米インテルは3月23日(米国時間)、「Intel Unleashed: Engineering the Future」と題するWeb配信を行い、新たな事業戦略を発表した。また、先端的な半導体チップの研究・開発をIBMと共同で行うことも発表された。
事業戦略発表のプレゼンターを務めたのは、CEOのパット・ゲルシンガー氏。同氏はインテルに30年間在籍した後、EMCのCEOに転じ(3年間)、さらにVMwareのCEOを8年間務めた後、今年2月15日にインテルのCEOに就任した。かつてのインテル在籍時には、Intel 80486のアーキテクトやCTO、上級副社長などを務めた経歴をもつ。
インテルは過去5年間、増収は続けてきたものの、市場の評価は低迷していた。その理由は、「7nm(ナノメートル)次世代CPUの開発で大きな遅れを取っている」「スマートデバイス市場で存在感がほとんどない」「主力とするPC用とサーバー用のチップ市場でシェアを落とし続けている」からである。今年1月のゲルシンガー氏就任の発表までの株価は、過去1年間、右肩下がりのカーブを描いてきた。米メディアの中には、過去10年のインテルを指して、「インテルの失われた10年」と評するものもあったほどだ。
それゆえゲルシンガー氏への同社株主らの期待は、上記のような不名誉な評価を払拭し、技術基盤を再構築して同社の再興を果たすことにある。
ゲルシンガー氏の発表のハイライトは、以下の通りだ。
▶7nm半導体チップの開発スケジュール
・2021年第2四半期に試験製造をスタートさせ、2023年に量産・市場投入する
▶「IDM 2.0」と呼ぶ新しい開発・製造戦略
・半導体の設計・製造・販売を自社で行うIDM(*)を維持し、拡大させる
・外部ファンドリ・サービスの利用拡大
・「インテル・ファウンドリ・サービス(IFS)」部門を設置し、受託生産サービスを開始
*IDM: Integrated Device Manufacturer(垂直統合型デバイスメーカー)
▶米国・欧州における生産能力の拡大
・200億ドルを投じて2つの新工場をアリゾナ州に建設する
・米国・欧州・その他地域における生産能力の拡大
▶IBMとの協業
・先端的な半導体の研究・開発で協業する
▶開発者向けイベント「Intel On」の創設
・2021年10月にサンフランシスコで開催予定
焦点となっている7nm半導体チップについては、EUV(極端紫外線リソグラフィ)の使用増により開発が順調に進んでいることをゲルシンガー氏は強調した。2021年第2四半期に試験製造へ向けた準備をスタートさせ、2023年に量産体制へ入る予定という。線幅7nmの半導体は、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)が2018年に、韓国のサムソンが2020年に量産に入り、TSMCは5nmの量産も2020年に開始している。ただし、インテルの7nm半導体はTSMCの5nm半導体に匹敵する性能とも言われており、今回の発表で7nmの生産スケジュールを明確にしたことは大きな意味をもつ。
新戦略「IDM 2.0」のハイライトは、インテルが受託生産サービスに乗り出す点である。このために「インテル・ファウンドリ・サービス(IFS)」部門を新設し、インテルがもつ最先端のプロセス技術とパッケージング技術、および生産能力と世界水準の知的所有権を駆使して顧客の要望に応え、他社のファウンドリ・サービスとの差別化を図るとした。またIFS計画は、業界のリーダー企業から強い支持を受けていることも、ゲルシンガー氏は、アマゾン、グーグル、IBM、マイクロソフトなどの名前を挙げて強調した(下図)。
米国・欧州における生産能力の拡大については、半導体製造の世界分布図を示して説明した。下図は先端的な半導体メーカーの生産能力の分布、その下の図はインテルの生産拠点を示したものである。ゲルシンガー氏はこれを基に、他社の生産能力が相対的に低い米国と欧州で生産能力を増強し、インテルの影響力の拡大を図ると語った。
そして、生産能力拡大の取り組みとして掲げたのが、アリゾナ州で計画中の2つの新工場の建設である。約200億ドル(約2兆円)を投資し、3000人のハイテク・高賃金ワーカーと、約1万5000人の地元労働者、3000人以上の建設作業員の雇用を創出する計画という。
こうした生産能力の拡大と受託生産サービス(IFS)への進出は、米国政府が目指す半導体の国内生産拡大とサプライチェーン強化の政策と合致する。半導体の不足が世界的に深刻になる中で、米国は軍需を含めて主要産業が生産の危機に直面しつつあり、加えて中国の半導体産業の台頭が脅威になりつつある。つまりインテルの自社再生への取り組みは、米国の半導体産業のみならず、米国の産業全体の強靭化とセキュリティ強化につながっているのだ。インテルの新しい事業戦略にIBMやマイクロソフトなどがいち早く賛同したのも、そうした背景があってのことである。
インテルとIBMの協業は、半導体のプロセス製造とパッケージング技術における研究・開発である。ゲルシンガー氏のプレゼンにビデオ参加したIBMのアービンド・クリシュナCEOは、「私たちは今、技術が次の技術革命を生み出す変曲点の真っ只中にいる。ただしそれをリードするのは、どの企業も単独では行えず企業間のコラボレーションが不可欠になる。インテルとの協業は、まさにそこに理由がある」と語り、さらに、インテルのファンドリ・サービスへの賛同と、米政府の半導体サプライチェーン強化の政策に対する支持を表明した。「インテルの新しいファンドリ・サービスは、半導体分野における米国の競争力を維持するうえできわめて重要で、IBMは強く支持する。また半導体のセキュアなサプライチェーンは、米国の経済とセキュリティにとって生命線と言えるもので、IBMが米国政府の政策を支持する理由もそこにある」
IBMは2020年夏に7nmのPOWER10の詳細を公開し、5nmと推定されるPOWER11の開発も公表している。POWER10搭載のPower Systemsは2021年中にも登場すると見られる。米国を代表する2大“アイコン企業”の協業がどのような成果を生むか、ゲルシンガー氏率いるインテルの動向とともに注目される。
・インテルのニュースリリース(英文)
・「Intel Unleashed: Engineering the Future」ビデオ(YouTube、英語)
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