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うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」|ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて◎第14回

 

無意識の偏見・思い込み
アンコンシャス・バイアス

 

 皆さん、こんにちは。この夏は猛暑と集中豪雨、そしてゲリラ豪雨が頻発しました。私の郷里の広島県福山市でも床上浸水などの被害が出て、親戚のなかに避難したものもいました。被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。

 さて、最近の人財育成の集まりで、「アンコンシャス・バイアス」という言葉を聞くようになりました。無意識の偏見とか思い込みのことですが、自分で判断をしているつもりでも、過去の経験や周りの環境にとらわれて、知らず知らずに偏った判断をしていることがあるものです。「男性は運転がうまい」とか「若者は発想が新鮮」などですが、次の文章はどこかおかしいでしょうか。

 

父親と息子が自動車事故に遭い、父はその場で死亡し、重傷を負った息子は急いで病院に運び込まれた。
手術室で外科医はその少年を見て言った。
「この少年を手術するのは(とても辛くて)できない。この少年は私の息子です」

 

 一読して違和感を感じた方もいると思います。この外科医が少年の養父である可能性もありますが、よく考えてみれば普通は、外科医は少年の母親です。ところが「外科医は男性」という思い込みがあると、変だなと思うことになります。

 バイアスが話題になっている理由の1つには、組織のメンバーの構成が急激に変化しつつあることが挙げられます。職場における女性の比率の向上や管理職への昇進率の高まり、あるいは定年延長による世代の異なる社員による価値観の多様化などもその要因です。さらに外国人社員や帰国子女の増加、転職率の上昇など、育った環境や組織文化の違う人たちとの仕事も当たり前になってきました。

 たとえば、会議で発言した女性の意見に誰も反応せず、同じ趣旨の男性の意見には「そうだよね」と同感したり、採用面接で男性面接官からの質問には、より熱心に答えようとするなど、性別による無意識のバイアスがかかっていることがあります。あるいは外見や注意を引く特徴によって、その人の価値を判断してしまうこともよくあるのです。チケットが1万円以上する有名なバイオリニストが、朝のラッシュアワーの駅前で、高価なバイオリンを持って野球帽に長袖Tシャツという出で立ちで演奏をしたら、ほとんど誰も足を止めることがなかったというのもその一例です。

 

「S・E・E・D・S」
バイアスの5つのカテゴリー

 

 ニューロリーダーシップ・インスティチュート*の脳科学の研究によると、世の中には約150種類のバイアスがあり、それらは「S・E・E・D・S」という5つのカテゴリーに分けられるそうです。ここで、その5つを簡単にご紹介します。

 

①Similarity:自分との類似性

 

 自分と似ている人はよい人と考え、自分に似た部下をより高く評価してしまいがちです。調査結果では、多様性の高いチームのほうが同質的なチームよりもパフォーマンスは高いことが明らかにされているのですが、同質的なチームのメンバーは、信頼し合えるため効率的と感じてしまうようです。

 

②Expedience:便宜主義

 

 私たちは最初の感覚がだいたい正しいと思いがちです。脳は賢いのですが、一方で怠け者です。できるだけ結論を出すのに近道をしようとするので、自分の主張したいことを裏付けるデータのみを集めたりします。あるいは、常に公平でありたいという思いが強すぎる人は、「自分は公平な人間だ」と思うあまり、反論する人の意見が聞こえなくなることがあります。

 

③Experience:自らの経験

 

 自分が経験したことは、それが限られた視点であっても過大評価する傾向があります。経験という主観的な認識を客観的に正しいと思う傾向があり、逆に経験していないことについては、説明をしてもらっても納得せず、理解したがらないところがあります。

 

④Distance:時間・空間的な距離

 

 脳は、時間的にも空間的にも近いところにいる人のほうが、遠くの人よりも自分にとってよい人と感じるそうです。電話で面談をした人がたとえ優秀であっても、オフィスで顔を合わせた人のほうに親近感と信頼感を覚えます。

 

⑤Safety:安全性

 

 脳は生存に対して最も敏感ですが、悪いことのほうがよいことよりも強烈だと判断します。そうしてさまざまな脅威を回避する安全サイドの選択を、無意識のうちに行っています。

 

 これらのバイアスがとくに問題になるのは、何らかのパワーをもつ人たちが無意識に不公平な振る舞いをしてしまうことです。たとえば上司が部下の名前を言い間違えるとか、あるグループには頻繁に話しかけて特定のグループには話しかけないなど、本人が気づかずに部下に圧力やパワーを感じさせている場合です。

 パワーのある立場にいる人は、その発言や行動だけでなく、立場自体が部下に心理的な圧力を及ぼすことを理解する必要があります。そこに気づかないままでいると、上司は利己主義的になったり共感力が低下しやすくなる可能性が高まり、部下はますます上司の言動に圧力を感じるようになってしまいます。

 

無意識の思い込みから
自由になる2つの側面

 

 では、どうしたら無意識の思い込み、アンコンシャス・バイアスから自由になれるのでしょうか。それには本人の意識と組織の2つの側面がありそうです。

 まず個人としての改善方法ですが、考えてみれば私たちのバイアスは、言わば「ものの見方」であり、価値観でもあります。ただそれが意識的に吟味したり比較検討したものではなく、いつの間にか身についたものなので、結果として不公平な扱いをしたり、人を傷つけることに気づかないところが問題です。したがって、人間は成長する過程においてバイアスを身につけてしまうこと、無意識の思い込みで判断しているのを認めることが必要です。

 そのうえで自分自身の行動を振り返り、自分が常識であると思って話した内容や、当たり前だと思って取った態度について検討し直すことが必要になります。しかし自分にどんなバイアスがあるのかを知るのは、それこそ無意識のことなので、なかなか難しいのです。

 そこで、たとえば「IAT」(Implicit Association Test)という無料のテストがあります。これはハーバード大学とワシントン大学の研究者が開発したもので、自身の無意識の偏見のレベルを測るものです。世界中で1600万人の受講者があり、信頼度の高いセルフチェック式のテストです。このようなツールを使って、自分自身の思い込みの度合いを測ってみるのはどうでしょうか。

 また、バイアスによるリアクションをできるだけ避けるために、即断即決を行わない訓練をすることも、意味があります。反応してしまう前に目の前の案件の背景やその周りで、何が起きようとしているのかに注意を払います。自分の反応や解釈の仕方を見つめ、ほかの選択肢についても検討をします。それらのなかで最も前向きで力があり、生産的なものを選ぶべきなのですが、できれば判断しないで曖昧なままにすることを訓練します。

 そして、そのときの居心地の悪さや不快感、あるいは違和感を深く探ってみます。脳科学者の青砥瑞人さんによると、人間の脳は「何か変だな」と思ったときに最もいい働きをするそうです。つまり思考が持続し、学習が進むわけです。

 このような状況を意図的に作るには、グループのなかのよく知らない人や、自分が偏見をもっていると感じている人と話してみることです。それによって普段は無意識に会話をしている自分から、会話している自分を観察する自分になり、メタ認知をしている自分の情報を得ることができます。もちろん相手からのフィードバックも、無意識のバイアスを気づかせ、修正していくうえで大切な情報になります。

 もう1つの側面は組織的なものです。実は私たちが判断しているかなりの部分のバイアスは、組織内で共有されたバイアスであり、「私たちのやり方」になっています。組織のメンバーとしての個人が組織に依存して、「我われはこれまでこうしてきたから」という判断の仕方は、「現状維持バイアス」として最も注意すべきものです。

メンバーの一人ひとりが組織のバイアスを認知する必要があり、バイアスがパフォーマンスに与える影響について理解し、これを取り除くことの大変さとともに、そのよさについても十分に話し合う必要があります。ある面では、その組織の過去の成功に貢献してきた可能性もあるからです。ダイバーシティを推進するには、組織のバイアスを取り除くことへの抵抗と戦う場面も出てきます。単に「多様性を尊重する」という大義名分を振りかざしても、事態は変わりません。

 過去の業績にとらわれず、変化の方向を全員で認識し、自分たちが実現しようとする目的の共有から始める必要があります。そこに至る道を作っていくうえで、どんなやり方が必要になるのか、どのような方法を選ぶのか、そのときのチームのあり方や個人の関係はどうあるべきなのか。これらについて率直な意見の交換が求められます。

 

相手との違い・ギャップに
楽しみとヒントを見つける

 

 バイアスのない率直な意見交換ができるチームや組織を作るには、「心理的安全」が大事だと言われます。最近の神経科学の成果からも、心理的に危険を感じると、脳は判断力や創造性に関わる前頭葉の機能を抑制してしまうことが報告されています。逆に心理的に安全な状態では、脳の短期記憶であるワーキングメモリが活性化し、学習や創造力を発揮しやすくなるそうです。

 多様な仲間やパートナーとの仕事を楽しみながらパフォーマンスを上げるには、相手が自分と違うことに注目して、そのギャップにストレスを感じるのではなく、自分が知らないことを学ぶ楽しみを見つけて、新しい発想のヒントを期待する姿勢が大切です。

 仕事の環境はますます変化し、変化のスピードも加速しているため、忙しさが多くなることで心を忘じてしまいがちです。そして、それはマインドレスな職場になっていく可能性が高くなります。そうならないためにも、ときには自分を振り返る時間を意識的に作り、多様な人たちと心を通わせ合うことで、マインドフルな仕事場にしたいものです。

 


著者

片岡 久氏

株式会社アイ・ラーニング 
アイ・ラーニングラボ担当

1952年、広島県生まれ。1976年に日本IBM入社後、製造システム事業部営業部長、本社宣伝部長、公共渉外部長などを経て、2009年に日本アイ・ビー・エム人財ソリューション代表取締役社長。2013年にアイ・ラーニング代表取締役社長、2018年より同社アイ・ラーニングラボ担当。ATD(Association for Talent Development)インターナショナルネットワークジャパン アドバイザー、IT人材育成協会(ITHRD)副会長、全日本能率連盟MI制度委員会委員を務める。

 

[IS magazine No.27(2020年5月)掲載]

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ロゴスとフィシスの旅 ~日本の元気を求めて

第1回 世界を主客一体として捉える日本語の感性をどのようにテクノロジーに活かすか
第2回 「Warm Tech」と「クリーン&ヘルス」という日本流技術の使い方はどこから生まれるか
第3回 デジタル社会では、組織・人と主体的に関わり合うエンゲージメントが求められる
第4回 技術革新と心と身体と環境の関係
第5回 忙しさの理由を知り、「集中力」を取り戻す
第6回 自分が自然(フィシス) であることをとおして、世界の捉え方を見直す
第7回 生まれてきた偶然を、必然の人生に変えて生きるために
第8回 人生100 年時代 学び続け、変わり続け、よりよく生きる
第9回 IoTやAIがもたらすデジタル革命を第2の認知革命とするために
第10回 デジタル化による激しい変化を乗り切る源泉をアトランタへの旅で体感(10月26日公開)
第11回 「働き方改革」に、仕事本来の意味を取り戻す「生き方改革」の意味が熱く込められている(10月27日公開)
第12回 イノベーションのアイデアを引き出すために重要なこと(10月28日公開)
第13回 アテンションが奪われる今こそ、内省と探求の旅へ
第14回 うまくコントロールしたい「アンコンシャス・バイアス」
第15回 常識の枠を外し、自己実現に向けて取り組む
第16回 人生100年時代に学び続ける力
第17回 ラーナビリティ・トレーニング 「私の気づき」を呼び起こす訓練
第18回 創造的で人間的な仕事をするには、まず感覚を鍛える必要がある
第19回 立ち止まって、ちゃんと考えてみよう
第20回 主体性の発揮とチーム力の向上は両立するか

 

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