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大和ハウス工業の情報システム改革 ~CCPMによる構造改革と生産性向上、「信頼される情報システム部」へ|提箸眞賜のイノベーション対談◎第9回

今回のゲストは大和ハウス工業株式会社の加藤恭滋執行役員 情報システム部長。TOC(制約条件の理論)とそれに基づくプロジェクト管理手法であるCCPMの採用で、大きな成果を上げる同社の取り組みを聞く。

 

◎出席

加藤 恭滋氏

大和ハウス工業株式会社
執行役員
情報システム部長

加藤 恭滋 氏

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提箸 眞賜氏

江崎グリコ株式会社
情報システム部 
部長

提箸 眞賜 氏

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ERPプロジェクトを契機に
TOCとCCPMを展開

提箸 ご無沙汰しています。今日、久しぶりにお目にかかってまずお聞きしたいと思っていたのは、御社がTOC(制約条件の理論)を取り入れてITプロジェクトの生産性向上や情報システム部の構造改革に大きな成果を上げている点です。ITプロジェクトにTOCを適用されたのは、ワールドワイドでも御社が第1号だそうですね。

加藤 そのとおりです。TOCは一般にイスラエル空軍の機体修理や大型プラント建設といった大規模プロジェクトへの適用例が多く、ITへの適用は当社が初めてと聞いています。

提箸 TOCはイスラエルの物理学者である故エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱した理論ですね。全体最適の視点から最も弱い箇所や根本的な問題、つまりボトルネックを探し、そこを重点的に改善することで全体改善を実現するという考え方です。ゴールドラット博士が書かれた『ザ・ゴール』(ダイヤモンド社)は、1983年の発行から30年以上たった今でも読み継がれている大ベストセラーですね。私も読んで、勉強したことがあります。そもそも、どのような経緯でTOCを採用することになったのですか。

加藤 当社でCIOの立場にある代表取締役副社長の石橋民生が、「この理論が会社を強くする」との信念をもってTOCを学び、ゴールドラット博士とも懇意にしていました。ちょうどその時期、2009年ころのことですが、当社は財務会計システムの再構築でSAP ERPを選択し、プロジェクトをスタートさせていました。石橋はゴールドラット博士から、「SAPによるプロジェクトはコストも工期も膨らみがちで、失敗に終わるプロジェクトも多い」と指摘されたようです。当初は、ベンダーのプロジェクト管理手法でコントロールしようと考えていたのですが、このような巨大プロジェクトを推進するには不安がありました。そこでCCPMにチャレンジすることになりました。実際、詳細設計時のユーザー要望をまとめたところ、そのままでは工期も予算も大幅にオーバーすると判明したのですが、スコープの見直しとCCPMの推進で乗り切りました。

提箸 加藤さんは、ERPプロジェクトにいつ参加されたのですか。

加藤 私はJSOX推進室の責任者をしていて、SAP導入評価と経営判断に携わっていました。導入決定後、プロジェクト途中の2010年4月、情報システム部長に就任し、導入プロジェクトの実行について責任をもつことになったわけです。納期遵守率を向上させ、プロジェクトを成功させるため、石橋の判断で採用したのが、TOCをベースに考案されたプロジェクト管理手法である「CCPM」(Critical Chain Project Management)でした。米サンノゼに本拠を置くリアライゼーション社が、CCPMに準拠したプロジェクト管理ツール「CONCERTO」(コンチェルト)を開発し、教育トレーニングを提供しています。私もサンノゼに2週間滞在して、TOCとCCPMを徹底的に学びました。またゴールドラットリサーチラボのCEOであるアラン・バーナード博士を招いて直接教えを受けるなど、メンバー全員、そしてベンダーの担当者もともに、SAPプロジェクトにTOCとCCPMを展開すべく総力体制で取り組みました。

提箸 CCPMを導入後、プロジェクトではどのような成果を上げましたか。

加藤 25%以上の工数短縮を達成しました。先にも述べましたが、プロジェクトのスコープを見直すため、2010年12月から2011年1月まで2カ月間、プロジェクトを完全凍結したにも関わらず、新システムは当初の予定どおりに2012年4月、無事に本稼働を迎えました。

提箸 工期も予算も大幅に超過していたにも関わらず、CCPMによりオンタイム、オンバジェットの本稼働を実現したわけですね。CCPMは一般のプロジェクト管理法に比べて、どのような特徴があるのですか。

加藤 人間の心理的特性に着目して遅延を防止する点が特徴です。たとえばプロジェクトでは、各メンバーが自らの安全や余裕を確保するために、想定作業時間を実際よりも過大に申告する傾向があるので、実態よりも工期が膨らみがちです。またビジネスの世界では一般に、複数の仕事を同時進行で遂行するほうが生産性は高く、評価されると考えます。ITプロジェクトでもよく作業を細かく分けて、マルチタスクで進めます。しかし実際にはマルチタスクだと、1つのタスクに向けた集中力が下がり、また1つのタスクが遅れると、連鎖的にほかのプロジェクトも遅れていきます。その結果、マネージャーはどこにリソースを充当すべきかが見えなくなります。

提箸 確かにそのとおりです。ITプロジェクトでよく見かけるケースですね。

加藤 そこでCCPMでは、マネージャーがプロジェクトの目的や成果物を明確化し、優先順位をきちんと整理し、メンバーがなるべく1つのタスクに集中できるよう、マルチタスキングを排除します。そして最も核になるのが、各メンバーが自身の安全のために確保している予備の工数を、全体で共有することです。実際には各工程の締切設定方法を変更する、つまり「安全余裕を取り除く」わけです。

 たとえばそれぞれ工数が4週間と想定される2つのタスクがあるとすれば、各タスクの工数を半分の2週間ずつに圧縮します。そして短縮された合計4週間分の2分の1(2週間)を、「プロジェクトバッファ」として管理します。管理工数を超過することが予測されるタスクには、このバッファから1日、2日と日数を割り当てます。マネージャーは「クリティカルチェーン」と呼ばれる、全体の工期に最も影響を与えるタスク群に着目し、その進捗とバッファの消費具合を管理していきます。

提箸 マネージャーの仕事は、クリティカルチェーンの進捗とバッファの消費量を管理することなのですね。

加藤 そうです。そしてそれを視覚化するのが、先ほどお話しした「CONCERTO」です。ツールによって進捗状況を全員が共有します。あるタスクが計画どおりに進まず、バッファの消費量が激しい場合、余裕のある担当者が遅れているタスクを手伝うなど、仲間意識、助け合いの精神が芽生えてくることも大きな特徴ですね。ITプロジェクトには、こうした助け合いの精神はあまり見られなかった気がします。

 

CCPMで構造改革に着手
開発生産性を2倍に向上

提箸 現在は全プロジェクトにCCPMを適用しているのですか。

加藤 そのとおりです。ERPというビッグプロジェクトでの成果を確認してから、2012年10月以降は規模の大小を問わず、全プロジェクトに適用しています。TOCとCCPMの考え方に沿って、情報システム部の改革にも着手しました。全体最適を主眼に置いたIT戦略を実現するための組織として、情報企画室を発足させる一方、ソリューション部隊をよりエキスパート化し、またプロジェクトマネジメント室も設立しました。現在、このプロジェクトマネジメント室はグループのIT子会社であるメディアテックへ移管しています。

提箸 2012年10月から進めた構造改革、全プロジェクトへのCCPM適用は、情報システム部をどのように変化させることになりましたか。

加藤 適用以前の2011年に完了したプロジェクト数は342でしたが、2012年度には505、2013年度には800、2014年度には898、2015年度は883と、スループットは大幅に向上しました。適用前に比べれば、2倍以上の生産性向上を達成していることになります。今も年1回、本社にバーナード博士を招き、その年の取り組みを発表して監査を受け、博士の評価・指導のもと、改善を続けています。

提箸 大変な成果ですね。私も加藤さんのお話をお聞きしたり、本を読んだりして勉強しましたが、今のご意見をうかがって、導入のハードルは結構高いと感じました。御社が成功した要因は、石橋副社長によるトップダウン体制と、皆さんが一丸となって、「何が何でもやり切る」という強い意志で進められたことの2つが奏功しての結果だと思います。加藤さんは、こうした方法論を活用しながら、情報システム部をどのように育てたいとお考えですか。

加藤 これまでの情報システム部は現場から離れたところで、言われたことだけをやるという性格が強く、社内評価も高いとは言えませんでした。それではだめだと、「もっとよい仕事をして評価を上げたい」「情報システム部はもっと頼られる存在になりたい」と、メンバー全員で話し合い、そうなるには何をすべきかと突き詰めた結果、まずは「依頼にきちんと応える」「求められるシステムや機能をきちんと実現する」ことが必要だとの総意に至りました。そこでCCPMにより生産性を高め、ユーザー部門の依頼にきちんと応え、ときには期待以上の成果を上げるように努力してきました。CCPMを導入以降は、ずいぶん変わってきましたが、「信頼される情報システム部」への道のりはまだ長いですね。

 

 

外部の視点を得て
自らのレベルや立ち位置を測る

提箸 人財育成についてはいかがですか。

加藤 私が最も注力しているのが人財育成です。企業が求める人財像と、情報システム部が求める人財像は少し違うように感じています。企業が求める人財像はマネジメントのできるゼネラリストであって、それを育てる教育カリキュラムや人事評価なども用意されていると思います。

 しかし情報システム部ではゼネラリストだけでなく、多種多様なスペシャリストも育てねばなりません。ただしIT分野のスペシャリストは各部隊、各ソリューションのなかで育てねばならず、標準的な育成法やスキルセットが用意されているわけではありません。もちろん一般の資格試験などを受験させたりもしていますが、それだけではなく、情報システム部が目指すべき人財像を、「能力開発チャート」(情報流の「パーソナル」)に定め、目標設定や上司と本人の双方向評価による指導、さらに社員の自発的な勉強会やWeb講座、社内ハッカソンなどをいろいろと取り入れて、育成を目指しています。

提箸 キャリアパス制度をはじめ、目指すべき人財像のゴールを明示し、それに至るまでのプログラムを用意するなど、体系的に示すことが重要だと思います。当社でもそのように取り組んでいます。そうしないと、メンバーたちは自分たちがどこにいるか、何をすべきかわからず、道に迷ってしまいますからね。さらにプログラムを用意したものの、彼ら自身に意欲がないと、やはり人は育ちません。そうしたモチベーションをどう引き出していくかも大きな課題です。

加藤 組織は多様性で成り立っていますから、皆が少しずつ違うのは当たり前です。全員がすくすく、ガンガンと目覚ましく成長できるとは考えていません。私はスタッフたちがそれぞれに今の自分のレベルを認識し、一歩とは言わず半歩でもいいから先に進んでほしいと思っています。去年の自分に比べて、今年の自分は少し成長できたと実感できる組織でありたい。1人1人にとってはたったの半歩でも、その集合体である企業にとっては、飛躍的な成長になりますからね。

提箸 人財を育てるうえで、何か重視していることはありますか。

加藤 社員をできるだけ外に出し、社外の人たちと意見交換するように推奨しています。これは私自身の経験によるものです。情報システム部は一般に、自分たちの実力がどのレベルにあるか、理解していないものです。私は情報システム部長就任後、何度か外部の講演やセミナーで自社のクラウドへの取り組みをお話ししたことがあります。そのたびに皆さんから、「進んでおられますね」「すごいですね」などとコメントをいただき、そのとき初めて、自社のクラウドサービスが一般より先行していると気づきました。ですからメンバーたちにはなるべく外へ出て、意見交換し、自分たちの取り組みを外部の視点で客観的に見つめることが重要だと伝えています。

提箸 同感ですね。外部の視点が一種のメジャーになって、自分たちの取り組みや立ち位置、構築内容を測れるわけです。こうした他流試合はIBMユーザー研究会などさまざまなコミュニティを利用して、私も積極的に推奨しています。社外の人たちの評価やコメントが、モチベーションを形成する大きな力になりますし、新入社員や途中入社など、人財を獲得する力の源泉にもなります。

加藤 現在進行中の第5次中期経営計画では、企業の成長にITがいかに貢献するかをテーマに、Industry 4.0を目指したサプライチェーン構築や社内のコミュニケーション改革に着手していますが、人財育成も大きなテーマです。事業拡大を支援すべく、情報システム部はもっと現場といっしょに仕事をし、現場へ最新ITを提案し、現場が考える以上のソリューションを実現して成果を出すことを目指していくつもりです。

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◎対談者プロフィール

加藤 恭滋氏

本社経理部門、JSOX推進室を経て、2010年に情報システム部長就任。同時に大和ハウス工業の基幹システム構築プロジェクトの責任者となる。2012年4月に運用を開始したグループ経営基盤システム(SAP)の構築にCCPM理論を活用して成果を上げるとともに、2012年情報システム部門の構造改革に着手。その成果論文により平成25年度企業情報化協会「ITマネジメント賞」を受賞。

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提箸 眞賜氏

1977年、資生堂入社。入社後すぐ鎌倉工場に配属され10年(ITのプロではないが、一応エンジニアである)。その後、英語は苦手なのに米国に10年駐在し、今は第2のふるさとになっている。帰国後は国際事業、経営企画部を経て情報企画部に異動となり、部門長を経験。2014年2月末で資生堂を退職。同年4月より現職。IBMユーザー研究会では関東研の委員、会長職を務め、2012年に全国研の会長就任。

[IS magazine No.14(2017年4月)掲載]