では、IBMの「Operational Decision Manager」がそれにあたる。
 
 

CBOのユースケース

 最後に、CBOのユースケースについて整理する。現在、金融・製造・流通といったさまざまな業種でCBOの検討と実装が進んでいるが、それらは大きく分けて以下の4つのユースケースに分類できる。
 

◆ 顧客インタラクションの改善

 顧客に対して自然言語やチャットといった、より使いやすいインターフェースを提供することでセルフサービスを実現したり、膨大なデータをもとにパーソナライズされたユーザー・エクスペリエンスを提供する。
 
「Conversation」により実装したチャット・インターフェースで銀行や保険の受付をサポートし、必要に応じてBPM上に実装された加入・変更プロセスを起動するようなパターンである(図表3)。
 

◆ 担当者割り当ての自動化

 質問や作業の内容を「Natural Langu age Classifier」(以下、NLC)で分類し、最も適したプロセスや担当者を自動的に判別し、作業をルーティングするパターンである。
 
 ある銀行では顧客からの問い合わせをNLCによって分類することで、大きなコスト削減を実現している(図表4)。
 

◆ 意思決定のサポート

 過去の経験やベストプラクティスに基づき、顧客や業務担当者の意思決定に際して適切にアドバイスする。「Retrieve and Rank」を用いて、担当者に検索機能を提供するようなパターンである。保守作業を割り当てた担当者に対して、適切な過去事例を提示することで作業効率の向上などを実現する(図表5)。
 

◆ 状況の検知と迅速な対応

 画像や自然言語など膨大な非構造化データを分析し、より正確に検知し、素早くアクションを起こす。たとえばインフルエンザに関するツイッターのつぶやきをNLCで分析し、カテゴライズし、イベント・ルールを組み合わせることで、一定の閾値を超えた場合にアラートを通知する。それにより、抗インフルエンザ薬の生産タイムラグを縮小するなどの利用法が検討されている(図表6)。
 
 
 以上本稿では、再び脚光を浴びつつあるBPMを取り巻く環境を整理し、コグニティブサービスを用いた業務オペレーションの改革であるCBOの具体的なユースケースを紹介した。
 
 これまで業務プロセスの整理やBPMSの実装を担当してきた技術者はぜひ、コグニティブサービスで何が実現できるのかを理解し、新しい業務プロセスのあり方を検討してほしい。
 
 また昨年度から数多くのユーザーで、Watsonを用いたQ&A自動対応のシステム検討が進んでいるが、その次のステップとして、ぜひCBOによる業務プロセスの改善も検討してほしい。
 
 

著者|長谷 真太郎 氏

日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
ビジネス・オートメーション
ITスペシャリスト
 
日本IBMに入社以来、IBM Business Process ManagerなどのBPM関連製品のテクニカル・サポートやプリセールス・サポートを10年以上実施。現在はISEで、BPMやWatson関連プロジェクトのデリバリーを担当している。
 
[IS magazine No.16(2017年7月)掲載]

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