ITの大きな潮流の1つに、コグニティブ・コンピューティングがある。既存のさまざまなシステムやデータをコグニティブと組み合わせることで、新たな価値を創造する動きが広がっている。
エンタープライズ・ソーシャルの領域も例外ではなく、コグニティブ技術によって、より少ない時間でより効果の高いコラボレーションの実現が期待されている。
本稿ではまずコグニティブ技術について概説し、エンタープライズ・ソーシャルにおけるコグニティブ活用例を紹介したうえで、コグニティブ時代に向けたエンタープライズ・ソーシャル・システムのあり方について解説しよう。
コグニティブでできること
まずコグニティブで何が実現できるのか、IBM Watson(以下、Watson)を例に説明しよう。
Watsonは大きく分けて、「非構造化データ処理(テキスト、画像、音声)」と「学習」の 2つの機能によって成り立つ。Watsonには機能ごとに多彩なAPIが用意され、2017年7月時点では図表1のAPIが提供されている。複数のAPIサービスを組み合わせて利用することで、さらに多様な機能が実現可能となる(例:Language Translation + Text to Speech)。
*Watson APIの最新情報(Watson APIsサービスカタログ)はこちら
さまざまな活用が期待できるコグニティブだが、「できないこと」も基礎知識として把握しておきたい。
たとえばWatson APIには、Language TranslationやText to Speechなどそのまま利用可能なサービスもあるが、NLCやConversation、Visual Recognitionなどは、事前にデータを用意して学習させる必要があり、このトレーニングにはそれなりの時間と労力を要する。
またWatsonではUIは提供されないので、別途開発したり、ほかのサービスと組み合わせたりする必要がある。
このように、コグニティブサービスだけで、すぐに何でも実現できるわけではないが、コグニティブAPIの組み合わせ、およびほかのサービスとの組み合わせにより、さまざまな新サービスを創造できる可能性が大きく広がっている。
次に、コグニティブとコラボレーションの組み合わせの可能性を見ていこう。以下に、SNSなどの比較的新しいコラボレーション・ツールと、グループウェアと呼ばれていた時代のレガシーなシステムに分けて順に解説する。
最近のエンタープライズ・ソーシャルでの
コグニティブ活用
最近のエンタープライズ・ソーシャルとしては、Slackなどの「永続型グループチャット」が注目されている(図表2)。
Slackのようなコミュニケーションツールの特徴の1つにボットがあり、次に述べるようにコグニティブの活用度が高い。たとえばエンタープライズ・ソーシャルでの代表的なコグニティブ活用例の1つに、「バーチャル専門家(Expert Advisor)」の利用が挙げられる。バーチャル専門家は、蓄積された情報をもとに、ユーザーの質問や相談に自動応答してくれるもので、インターフェースは音声対応やチャットボットになる。
リアルな専門家は、その人と知り合いでないとなかなか相談できないが、バーチャル専門家をエンタープライズ・ソーシャルに取り入れることで、利用者全員が専門家と「知り合い」になれる。バーチャル専門家のボットがいれば、誰もが専門家の知識を享受できるので、業務の効率化や、より創造性の高い仕事に時間を使えると期待される。
Slackタイプのツールは、Slack以外にも「IBM Watson Workspace(*1)」「Micro soft Teams」など、さまざまなITベンダーが取り組んでいる。
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(*1) 執筆時点では「IBM Watson Workspace」は正式出荷前で、製品仕様は変更される可能性がある。また会話サマリー機能は、現時点では日本語未対応である。
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たとえば「IBM Watson Workspace」では、Watsonのコグニティブ機能連携が組み込まれており、それによって不在時の会話をサマリー表示したり、「質問」や「アクション」を認識して抽出するなど、単なるグループチャット機能でなく、ビジネス利用を前提とした業務支援が実現可能となる(図表3)。
このように、コグニティブの活用によってエンタープライズ・ソーシャルを一段と有用化させることが可能であり、比較的新しいエンタープライズ・ソーシャル・システムではすでにコグニティブ連携機能を搭載し始めている。
コグニティブによる
既存社内システムのデータ活用
一方、グループウェアと呼ばれていたような、従来からのエンタープライズ・ソーシャル・システムではどうだろうか。
Slackで例に挙げた「専門家ボット」は、「専門家」としての知識をボットに仕込む必要があり、知識の元ネタは社内の既存システムに存在することも多い。
たとえば社内事務処理ヘルプのボットを作るには、既存の社内事務処理規定やフローをボットに学習させる必要があるだろう。また、顧客向けのエージェントボットであれば、既存のQ&Aを学習させることで、サービス向上が図られるであろう。
このように既存社内システムのデータには、コグニティブで活用すべきデータ資産が含まれていると言える。
Slackなどの新しいサービスのように最初から組み込まれてはいない分、既存システムとコグニティブなど外部システムの連携は容易でない場合が多い。しかし連携は可能であり、その接続手法には主に次の3パターンがある。
1. 専用コネクタでの接続
2. CSVでのデータ連携
3. REST接続
図表4では、代表的な既存システムとしてIBM Notes/Dominoを想定し、上記 3パターンによるNotesデータと外部システムの連携を表している。
以下に3パターンの接続方法を解説する。
◆ 専用コネクタでの接続
連携先システムが、既存システム固有の接続方法に対応している場合に限られる。たとえば、図表4の「NRPC」は、Notes /Domino固有のプロトコルである。
◆ CSVでのデータ連携
多くのシステムやサービスがCSVデータのエクスポート/インポートをサポートするので、原始的ではあるが汎用的な手法と言える。前述の専用コネクタ接続は、利用可能な対象システムが限られ、後述のREST接続はできないケースがあることから、システム間の直接接続が難しい場合は、CSVが有効な連携方法となる。
◆ REST接続
REST接続も多くのシステムでサポートされる一般的な連携方法ではあるが、確認すべきポイントがある。コグニティブサービスはクラウドで提供されることが多く、クラウドからオンプレミス上の既存システムへのアクセスについて、ネットワークや認証認可の点で問題がないかどうかという点である。主に以下の2つのポイントがある。
(1) セキュリティ要件を満たす接続が可能か
オンプレミスの既存システムへの接続は、セキュアな接続方法であることを求められる場合が多い。インターネット環境にあるクラウドから、ネットワークセキュリティ要件を満たす形でのアクセスが可能かどうかを確認する必要がある。たとえばIBM Bluemixの場合、Secure Gateway サービスなどの利用を検討する。
(2) Anonymousアクセスが可能か
既存システムの接続先アプリケーションはAnonymousアクセスが可能かどうか、も確認すべきである。Notes/Dominoなど、API_KeyベースではないRESTアクセスになる場合は、Anonymousアクセスができないと認証が必要となる。
外部システムとの連携で
価値を高める
従来のグループウェア・システムは、そのシステム内に閉じている傾向が強かったが、コグニティブ時代のエンタープライズ・ソーシャル・システムは、外部システムとの連携によって価値を高めていくべきと考える。
そのために既存システムでは、データをREST APIで提供したり、連携効果の高い機能をマイクロサービス化していくことで、外部との連携を容易にするのが望ましい。
たとえばアプリケーションのサマリーや最新情報の取得、検索結果出力、ワークフローやメール送信といったアプリケーションロジックを、REST APIで提供して外部から呼び出し可能にすることで、既存システムのデータだけでなくロジックも、外部システムから活用できる。
こうした流れを受けて、Notes/Dominoの最新バージョンでは、REST API提供のための機能拡張を取り入れており、外部システム連携がより実現しやすくなっている。
エンタープライズ・ソーシャル・システムを外部と連携しやすい状態にしていくことが、コグニティブ時代に向けた第一歩となるのではないだろうか。
[IS magazine No.17(2017年7月)掲載]
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著者|高橋 靖子 氏
日本アイ・ビー・エム システムズ・エンジニアリング株式会社
ハイブリッド・クラウド
ITスペシャリスト
IBM Notes/Domino、IBM Same timeの担当者として、メッセージング&コラボレーションのソリューションに長年関わり、システム構築、移行サービスの技術レビューやコンサルティング、問題解決支援の実施、また技術文書の執筆やセミナー講師などを行っている。さらに近年は、IBM WebSphere Application ServerやIBM Business Process Managerなど、より幅広いアプリケーションサーバー環境を含めた、SaaSやIaaSとオンプレミスとのハイブリッド・クラウド構成に携わりつつ、それらシステムにおけるコグニティブ技術の活用にも取り組んでいる。