●本記事はIS magazine N0.23(2019年4月)に掲載されたものです。
所有から利用へ
モノが売れない時代のビジネスモデル
最近、「サブスクリプション」という言葉をよく目にする。ビジネス誌では大きな特集が組まれ、『サブスクリプション』(ダイヤモンド社)という、そのものズバリの書名の本も何回も増刷を重ねている。
ちょっとしたブームとさえ言える状況だが、その理由について、サブスクリプション・サービスを提供するZuora Japanの桑野順一郎代表取締役社長は、次のように話す。同社は、サブスクリプションサービスの世界的なリーダー企業である米Zuoraの日本法人である。
「2015年に日本法人を立ち上げたときは、サブスクリプションという言葉がまったく普及していなかったので、何と呼べばよいか、ずいぶん迷いました。しかし、ちょうどその頃に音楽配信サービスのApple Musicや映像ストリーミングサービスのNETFLIXがスタートし、聴きたい音楽や見たい映像だけを楽しむ、買うのではなく利用するというカルチャーが定着し始めたのでそのまま使うことにした、という経緯があります。
Apple MusicやNETFLIXなどがスタートして、日本でも“所有から利用へ”という消費者ニーズの変化が加速していますが、プロダクトを販売する企業側の視点で言えば、まったく新しいビジネスモデルへの移行にほかなりません。つまり、所有から利用への動きが拡大してモノが売れなくなってきた時代において、新たな成長のための変革としてサブスクリプションに大きな注目が集っているのです」
永遠のベータ版として
変化に応じて価値を提供し続ける
図表1は、従来からのプロダクト販売モデルである。このモデルでは、他社との差別化は製品のコストと機能であり、売上向上のための手段は販売チャネルの確保と販売数、そしてプライシングは原価に利益を乗せる、というものになる。
しかし、「モノが売れなくなってきた時代では、この販売モデル自体が限界にきています」と、桑野氏は指摘する。
「従来の販売モデルは、チャネルを通じて数を売るという一方通行のビジネスで、誰がお客様なのかは二の次だったかと思います。そのため、お客様がどのようにプロダクトを使っているのか、そもそもお客様が誰なのかを把握していないことが多くありました。これに対してサブスクリプションは、個々のお客様とベンダーが直接つながるので、1人ひとりの利用状況や行動から、そのニーズの変化を察知できます」と、桑野氏は述べる。
「サブスクリプションビジネスとは、時間とともに変化していくお客様のニーズを刻々と捉えながら、その時どきのニーズに合ったベストなサービスを提供し続け、1日でも長く使い続けてもらうことによって収益化を図る、というモデルです。だからサブスクリプションでは、価格もサービスも固定せずに永遠のベータ版として、お客様のニーズの変化に応じて価値を提供し続けていくことが必要になります」(桑野氏)
このことは、以下のような例がわかりやすいだろう。
すなわち、サービスを使い始めるときは「Basicプラン」でスタートし、上位の内容が必要になったら「Goldプラン」へアップグレード。その後オプションを追加して、長期の休暇を取るときはいったん休止。再開後にGoldプランからBasicプランへダウングレードして、1年後に更新、というようなサービスの提供の仕方である(図表2)。
「サブスクリプションでは、お客様との関係を長く保つことが非常に重要です。図表2で言えば、時間を示す横軸を右へ長く延ばしていくことですが、そのためには縦軸の金額、すなわち価値を、その都度、お客様のニーズにアジャストさせていく必要があります。そうしないと解約されてしまうこともあり、横へ延ばしていけない要因となるからです。その反対に、うまくアジャストできればお客様の満足度は向上するので、横へさらに延ばしていくことができ、収益を上げ続けることが可能です」(桑野氏)
では、それを可能にする仕組みとはどのようなものだろうか。
サブスクリプションでは、CRMで管理しているような顧客・営業関連の情報に加えて、最近の使用状況、支払い履歴、ライフタイムバリューといった多様な情報を扱う。
たとえばプライシング(収益化のデザイン)では、定額制、従量課金のほかに、サービス内容を軸にしたアドオン、アップグレード、ダウングレードなどがあり、支払い方法も年払い、月払い、日割計算などと多様だ。そして、このどれかに変更があったら、パッケージプランの契約や請求処理、売上管理などに変更を反映させる仕組みが必要である。たとえば、「Basicプラン」から「Goldプラン」への変更があったら、それと関連する「契約期間」「請求金額」などのすべての情報を即座に変更する仕組みである。
また、顧客の利用状況をトレースし、そのデータを基に分析・洞察が行える機能も必要だ。これにより、顧客のそのときの状況に即した、より適切なプランの提示が可能になる。
Zuoraでは、サブスクリプションの上流から下流までの全プロセスをカバーする単一のプラットフォームをSaaSで提供している。これにより、プライシングから契約管理、請求、回収、レポート・分析、売上管理までを統合的に管理・運用でき、多様な商品設計や販売計画の実施、顧客のさまざまなニーズへのスピーディな対応を可能にしている。しかも、利用はボタンのクリックやメニューからの選択といった設定レベルで、プログラミングはまったく不要という大きな特徴がある。高度な仕組みだが難しさはなく、業務部門でも使いこなせるサービスである(図表3)。
また外部システムとの連携も可能で、たとえば「Zuora CPQ」を使ったSalesforceとの連携では、Zuora側でサービスのプライシングを設定すると、そのデータがSalesforce側に引き渡され、Salesforce上で見積書作成や受注処理を行うと、今度はその情報がZuora側に書き込まれ、請求、回収、レポート・分析、売上管理などのサブスクリプションの後工程が自動で処理される、というリューションを実現している。
ここで、日本のZuoraユーザーがどのようなサブスクリプションを展開しているか見てみよう。なお以下の情報は、Zuora Japanが公開しているニュースリリース、パンフレットおよび各社サイトの情報に基づくものであることをお断りしておく。
約3カ月で導入を完了
多様な決済方法への対応を評価
建設機械メーカーのコマツは、建設工事で必要になる測量・設計・計画・施工・検査などの各種作業をサービスとして提供する「スマートコントラクション」の課金・請求の基盤としてZuoraを採用している(図表4)。
ユーザーは、作業の内容・期間・規模に応じてサービスの内容を決めることができ、途中での変更・解約も自由だ。
当初は自社開発も検討したが、1年近くかかることが判明したため、短期導入が可能なZuoraを選択した(コマツでは約3カ月で導入)。また、Zuoraが多様な決済方法に対応している点や、SAPなど外部システムとの連携が可能で、海外展開が容易な点も高く評価した。
あらゆる課金モデルに
対応可能な点を評価
リコーは、デジタル複合機を擁するオフィスプリンティング事業で「RICOH Intelligent WorkCore」と呼ぶ新たな戦略をスタートさせている。そして、その中核に位置づけるクラウドサービス「RICOH Smart Integration(RSI)」で、各種サービスのプライシング/メニュー管理、契約管理、見積、課金、請求管理の基盤としてZuoraを採用した(図表5)。
RICOH Smart Integrationでは、既に100種類以上のRSIマイクロサービスを月額課金のサブスクリプションモデルで提供している。このRSIマイクロサービスのなかには、複合機とクラウドストレージとの連携や、AI機能を組み込んだOCRなどがあり、これらサービスの選択・組み合わせによるユーザーニーズへのきめ細かな対応が、RICOH Smart Integrationの大きな特徴だ。
Zuoraの採用理由は、サブスクリプション・ビジネスで求められるあらゆる課金モデルに対応可能な点や(従量課金、購入量によって価格を変動可能なボリューム課金やティア課金など)、将来の機能拡張やクロスセル/アップセルへの対応が容易な点、グローバル展開が容易な点、を評価してのことという。
自社ソフトとの
連携が容易な点も評価
会計・人事労務などのバックオフィス系クラウドサービスを多数提供しているfreeeでは、従来、販売したサービスの契約管理や顧客管理をプロダクト単位で行っていたために、個々の顧客を対象にしたクロスセルやアップセルなどの販売施策をタイムリーに打てないという問題を抱えていた。また、従来型のシステムでサブスクリプションサービスを提供していたために、システム担当者の負荷が増大していた。
そこで、全プロダクト共通の顧客管理、契約管理、課金・請求管理の基盤として導入したのがZuoraである。また、自社ソフトの「会計freee」や「人事労務freee」との連携が容易な点も高く評価した。Zuoraの採用により業務処理のスピードがアップし、数々の販売施策を展開中である(図表6)。
100年以上続いた販売モデルが
終焉を迎えつつある
サブスクリプションの導入にあたっては「これまでにない考え方、まったく新しい発想が不可欠です」と、桑野氏は強調する。
「サブスクリプションは、単なる課金形態の変更ではなく、まったく新しいビジネスモデルであること、従来のプロダクト販売モデルからの移行では、業務プロセスの変革や組織再編にも踏み込まざるを得ない場合があることを念頭に置き、取り組むべきです。ご相談をいただくお客様と話をしていると、100年以上続いてきた販売モデルが終焉を迎え、大きな転換期に差しかかっていることをつくづく感じてなりません」
桑野 順一郎氏 Zuora Japan株式会社 代表取締役社長
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[IS magazine 2019 Spring(2019年4月)掲載]