みなさんはデパートで迷子になったことはないだろうか。筆者は方向音痴なので、欲しい商品の売り場がわからず店員に尋ねることがよくある。そのようなとき、スマートフォンを使った施設内案内サービスがあったらどんなに便利だろう、とよく思う。近年、そうしたサービスを提供する施設が出てきているが、そのサービスを実現するのが、今回紹介する屋内位置情報ソリューションである。本稿では、屋内位置情報ソリューションの概要と主要技術を紹介し、さらにソリューション例としてBeaconとMojix STAR System(以下、Mojix)を解説する。
屋内位置情報ソリューションとは
屋内位置情報ソリューションとは、屋内におけるヒトやモノの位置を把握し、その情報の分析・活用を目的とするソリューションである。現在、流通業や製造業などを中心に検討が進み、店舗におけるO2O(Online to Offline(*1))や工場の業務効率化などの分野で実利用に向けた動きが活発化している。この背景には、スマートフォン(以下、スマホ)の普及やBluetooth Low Energy(以下、BLE)技術の進歩、RFIDタグの低価格化などがある。
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(*1)オンラインでの活動によりオフラインでの購買に影響を及ぼすことなどを指す。
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なお、「屋内」と明記しているのは、屋外における位置情報の測位にはGPSが一般的に用いられるのに対して、GPS電波の届かない屋内ではGPS以外の技術を用いるので、その違いを明確にするためである。
次に、屋内位置情報ソリューションを実現する技術について説明する。
屋内位置情報ソリューションの主要技術
屋内位置情報ソリューションを実現する技術はさまざまある。大きく分けてワイヤレス技術とそれ以外の技術に分類できるが、本稿ではワイヤレス技術に絞って説明する。
◆ Wi-Fi
位置情報を取得するクライアントは、無線LAN基地局(アクセスポイント)からの電波強度をサーバーに送信し、サーバーは三角測量(*2)やフィンガープリンティング(*3)などの技術を使って位置情報を計算する。既存の無線LANインフラを流用できる長所がある半面、ノイズや電波干渉の影響を受けやすい短所もある。
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(*2)ある基線の両端にある既知の点から測定したい点への角度をそれぞれ測定することで、その点の位置を決定する三角法を用いた測量方法
(*3)あらかじめ収集した対象物の位置情報とその場所で得られたWi-Fiアクセスポイントのデータから位置を推定する方法
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◆ Bluetooth Low Energy(BLE)
BLEは、低消費電力の近距離無線技術を利用する位置特定技術である。Wi-Fiよりも正確に位置情報を特定でき、低コストでの導入も可能なので、近年利用が増えている。また、2013年にApple社がiBeacon規格を定義したことから、よりいっそう注目を集めている。本稿で解説するBeaconは、BLEを利用した屋内位置測位ソリューションの1つである。
◆ RFID
対象物に付けたRFIDタグの位置情報を読み取り、検知対象の位置を推定する技術である。RFIDタグにはアクティブ型とパッシブ型があるが、コストがさほどかからない小型のパッシブRFIDタグによる位置情報ソリューションが主流である。本稿で紹介するMojixは、パッシブRFIDタグを利用した屋内位置情報測位ソリューションの1つである。
Beaconを利用した
位置情報ソリューション
Beaconとは、BLEを利用した屋内位置測位技術、またはその技術を利用したデバイスを指す。Beaconは、電波を数十cmから数十m範囲に定期的に発信する。スマホなどの受信端末がその範囲内に入ると、スマホ上のアプリケーションがBeaconの信号を受信し、検知したBeaconの識別子情報をサーバー側に通知する。
サーバー側は、ユーザーと特定のBea conの位置関係とおおよその距離がわかり、ユーザーの位置をトレースして、行動の分析や個人に特化した広告のプッシュ配信を行える。図表1は、Beaconを使った一般的な位置情報ソリューションの仕組みである。
Beaconを用いた屋内位置情報ソリューションを実現するには、施設内の各所にBeaconデバイスを設置しておく。Beaconデバイスにはさまざまなタイプがあり、デバイスによって充電形式や電波の発信範囲が異なる。そのため設計を行う際は、求められている測位の正確さを基準に機器を選定することが重要である。たとえば、給電できない場所に設置する場合は、ボタン電池式を採用するなどである。図表2に、さまざまなBeaconデバイスを示した。
Beaconの主な用途と課題
Beaconの利用シナリオとしては、大きく2つが考えられる。
◆ 特定エリアでの検知
Beaconは、特定のエリアへのヒトやモノの出入りの検知に適している。この特性を使って、特定のエリアにヒトやモノが存在するかの確認に利用できる。たとえば、会社の資産(モノ)にBeaconデバイスを付けておけば、不正な持ち出しを監視し管理することができる。
また、特定のエリアにヒトやモノが近づいたらアクションを起こすような利用も可能である。たとえば、買い物客が店舗に近づいたら、あらかじめダウンロードしてあるスマホの専用アプリを起動して、クーポンやお得情報を表示させる使い方である。
◆ 特定場所の検知
上記のシナリオよりも、より正確な位置の把握が必要とされるケースである。たとえば、倉庫内におけるモノの位置の特定など。この場合、正確な距離の算出には、Beaconの設置設計と距離算出ロジックの確立が非常に重要である。
Beacon自体は、電波の範囲内にいるかどうかとBeaconとの距離情報のみを提供するだけなので、複数のBeaconを使って屋内のどの場所にいるかを正確に計算する必要がある。利用例として、デパートや空港などの施設案内やピッキングシステムにおけるルート案内などがある。
屋内外音声ナビゲーション
システムの実証実験
今年の初め、清水建設、日本IBM、三井不動産の3社は共同で、東京・日本橋の宝町地区における高精度な「屋内外音声ナビゲーションシステム」(*4)の実証実験を行った。そのシステムは、対象エリア内に250個近くのBeaconデバイスを設置し、Beaconとスマホの加速度センサを利用して屋内位置を測位するというものである(図表3)。
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このようにBeaconと加速度センサなどを組み合わせることにより、より正確な位置の測位が可能になる。また、このソリューションは利用者からの質問をIBMのコグニティブ・サービスWatsonを介して回答する機能を備え、利用者はシステムと会話しながら案内してもらえる。実証実験で確認できた課題をクリアしていけば、視覚障害者は単独で街歩きを楽しめるだろうし、2020年の東京五輪においてショッピングモールや競技場、交通機関などで外国人選手や観光客のアシストも行える、と期待される。
さまざまな用途で活用できるBeaconだが、コンシューマー向けの場合、課題もある。前述のとおり、Beaconの信号を受信するには、受信端末と専用アプリが必要である。ユーザーにその専用アプリをダウンロードしてもらう必要があるため、Beaconを使ったソリューションならではのサービスや顧客体験を提供していくことが普及のポイントである。
Mojixを利用した
位置情報ソリューション
Mojixは、米Mojix社が開発したRFIDシステムである。2017年現在、日本IBMが日本における独占販売契約を締結しており、IBMのソフトウェア/サービスとMojixを組み合わせたソリューションを提供している(*5)。
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図表4は、一般的なパッシブRFIDシステムとMojixの比較である。Mojixには、以下のような特徴がある。
・ 安価な拡張が可能
・ リアルタイムでの位置の測定が可能
・ 電波干渉がない(*7)
・ 一般的なRFIDタグが利用可能
Mojixは適切な位置にアンテナを配置することで、1?3m以内の位置精度でRFIDタグを感知し、ヒトやモノの位置を測定できる。この位置精度を実現するには、これまでバッテリ内蔵のアクティブタグを用いる必要があった。Mojixでは、タグに電力を供給する機能(送信機)とタグからのデータを読み取る機能(受信機)を別々の装置に分けて、順次送信機を起電させる。こうすることで、つねに1つの送信機が電波を発している状態となり、複数の送信機が同時に電波を発して電波干渉を起こす状態を避けることができる(図表4)。
この仕組みによりRFIDタグを確実に読み取り、バッテリを内蔵しない安価なパッシブタグでも高い精度を実現している。これを活用することで、工場や倉庫における在庫管理や、生産・物流設備への製品の搬入・搬出の自動的な把握、作業の見える化を実現でき、サプライチェーンの効率化に貢献可能である。
Mojixが解決する
工場・倉庫における課題
図表5は、工場における作業員の動線をヒートマップで可視化したもので、ボトルネックの分析に利用する例である。この分析をもとに、より効率的なモノの配置やヒトの動きを検討し、業務の効率化へつなげることができる。また図表6のように、タグを所持した作業員の動きを動線形式で可視化することにより、最適なルートの検討や禁止区域への立ち寄り状況の把握などに適用可能である。
さらに、RFIDタグを倉庫内の商品に付けて管理すれば、どの商品がどの場所にあるかを把握でき、効率的な棚卸しが行える。また生産・物流設備への商品の搬入・搬出の自動検知も可能になる。
上記のシナリオ以外にも、「資産にRFIDタグを貼り付け、ゲートを設置することで資産の不正持ち出しを防ぐ」「生産現場の工程ごとにゲートを設置しておくことで作業の進捗状況を把握する」など、Mojixの適用範囲は非常に幅広い。
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ここまで述べてきたように、位置情報測位技術の進歩もあり、屋内位置情報ソリューションの検討・導入が始まっている。
Beaconに関しては、近接マーケティング(買い物客が店舗に近づくと特売情報を発信、など)やチェックイン特典、店内の位置に応じたマーケティングなど、さまざまなシナリオが実用化されている。買い物客の店内移動をリアルタイムで把握し、必要な場所にスタッフを動的に配置するなど店舗運用の効率化の検討も進んでいる。さらに展示品にBeaconを設置し、来館者が近づいたら解説を開始するなど、新たな体験を提供している美術館や博物館も多くなってきた。
Mojixでは、工場や倉庫内の作業員・モノの導線の可視化によって作業の効率化が可能になる。ヒトやモノを可視化して現場の運用を効率化するシナリオは、工場や倉庫に限らず、さまざまな分野で適用できる。たとえば、データセンター内にMojixを設置し、限られた人物のみ立ち入りが許されるような場所に許可なく立ち入っていないかチェックするなど、さまざまな応用が考えられる。本稿の利用シナリオを参考に、位置情報ソリューションの導入をお勧めする。
著者|ジン ニエイン ウー 氏
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
IoTソリューション
アドバイザリー ITスペシャリスト
屋内位置情報ソリューション
2009年、日本IBMシステムズ・エンジニアリングに入社。Notes/Domino製品の担当を経て、現在はIoTへの取り込みのかたわら、モバイル・アプリケーションの開発の技術支援・提案を行っている。一昨年、自社開催のイベントのアプリとして、Beaconを用いたセッションの案内や受付などのサービスを提供するモバイル・アプリを開発した経験を活かし、位置情報ソリューションの技術支援などの活動を行っている。
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著者|登野城 亮
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
IoTソリューション
ITスペシャリスト
2013年、日本IBMシステムズ・エンジニアリングに入社。コマース製品の担当を経て、現在はWebアプリケーションの設計・開発のプロジェクトに数多く参画。Java、JavaScript、HTML5/CSS3、Node.js、Bluemixなどのスキルを保有。昨年からIoTへの取り組みをはじめ、Mojixなど屋内位置情報ソリューションの技術支援やユーザーへの提案活動などを行っている。
[IS magazine No.16(2017年7月)掲載]